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歴史「に」ではなく、歴史を学ぶ

昨日配信されたネットの「withnews」は日本史学者・呉座勇一さんのインタビューです。  呉座さんの著書『応仁の乱』(中公新書)や『陰謀の日本中世史』(角川新書)はベストセラーになっており、私も読んで感銘を受けました。  インタビューの後半部分を、番号を付けて紹介します。

『①――『陰謀の日本中世史』では、実際に起きた陰謀と陰謀論を区別して、陰謀論のパターンを紹介しています
 
 「『はめたつもりが、はめられていた』という加害者と被害者の逆転、一番得した人間が『黒幕』、最終的に勝ち残った人間の策略。  多様に見えて、実は限られたパターンの繰り返しです」

 「複雑な史料を読み解くと、そんなに単純に物事が動いていないことが見えてくる。  いや、史料を読まなくても自分自身について考えてみれば分かるでしょう。  死後に神格化された歴史上の偉人も、生きている時は普通の生身の人間で全知全能ではない」

 「徳川家康だって、日々迷い間違えながらいろんなことを選択していたはずです。  すべてをひとつの陰謀で説明できる、破綻(はたん)のない物語が怪しいのは明らかです」

②――では歴史を学ぶコツって何でしょうか

 「歴史『に』学ぶのをやめることです。  歴史上の英雄は、さも未来を完全に見通して策略や陰謀を図った、という風に称賛されがちですね。  でも、超能力者でもないのに『100%計算通り』なんてありえないでしょう。  そんな超人から、われわれ凡人が何を学ぶんですか」

 「ビジネス書には『信長のようにビジョンを持て』などという話がよく登場しますが、ビジョンを持てばうまくいくというのは少し違う」

 「むしろ、見通しが外れたときにどう軌道修正していくかというほうが大切だし、そういう危機管理能力に注目したほうが、現代を生きる上で役立つのではないでしょうか。  そこから『起死回生の一策』が生まれることもある。  ただそれも、うまくいくかどうかというのは結果論によるところが大きいと思います」

③――でも、ビジョンは欲しいし「物語」も欲しいです
 
 「それを求めるなら、ぜひ『ワンピース』や『スラムダンク』などの素晴らしいフィクションでどうぞ。  歴史を『物語化』するのは全くお勧めしません」

 「これはかなりまじめな話です。  事実、俗説を『歴史的事実』と誤解し、それを根拠に物事を決定して、失敗してしまった例は多い」

 「例えば、太平洋戦争。  日本軍が奇襲を多用した背景の一つに、源義経が一ノ谷の戦いで見せた(断崖絶壁を馬で駆け下り、敵陣の背後を急襲した)『鵯越の逆落とし』があったと言われます。  『義経は奇襲で平家の大軍に勝った。  だからわれわれも、奇襲でアメリカに勝てる!』と思ったわけです」

 「しかし奇襲が上手くいったのは真珠湾攻撃など最初だけで、あとは連戦連敗でした」

 「実は最近の研究では、鵯越の逆落としは『平家物語』の創作で、事実ではない、と考えられている。  現実の義経は、非常に用意周到な武将だったことが分かってきています」

 「その場で奇想天外な作戦を思いついたのではなく、自身に有利な態勢を着々と整え、勝つべくして勝った。  義経の作戦をきちんと研究していれば、『奇襲で戦争に勝てる』などという見当違いの教訓を導き出すことはなかったでしょう。  歴史を物語として学んでしまうと、こういう大やけどをすることもあるのです」

④――歴史「に」ではなく、歴史を学ぶにはどうすればよいでしょうか

 「この本(『陰謀の日本中世史』)を通して、歴史学の手法をぜひ知ってほしいです。  真実にたどりつくまでのプロセス、つまりどう考えて、調べて、研究を進めれば歴史的事実をある程度確定させられるのかという手法を学ぶということです」
 
 「この技術は現代にもつながります。  歴史上の史料は、偽書なども紛れていて実に玉石混交です。  そういったものを慎重に見定め、真実にたどりつこうとする歴史学の手法は、現代の情報社会を生きるうえでのスキルにも近いと私は思います」』


③末尾の「歴史を物語として学んでしまうと、こういう大やけどをすることもあるのです」という一文は肝に銘ずる必要がありますね。

今回より、このブログの歴史関連のカテゴリー名を『歴史に学ぶ』から『歴史を学ぶ』に変えました(笑)




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理想とするリーダー像

1.6月21日の日経新聞夕刊の連載『私のリーダー論』は京都大学の山極寿一総長のインタビュー記事でした。  山極さんについては昨年の1月17日と9月13日にもブログで取り上げています。  記事から抜粋して紹介します。

『①追従者ばかり据えず

 ――山極さんが理想とするリーダー像を体現していた人はいますか。

 「今西錦司さん(元京都大学名誉教授)ですね。  日本の霊長類研究の草分けで、僕も薫陶を受けました。  彼の一番すごい点は、自分が生涯リーダーでありながら、たくさんの弟子を育て、梅棹忠夫さんや伊谷純一郎さん、河合雅雄さんといった傑出したリーダーを輩出したことです。  一代限りのリーダーにはなれても、次の世代のリーダーを育てるのは非常に難しい」

 「今西さんにそれができたのは、彼は愛されていたけれど、信用されなかったからなんです。  それを最初に見抜いたのは、1980年代に英国からやってきた古生物学者のベヴァリー・ホールステッドさんでした。  当時、今西さんはダーウィンの進化論に異を唱え欧米でも話題の人でしたから、イギリス人の彼は反論してやろうと意気込んで来たのです。  ところが今西さんと会っているうちにすっかりほれ込んでしまった。  しかも『今西の弟子たちは、今西の言っていることを誰も信じていない。  これはすごい』というわけです」

 「自分の周りにフォロワー(追従者)ばかり据えていては、自分を超える人は出てこない。  今西さんの場合は、常に挑戦し続ける彼自身の姿勢と、弄(ろう)するレトリック(表現の巧みな言葉)が面白かったので、弟子たちが自然と集まってきた。  今西さんは弟子たちの挑戦も奨励し、許容したんです」


②提案する人を育てる

 ――そこが常人との違いだと。

 「普通は自分を超えようとするやつの頭をなんとか抑え込もうとします。  でも今西さんはある時から手を放し、譲るんです。  梅棹さんには国立民族学博物館を作らせ、伊谷さんには京都大学自然人類学教室を、河合さんには日本モンキーセンターを任せ、京都大学霊長類研究所に生態研究部門を作らせた。  弟子たちへの任せ方は実に見事でした」

 「現代の社会では、人間関係においても正解を求めがちですね。  でも人間同士もお互い100%わかりあえることはないから、探り合うしかない。  そこで決定的な失敗に至らなければいい。  今西さんはそのことをよく知っていたんだと思います。  だから自分に従わせず、直観力をみなに発揮させた。  お互いに罵り合うことだってあるけど、楽しいからみんなそばにいるという環境を作った」

 「正解に到達することを奨励するのではなく、いろんな新しい可能性を提案してくれる人たちを育てる。  大学もそういう場所にしなくちゃいけない。  決定的な失敗さえしなければ、いくらでも実験ができる、いくらでも挑戦ができる。  その面白さが大学の持つ魅力だと思います」』


2.今西錦司さんのあり方は、私(山田)が理想とするリーダー像でもあります。  山極さんの最後の発言の「大学」を「チーム城西」に置き換えると次のようになります。

『「正解に到達することを奨励するのではなく、いろんな新しい可能性を提案してくれる人たちを育てる。  「チーム城西」もそういう場所にしなくちゃいけない。  決定的な失敗さえしなければ、いくらでも実験ができる、いくらでも挑戦ができる。  その面白さが「チーム城西」の持つ魅力だと思います」』



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軍事を知れば日本史がわかる

前回のブログで、『日本史の内幕』(磯田道史著 中公新書)の中から次のような記述を紹介しました。

『日本がアメリカに戦争を仕掛けたときの、日米のGDP差は1対4.5。  工業力ではもっと差が大きかったから、これは無謀である。  (中略)  この島国(日本)の世界シェアに占める人口ピークは1700年、軍事ピークは日露~満州事変、経済ピークは購買力平価で中国よりGDPが大きかった1970~2000年頃でもう過ぎた。  そして、この国はもはや大国と軍事対決できる経済的実力はない。』

今回は『日本史のツボ』(本郷和人著 文春新書)の「第四回 軍事を知れば日本史がわかる」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①まず軍事を大きく戦術、戦略、兵站の三つに分けることにしましょう。  個々の合戦や城郭のあり方、陣形の敷き方などに当たるのが戦術ですが、これはその時代の技術力と深く結びついています。  (中略)

②戦略はまさに政治、外交に近接しています。  たとえば戦争をするにしても、何のために戦うのか、誰とは戦い、誰とは同盟を結ぶなどして戦わずに済ませるのか、、どうやって終わらせるのか、といった問題に直面する。  これらはすべて政治問題であり、外交問題でもある。

③さらに兵站=ロジスティックスとなると、今度は経済と密接に関係します。  兵站とは一言でいえば「いかに兵隊さんを食わせるか」。  人を抱え、彼らに必要な装備を与え、十分に食べさせて養わなければならない。


2.①(戦争に)勝つために必要なものは何か。  これは古今東西を問いません。  第一は、敵を上回る兵力。  第二は優れた装備。  第三が大義名分です。  (中略)

②第二の優れた装備を整える上でも重要なのは経済力+情報力です。  これは戦国時代の鉄砲隊を考えればすぐわかります。  まず大量の鉄砲、弾薬を買い集める経済力と、そもそも鉄砲という新兵器の情報、その運用に関する知識などが揃って、はじめて大きな効果を発揮するわけです。  (中略)

③太平洋戦争の失敗は、第一の兵力、第二の装備を支える国力で、圧倒的にアメリカにかなわないことが分かっているのに、第二の装備を零戦や戦艦大和などの一点豪華主義で突破し、あとは奇襲などの戦術と、日本国民へのプロパガンダ=思想戦で乗り切ってしまおうと考えたことにあると思います。  (中略)

④その点では、「富国強兵」をモットーにした明治政府の方が、国を豊かにしなければ兵は強くならないという軍事の本質をきちんと踏まえていたといえる。  


3.軍事政権というと、いまの北朝鮮のように、あるいは戦争末期の日本軍のように、国民生活を犠牲にして、とにかく軍事力だけを増強するというイメージがあるのですが、本当に国を強くするためには、それでは駄目なんですね。  民を豊かにして、内政、外交に力を入れ、さらに軍事力を政治的にコントロールできなくては本当に強くはならない。  これが歴史の教訓なのだと思います。』


明日は午前中から審査会です。

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