| PAGE-SELECT | NEXT

戦艦大和と「空気」

2013年9月25日のブログで『「空気」の研究』(山本七平著 文春文庫)を紹介しました。  今回は山本七平さんと小室直樹さんの対談集『日本教の社会学』(ビジネス社)を読みました。  1981年7月に出版された本の新装版(2016年12月発行)です。  抜粋して紹介します。

『山本・・・戦艦大和の出撃というのは、「空気」を研究するには一番いい材料ですね。

小室・・・昭和20年の沖縄戦のときに、大和出撃に賛成する理由はまったくあり得ない。  大和が沖縄にたどりつけるなんて、到底考えられない。  だから、論理的に考えればまったく無意味、ナンセンスの二乗みたいなものですが、昭和19年のマリアナ戦当時に戦艦山城の出撃に断固反対した大本営参謀が今度は大和出撃を要求、第二艦隊司令長官の伊藤整一中将がどんなに出撃反対の理由を説明しても何回もやってきて説得する。  が、伊藤中将はどうしても反対の態度を変えない。

山本・・・ところが、最後に三上参謀が来て大本営の「空気」を伝えるわけですね。  そうすると、伊藤中将は「それならば何をかいわんや。  よく了解した」と。

小室・・・このような機能面に着目すると、「空気」は強烈な恐るべき規範性をもって迫ってくる。  これに反したら集団の中に居るわけにはゆきませんから、もう殺されるとわかってても行かなくちゃならない。

山本・・・ときの連合艦隊司令長官・豊田副武自らが、「そのときの空気を知らないものの批判には一切答えないことにしている」と後になって語っている。  裏からいえば、当時の「空気」を知っている者だけが、大和出撃の理由がわかるわけです。  これが「空気」です。

小室・・・そうだとすれば、「空気」は流行やムードなどとほど遠い。  世の中には、「空気」を流行の一種だと誤解する人が多いので、この点十分注意すべきだと思います。

山本・・・流行ならば、「おれはそれをしない、おれはそういう流行を無視する」といえるわけですね。  ところが、「空気」はそうじゃないんで、「おれはそんな不合理なことはやらない」ということは絶対にいえない。  ある極点を絶対的に拘束して、それ以外のことをさせないわけです。

小室・・・それに反したら処断されるわけですけど、処断されるという意味がまた違いまして、軍法会議にかかるという意味じゃなくて、「おまえは日本教徒ではない」と詰め腹を切らされる。  それだけでなく、議論しただけで大変なことになる。

山本・・・おそらく世界のどこの戦史を探しても「あの時の空気ではああせざるを得なかった」という弁明はないでしょうね。  ところが、これは単に大和出撃だけじゃない。  太平洋戦争の開戦がそうでしょ。  何を誰が、どこでどう決めたのかわからない。

小室・・・戦後も、この点は全然かわっていません。  さらに注意すべきことは、「空気」が、流行とかムードと明らかに違う点は流行やムードだったらどこの国でもある。  ところが、「空気」っていうのは日本独特の現象であって、外国にはまったくないか、さもなくばきわめて例外的な状況にしか現れない。  そして、注意すべきことは、これは群集心理とも違うんです。

山本・・・違いますね。  というのは、群衆じゃないですから。  あの大本営決定だって、すべてを知り抜いている専門家の対論の結果です。

小室・・・ウルトラ・エリート。

山本・・・ええ。  それが徹底的に討論をしていったらそういう「空気」ができちゃった、ということですね。  だから群衆がワアワアいって「戦艦大和出ていけーっ」ていったんじゃないんです。  全部知り尽くしている専門家がそれをやるっていうことです。』

TOP↑

ナショナリズムとパトリオティズム

『「司馬遼太郎」で学ぶ日本史』(磯田道史著 NHK出版新書)を読みました。 『第四章「鬼胎の時代」の謎に迫る』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①日本の宣戦布告の詔勅は、明治このかた昭和まで「天祐を保有する日本国の天皇は」という文言が付き物で、「天皇は戦いに勝つための天の助けを生まれながらに持っている」と宣言してから戦を始めます。  極端な場合は、日本は、天の助けを持っているから、神風も吹いた。  だから、この国は負けたことがない、と考えます。

②国家をあげて超自然的なことがらを信じ教えているのは、その国家がある種の宗教団体であり、宗教国家に近い色彩を帯びていることを意味します。  つまり、明治の日本国家は確かに合理的な法にもとづく近代国家をめざしていましたが、超自然的な力を完全に排除したリアリズムと合理主義を持っていたかというと、そうでもなかったのです。

③では、なぜそのような時代が生まれたのか。  その背景には、ナショナリズムの暴走があると司馬さんはとらえていました。  ナショナリズムという言葉は、一般には国家主義と訳されるものですが、司馬さんは、お国自慢や村自慢、お家自慢、自分自慢につながるもので、あまり上等な感情ではないと思っていたようです。

④一方でナショナリズムと混同されやすい概念にパトリオティズム(愛国主義)がありますが、司馬さんは、愛国心と愛国者というものは、もっと高い次元のものだと考えていました。  ナショナリズムとパトリオティズムの違いについては、お国自慢のたとえで考えてみるとよくわかります。  

⑤たとえば、ある地域で自分はよい家に生まれたのだといって誇りに思っている人がいます。  その人が家柄を自慢し、他の家を馬鹿にする。  何ら自分の努力で手に入れたわけではなく、ただその家に生まれただけなのに他人を見下していると、自分は金持ちなのだから、貧乏人を従えて当然だという考えに陥っていきます。  自分がかわいいという感情が、自分の家がかわいいと変形したにすぎず、その「自分の家がかわいい」を「自分の国がかわいい」と国家レベルまで拡大したものがナショナリズムだというわけです。 

⑥対して「いや、自分はたまたま名家に生まれついたのだから、一層きっちりとして、さらに周りから尊敬される良い家にしよう」と考える人もいます。  これはいわば「愛家心」ですが、この感情を国家レベルでおこなうのが、司馬さんの言う「愛国心」に近いと思います。  自分の家をよくするだけではなく、周りの人たちのお世話までできる家にする・・・その高い次元の、真の愛国心を持った人が支配層にいる間はまだしも、そうではなくなってきたときに国は誤りをおかします。  そんな姿を司馬さんは活写しています。

⑦そして現実の歴史で、「お国自慢」の暴走が始まります。  日露戦争の勝利が、日本人を変えてしまう。  司馬さんは、次のように書いています。

「調子狂いは、ここからはじまった。  大群衆の叫びは、平和の値段が安すぎる(・・・とにかく講和したかった日本は、賠償金の権利を放棄し、樺太南半分の取得で妥協するしかなかった)というものであった。  講和条約を破棄せよ、戦争を継続せよ、と叫んだ。  『国民新聞』をのぞく各新聞はこぞってこの気分を煽り立てた。  ついに日比谷公園でひらかれた全国大会は、参集する者三万といわれた」(『この国のかたち』)

⑧実際には、日本の軍隊は戦線が伸びきって補給もままならず、一刻も早く、妥協してでも講和を結ばないといけない状態にありました。  しかし、国内の新聞はきちんとした報道をしません。  また、政府も日本軍が、じつは苦しいという事実を敵に知られてしまっては講和がうまく運ばないので、事実を国民に説明できませんでした。  国民も戦勝に浮かれて正しい判断ができず、ただ政府の弱腰を非難して外交担当者の家を取り囲み、日比谷で暴動(いわゆる「日比谷焼打ち事件」)を起こす始末でした。』

ちなみに私が応援するNFLニューイングランド・ペイトリオッツの「PATRIOTS」の訳は「愛国者たち」です。  

TOP↑

サピエンス全史

1月17日のブログで『人類の進化の歴史』を取り上げましたが、今回は『サピエンス全史 (上)・(下)』(ユヴァル・ノア・ハリ著 河出書房新社)を読みました。  第18章「国家と市場経済がもたらした世界平和」から抜粋し、番号を付けて紹介します。 

『①(今から約200年前の)産業革命により、エネルギ―の変換と財の生産に新たな道がつけられ、人類はおおむね、周囲の生態系に依存しなくて済むようになった。  (中略)  ホモ・サピエンス(人類)の必要性に応じて世界が造り替えられるにつれて、動植物の生息環境は破壊され、多くの種が絶滅した。

②今日、地球上の大陸には70億近くものサピエンスが暮らしている。  全員を巨大な秤(はかり)に載せたとしたら、その総重量は3億トンにもなる。  もし乳牛やブタ、ヒツジ、ニワトリなど、人類が農場で飼育している家畜を、さらに巨大な秤にすべて乗せたとしたら、その重量は約7億トンになるだろう。

③対照的に、ヤマアラシやペンギンからゾウやクジラまで、残存する大型の野生動物の総重量は、1億トンに満たない。  児童書や図画やテレビ画面には、今も頻繁にキリンやオオカミ、チンパンジーが登場するが、現実の世界で生き残っているのはごく少数だ。

④世界には15億頭の畜牛がいるのに対して、キリンは8万頭ほどだ。  4億頭の飼い犬に対して、オオカミは20万頭しかいない。  チンパンジーがわずか25万頭であるのに対して、ヒトは何十億人にものぼる。  人類はまさに世界を征服したのだ。  (中略)

⑤生態系の大きな混乱は、ホモ・サピエンス自体の存続を脅かしかねない。  地球温暖化や海面上昇、広範な汚染のせいで、地球が私たちの種にとって住みにくい場所になる恐れもあり、結果として将来、人間の力と、人間が誘発した自然災害との間で果てしないつばぜり合いが繰り広げられることになるかもしれない。  (中略)

⑥多くの人が、この過程を「自然破壊」と呼ぶ。  だが、実際にはこれは破壊ではなく変更だ。  自然はけっして破壊できない。  6500万年前、小惑星の衝突によって恐竜が絶滅したが、同時に哺乳類繁栄への道が開かれた。  今日、人類は多くの種を絶滅に追い込みつつあり、自らを消滅させかねない状況にある。

⑦だが、非常にうまく適応している生物もいる。  たとえば、ネズミやゴキブリは隆盛を誇っている。  こうした強靭な生き物たちはおそらく、核兵器による最終決戦後に煙の立ち上る瓦礫の下から這い出てきて、待っていましたとばかりに自分のDNAを広めることができるだろう。  

⑧今から6500万年もすれば、高い知能を得たネズミたちが人間の行なった大量殺戮を振り返って、ありがたく思うかもしれない。  ちょうど私たちが今日、恐竜を絶滅させたあの小惑星に感謝できるように。

⑨それでもやはり、私たち人類が絶滅するという風説は時期尚早だ。  産業革命以来、世界人口はかってない勢いで増えている。

⑩1700年には、世界で約7億人が暮らしていた。  1800年には、人口は約9億5000万人になった。  1900年までに、その数字はほぼ倍増して、16億人になった。  そして2000年には、人口はその4倍の60億人に増大した。  現在では、サピエンスの数は間もなく70億人に達しようとしている。』

この一週間、夜は録画したスーパーボウルの映像ばかり観ていました。  前回までの50回のスーパーボウルでは得点差10点以上を逆転したゲームはなかったそうです。  今回は25点差をひっくり返しての逆転劇で、何度見返しても奇跡的なシーンの連続です。 

ところで、現地時間10日に行われたトランプ大統領夫妻と安倍首相夫妻の食事会の同じテーブルにニューイングランド・ペイトリオッツのオーナー、ロバート・クラフトさんが座っていました。  安倍さんとはスーパーボウルの話で盛り上がったのかな~(笑)

TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT