2016極真祭

8月20・21日は京都で2016極真祭でした。  入賞した選手についてのコメントを書いてみます。

(1)20日・型

①福永悠萊(型10歳男女混合・第3位)・・・キレがある中にも、足腰が安定していました。  最近、昨年から友好団体となった全日本空手道連盟の型を目にすることが多いのですが、極真の選手に比べ、型の中での足腰の安定感が優れているように思います。  この一因として、極真の型は上段への蹴りが多いことはあると思います。  しかし、「実戦を前提とした」型という観点からは、足腰の安定というのは最重要だと思います。  足腰がふらついたままでは実戦で戦うことは不可能だからです。その点で悠萊の型には安定感を感じました。  

今回は型試合に13人の選手が出場しましたが、悠萊も含めて5人の選手が(6位までの選手が試技を行なう)決勝に進出しました。  支部全体で型の実力がついてきたように思います。

(2)20日・組手

①岡部慎太郎(13・14歳男子+55㎏級・第3位)・・・突き・蹴り共にバランスが取れています。  また、1回戦・2回戦では延長戦までのギリギリのしのぎ合いでも強い所を見せました。  大きな大会では、選手間の実力にさほど差はありません。  だとすると、我慢すべき局面で、しのぎ合いに強い選手が勝ち上がり、途中であきらめてしまう選手は中々勝つことができないことになります。 優勝者・準優勝者ともに1学年上の選手だったので、来年は優勝する可能性が高いと思います。  今後の精進に期待します。

②徳久無限(35~39歳男子-75㎏級・第3位)・・・受け返しや突きの技術が目立ちました。  下高井戸道場の土曜日の一般部の指導をしている徳久のブログを読んでいますが、技術的な考察にいつも感心しています。  それが今回の試合にも、それがよく表れていました。  簡単に言えば、「組手というものがよく分かっている」戦いぶりでした。  以前、夜の選手稽古で一緒に走ったことがありますが、スタミナもすごかったことを思い出します。  今後は、城西壮年部の技術向上に尽力して欲しいです。

(3)21日・組手

①諸岡幸乃(6歳女子・準優勝)・・・今回は7面の試合コートで、試合コートが本部席から遠かったので、決勝戦の細かい内容が分かりませんでしたが、準決勝はいつも通り、上の蹴りを交えた力強い戦いだったように見えました。  皆が優勝するために試合に臨みますが、常に勝てるとは限りません。  しかし、負けた試合からも多くのことが学べます。  次回の優勝に向けて、今回の映像などを見て反省・研究し、稽古に励んでもらいたいと思います。

②小野そら(8歳女子・優勝)・・・突きを中心とした安定した戦いでした。 決勝戦の相手は側転のようなトリッキーな蹴りを多発する選手でしたが、落ち着いて自分のペースで戦っていました。  今まで見たことがない戦い方をする選手と初めて当たると、自分のペースを乱されることもありますが、よく相手を見て、焦ることなく戦っていました。  次の機会にも優勝できるよう、今後も練習を積んでもらいたいと思います。

③中水流梨央(9歳女子・第3位)・・・ここのところ、負け知らずでしたが、準決勝では梨央の上段への蹴りがうまく封じられてしまいました。  チャンピオンというのは周りの選手から常に研究されるものです。  上段への蹴りを封じるために接近してくる相手に対して今後はどう戦うのか、いつも考え続け、研究することが大切です。  相手がどんな対策を練ってこようが、それに打ち勝っていけるのが真のチャンピオンです。  ヘッドギアが相手に接触して戦っているとして、「頭を着けての攻撃」で注意2を取られましたが、その修正も必要です。

④福永悠萊(10歳女子・第3位)・・・4月の国際親善大会に続く入賞です。  大分安定した力を付けてきました。  ただ、中水流梨央と同様に、ヘッドギアが相手に接触して戦っているとして、「頭を着けての攻撃」で注意2を取られました。  相手に押し込まれまいとすると、どうしても頭を前傾しがちですが、修正しなければなりません。  ルールが改定されて、注意3で減点1になり、技有りと同等ですから、その時点でほとんど負けが決まってしまいます。また、今回、型・組手ともに入賞しました。  城西にとっては初めてのことです。  これからも城西少年部の手本となって欲しいと思います。

選手・セコンド・付き添い・ご家族の皆さん、お疲れ様でした。  今後は城西カップ等もありますが、次の大きな大会は11月の第48回全日本大会です。  チーム城西の先生たちが、道場生の皆さんに「試合とはこう戦うんだ」というところを見せてくれると思います。

ショーヘイ、タケオカ、カガ、コイノスケ、ファブ、クワセ、たのむよ~(笑)

TOP↑

いまそこにいる君は

今年も、菊澤院長を通じて北方謙三先生から、新刊を私宛のサイン入りで頂きました。  書名は『いまそこにいる君は』(新潮社)です。  『出るものを出しきればよかった』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①犬と一緒に、ただ歩いてた。  いつもの風景である。  不意に、下腹がぎゅっという感じになった。  大きい方を、催してきたのである。  その方面は、私はきわめて規則正しく、トイレを捜し回るなどという経験は、まったくない。

②それでも、催してきたのである。  そんなはずはないと自分に言い聞かせたが、出るものは出ようとする。  ちょっと、汗をかいた。  散歩の行程は、あと十五、六分残っている。

③一度、立ち止まった私は、奥歯を噛みしめてまた歩きはじめた。  いつもの風景が、違うものに見えてくる。  前方に眼を据え、いつもに増して速く歩いた。

④家の門の前に立った時は、ほっとしたよ。  私はトイレに飛び込み、盛大に排出した。  ふう、と私はほんとうに声を出して、腰をあげた。

⑤なんだかセンサーのようなものがついていて、立ち上がると自動的に水が流れる。  妙にやかましい音をたてて、水が流れた。  ふっと便器に眼をやると、黒い塊が流れる水の中で躍っている。

⑥最初に私が感じたのは、自分はこんなものを出してしまったのか、という驚きだった。  なにかが、違うと言っている。  眼を凝らし、私は叫び声をあげた。

⑦流水の中で躍っていたのは、スマホである。

⑧とっさに、私はそれを掴み出し、水道水で洗い、水を拭きとった。  それから、電源を入れた。  大丈夫であった。

⑨トイレに携帯を落とした、などという話を聞いて、馬鹿なことをするものだ、と私は思ったものだ。  自分でやるなど、想像したことはなかった。

⑩私は散歩に出て、スマホをジーンズの尻ポケットに入れていた。  窮迫した帰り方で、靴も脱ぎ散らかしていた。  尻ポケットにスマホなど、思い及びしなかったのだ。』

笑いのツボが、私と同じ方には受けると思うんですが、大丈夫かな~(笑)

後日談も、面白いです。  興味ある方は是非買って読んで下さい。

17日間のオリンピックが始まりました。  初日から金1つ、銅4つで、上々の滑り出しです。  でも、オリンピックやワールドカップの期間中は、どうしても寝不足になりますね。

TOP↑

『靴下バカ一代』

先日、渋谷のマークシティー2階にある『靴下屋』で靴下を買いました。  『靴下屋』を全国展開するタビオ株式会社(東証2部上場)の会長・越智直正さんが書かれた『靴下バカ一代』(日経BP社)を読みました。  「一生懸命に頑張っていれば、仕事があなたを守ってくれる」の項より抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「一生一事一貫」という言葉があります。  一生を通じて、一つのことを貫き通すという意味で、僕は靴下でこれを実践してきました。  経営者は自分の商品にほれすぎたらいかんのですが、僕は取りつかれてしまいました。  ええ靴下を作りたいという一心でね。  銭儲けではなく、趣味に行き着いてしまったんです。  

②なぜ靴下だったのか。  ほかに能があったら、靴下なんかやっていないよ。  たぶん高等学校を出ていたら僕は靴下屋になっていない。  僕が男前だったら映画スターになっとるし、声が良かったら歌手になっとる。  靴下に出会い、結果として靴下と40年、50年と付き合っている。  それ以外に才能がないだけのことよ。

③自分で職業を選ぶのではない。  僕の場合、靴下が僕を指名したと思う。  僕は靴下業界に入るなんて全然思ってもいなかったし、靴下問屋に丁稚奉公に行くと知ったのは大阪に出てくる1週間前です。  学もないし靴下のことしか知らん。  僕には選択肢はなかったわけです。

④職業というのはみんなそうだと思う。  僕がそれに気づいたのは40歳くらいのとき。  ベートーベンやモーツァルトだって、ほかに能力がないからその分野に打ち込んだんちゃうやろか。  歴史上の人物はたいがい一つのことをやっているのと違うかな。  

⑤一流の製品で世界一になる。  それが丁稚の頃からのたった一つの夢です。  あとは何にもありません。  僕は植木みたいな人生です。  そこに植えられたからにはそこで育たないとしょうがない。

⑥これだけ長い間やっていても、まだまだ課題があるもんやから、頭が靴下でいっぱいになりまんねん。  70歳を超えても好きなことをしよるというのは幸せなことです。

⑦靴下の導きのままに、僕の人生を生きてきました。  才能がなくても一生懸命に頑張っていれば、仕事があなたを守ってくれる。  安心して仕事に自分のすべてを任せればええんです。』

7月2日のブログで紹介した『叙々苑』の創業者の新井泰道さんも、中学卒業後、東京に出て最初に働いたのが焼肉屋でした。  職業の選択というのは、そういうものかも知れませんね。

でも、『靴下バカ一代』って『空手バカ一代』のパクリ?(笑)      

TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT