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『空手生活の知恵』

『落合博満 バッティングの理屈』(落合博満著 ダイヤモンド社)を読みました。  落合さんは、現役時代に日本プロ野球史上唯一となる、3度の三冠王を達成しました。  個人的には「日本のプロ野球史上最強のバッター」だと思っています。  「『野球生活の知恵』を身に付けよう」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①講演会や実技指導で一般の方々と顔を合わせると、必ずと言っていいほど「落合さんは、いつ頃から野球に関して深く考えるようになったのですか」とか「現役時代にはどのくらい練習したのですか」といった類の質問を受ける。  たしかに、練習に関して言えば、現役時代の私はメディアに対して「練習なんかしません」というような表現をしていた。  (中略)  

②いくら熱心に練習を重ねても、結果の出せない選手は次々に消えていくのがプロ野球という世界の厳しさだ。  (中略)  プロ野球選手にとっての練習は、“自分の仕事にとって必要なもの”という認識が私の中にあり、それが「練習はしません。  自分に必要なことをしているだけ」という屁理屈になったのだと思う。

③現役を退いた今、先の質問に素直に答えれば、「練習はしました。  質も量も他のどの選手にも負けないくらい練習しました」と胸を張って言える。  やはり、プロであれアマチュアであれ、投手であれ野手であれ、その選手が残した成績というのは、練習量と質に比例してくると考えている。

④ここで、練習量については、タフな精神力と強靭な肉体があれば、誰にでもある程度はこなしていけるものだと思う。  しかし、練習の質については難しい。  その部分が、先の質問にある「野球に関して深く考える」ということになるのだろう。

⑤かく言う私だって、アマチュア時代から、またプロ入り直後から野球に関してしっかりとした考え方を持っていたわけではない。  極端に言えば、ベテランと呼ばれる部類に入ってからも、ある種の試行錯誤は続いた。  (中略) その日ごとの反省点をいち早く解決する姿勢や能力が大切になり、その結果、技術を向上させたり修正したりするための方法や理屈をいくつも身に付けることができたのだ。

⑥母親が『日常生活の知恵』をいくつも持っているように、私は『野球生活の知恵』をいくつも備えていたということだ。  では、そうした『野球生活の知恵』は、どのように身に付けていけばいいのか。

⑦もちろん、野球に関する何ごとに対しても興味を持ち、自分のアンテナを高く張り巡らせておくことが必要だが、同時に物事を正面からだけ見るのではなく、後ろからも横からも、時には斜めからも俯瞰からも見てみる気持ちも大切になる。  そこには、やはり屁理屈も含めた理屈が出てくる。』 

小学校時代に友達と草野球をした経験しかありませんが、プロ野球を観ることは大好きです。  ニューヨークで松井選手や新庄選手の試合を観たり、シアトルでイチロー選手の試合を観たこともあります。

監督として中日で指揮を執り(2004~2011年の8シーズン)、すべての年でAクラス入りを果たし、4度のリーグ優勝、1度の日本一を達成した名監督でもあった落合さんの技術論・指導論にはかねてから興味がありました。  空手の指導に応用できる知識が満載です。

チーム城西のメンバーには、落合さんのように「質も量も他のどの選手にも負けないくらい練習」し、「『空手生活の知恵』をいくつも備えて」もらいたいと思います。  

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歴史「に」ではなく、歴史を学ぶ

昨日配信されたネットの「withnews」は日本史学者・呉座勇一さんのインタビューです。  呉座さんの著書『応仁の乱』(中公新書)や『陰謀の日本中世史』(角川新書)はベストセラーになっており、私も読んで感銘を受けました。  インタビューの後半部分を、番号を付けて紹介します。

『①――『陰謀の日本中世史』では、実際に起きた陰謀と陰謀論を区別して、陰謀論のパターンを紹介しています
 
 「『はめたつもりが、はめられていた』という加害者と被害者の逆転、一番得した人間が『黒幕』、最終的に勝ち残った人間の策略。  多様に見えて、実は限られたパターンの繰り返しです」

 「複雑な史料を読み解くと、そんなに単純に物事が動いていないことが見えてくる。  いや、史料を読まなくても自分自身について考えてみれば分かるでしょう。  死後に神格化された歴史上の偉人も、生きている時は普通の生身の人間で全知全能ではない」

 「徳川家康だって、日々迷い間違えながらいろんなことを選択していたはずです。  すべてをひとつの陰謀で説明できる、破綻(はたん)のない物語が怪しいのは明らかです」

②――では歴史を学ぶコツって何でしょうか

 「歴史『に』学ぶのをやめることです。  歴史上の英雄は、さも未来を完全に見通して策略や陰謀を図った、という風に称賛されがちですね。  でも、超能力者でもないのに『100%計算通り』なんてありえないでしょう。  そんな超人から、われわれ凡人が何を学ぶんですか」

 「ビジネス書には『信長のようにビジョンを持て』などという話がよく登場しますが、ビジョンを持てばうまくいくというのは少し違う」

 「むしろ、見通しが外れたときにどう軌道修正していくかというほうが大切だし、そういう危機管理能力に注目したほうが、現代を生きる上で役立つのではないでしょうか。  そこから『起死回生の一策』が生まれることもある。  ただそれも、うまくいくかどうかというのは結果論によるところが大きいと思います」

③――でも、ビジョンは欲しいし「物語」も欲しいです
 
 「それを求めるなら、ぜひ『ワンピース』や『スラムダンク』などの素晴らしいフィクションでどうぞ。  歴史を『物語化』するのは全くお勧めしません」

 「これはかなりまじめな話です。  事実、俗説を『歴史的事実』と誤解し、それを根拠に物事を決定して、失敗してしまった例は多い」

 「例えば、太平洋戦争。  日本軍が奇襲を多用した背景の一つに、源義経が一ノ谷の戦いで見せた(断崖絶壁を馬で駆け下り、敵陣の背後を急襲した)『鵯越の逆落とし』があったと言われます。  『義経は奇襲で平家の大軍に勝った。  だからわれわれも、奇襲でアメリカに勝てる!』と思ったわけです」

 「しかし奇襲が上手くいったのは真珠湾攻撃など最初だけで、あとは連戦連敗でした」

 「実は最近の研究では、鵯越の逆落としは『平家物語』の創作で、事実ではない、と考えられている。  現実の義経は、非常に用意周到な武将だったことが分かってきています」

 「その場で奇想天外な作戦を思いついたのではなく、自身に有利な態勢を着々と整え、勝つべくして勝った。  義経の作戦をきちんと研究していれば、『奇襲で戦争に勝てる』などという見当違いの教訓を導き出すことはなかったでしょう。  歴史を物語として学んでしまうと、こういう大やけどをすることもあるのです」

④――歴史「に」ではなく、歴史を学ぶにはどうすればよいでしょうか

 「この本(『陰謀の日本中世史』)を通して、歴史学の手法をぜひ知ってほしいです。  真実にたどりつくまでのプロセス、つまりどう考えて、調べて、研究を進めれば歴史的事実をある程度確定させられるのかという手法を学ぶということです」
 
 「この技術は現代にもつながります。  歴史上の史料は、偽書なども紛れていて実に玉石混交です。  そういったものを慎重に見定め、真実にたどりつこうとする歴史学の手法は、現代の情報社会を生きるうえでのスキルにも近いと私は思います」』


③末尾の「歴史を物語として学んでしまうと、こういう大やけどをすることもあるのです」という一文は肝に銘ずる必要がありますね。

今回より、このブログの歴史関連のカテゴリー名を『歴史に学ぶ』から『歴史を学ぶ』に変えました(笑)




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20回目の夏合宿

1.昨日・今日は山中湖で夏合宿が行なわれ、先ほど帰宅しました。  新生・城西支部として20回目です。  この「新生・城西支部」の夏合宿について、2012年8月6日のブログで以下のように書いています。  

『①大山総裁から認可され、東京城西支部を開設したのが1978年8月26日です。  1981年8月27日には東京都下(東京都の23区以外)の支部認可も受け、東京都下・城西支部となりました。

②1994年4月26日に大山総裁が逝去され、松井館長体制となります。  1995年4月6日に体制が刷新され、東京都下・城西支部傘下の5つの分支部が支部に昇格します。  仕事の関係で直接指導から離れていた私は西関東本部長に任命され、東京都下・城西支部は自然消滅した形になりました。

③1998年6月22日、東中野で東京城西支部を阿曽芳樹師範代と共に再開しました。  合宿は翌年の1999年からですから、新生・城西支部としては今年で14回目の開催です。

④一昨年までは秩父・三峯神社で、昨年よりは山中湖で行っています。  全14回出席の皆勤賞は私と阿曽師範代、掌道の菊澤政夫院長の3人です。』


2.①東京都下・城西支部時代には伊豆下田の多々戸浜・茨城の大洗海岸・山梨の西湖などで合宿を行っていました。  新生・城西支部になってから、1999~2010年は秩父の三峯神社で12回、2011年~今年は山中湖の「ホテル清渓」で8回、計20回目の夏合宿となりました。  2012年のブログにある、私と阿曽師範代・菊澤院長の皆勤賞は継続中です。

②2014年からは城西OBである池田祥規支部長の城南目黒中央支部との合同合宿となっています。  こちらも、もう5回目ですね。  松井館長もよく言われますが、何ごとも継続することが大切です。

③今回の合宿での選手稽古のテーマは「足掛け」でした。  菊澤院長を相手にして、何度もさまざまな「足掛け」の技術をデモンストレーションしました。  まさに「老体に鞭打って」で、私も菊澤院長も筋肉痛です(笑)  参加メンバーに私の意図がうまく伝わっていればいいのですが。


3.ところで、松村~‼  自分より年下でも上級者は先輩だから、「○○先輩」と呼んで、タメ口はダメだぞ~‼  私が入門したころの総本部道場なら、「先輩に対する口の利き方を知らず無礼だ」ということで、間違いなく組手で締められています(笑)

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