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セミコンタクトルールと実戦性

昨日は所沢市民体育館でセミコンタクトルール首都圏交流試合です。  閉会式で『セミコンタクトルールと実戦性』について話をしました。  補足して書いてみます。

1.セミコンタクトルールは実戦性が低いのか

最近、「セミコンタクトルールは今までのフルコンタクトルールに比べて実戦性が低いのではないか」という記述を目にしました。  私は「セミコンタクトルールは極めて実戦性の高いルールである」と考えています。


2.フルコンタクトルールの導入

①格闘技には空手のような打撃系格闘技と、柔道のような組技系格闘技があります。  実戦を考えた場合、打撃系格闘技の技術で最も有効なのは手による顔面攻撃と足による金的攻撃です。

②攻防の技術を高めることにおいて、試合形式の導入は欠かせません。  その場合、足による金的攻撃は安全性の観点から排除されることは当然です。

③極真空手の創始者である大山倍達総裁が、それまでの攻撃を当てない試合ルール(ノンコンタクトルール)を否定し、実際に当て合う直接打撃制ルール(フルコンタクトルール)を提唱しました。  ただし、素手で戦った場合の顔面攻撃はあまりにも危険であるため、手による顔面への突きは反則としたのです。

④今年で全日本大会は50回となりますが、それ以前の大山道場時代は手にタオルを巻いたりして、顔面を実際に当てる組手が行なわれていました。  私は47年前の第3回大会の年に入門しましたが、道場の組手では顔面への牽制や頭突きなどの技術が残っていました。


3.フルコンタクトルールの弊害

その後試合ルールが浸透する中で、手による顔面攻撃がないことを前提とした以下のような弊害が見られるようになってきました。

①手による顔面攻撃がないため、本来あるべき(相手との)間合いがまったく無視され、胸をつけ合うような間合いまで不用意に入って攻防が行なわれる。

②手による顔面への的確な攻撃やその防御に関する対応力が極めて低い。


4.セミコンタクトルールの導入

①顔面の攻防の試合形式については、素手で直前に留める「寸止め」と、グローブや面をつけて実際に叩き合う「直接打撃」が考えられます。  極真会館のように組織的に老若男女が試合に多数参加することを前提とすると、脳障害の予防などの安全面からは「寸止め」にすることが最良だと思います。

②6月に大阪で行われた、「セミコンタクトルール全国交流大会」に続き、2回目の試合でしたが参加選手の技術レベルが順調にアップしているように見えました。

③選手がフルコンタクトルールとセミコンタクトルールの両方の技術を磨くことによって、バランスのとれた打撃系格闘技の技術を身に付けることができると、昨日の試合を見ながら私は確信を持ちました。


5.私の抱く将来像

①将来的にはフルコンタクトルールとセミコンタクトルールと型の三部門で優勝するグランドチャンピオンが出てくることを期待しています。

②そしていずれ、WKFルール(ノンコンタクトルール)で行われるオリンピックの空手競技の金メダリストが、極真会館から出れば最高ですね。

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「学ぶ」の語源

1.先週の日曜日は西東京のビギナーズカップでした。  午後の部の表彰式後、次のような話をしました。

『①4月21日・22日は東京体育館で国際親善大会が行われます。  世界中から各カテゴリーのトップ選手が参加しますので、ぜひ会場に足を運んで観戦して下さい。  

②「学ぶ」の語源は「真似ぶ」です。  上手な人の「真似」をするのが、技術上達の近道です。  国際親善大会には皆さんが「真似」をすべき選手がたくさん出場します。』


2.後から調べると、「学ぶ」の語源は必ずしも「真似ぶ」ではないようです。  ネットで見つけた『小松格の『日本史の謎』に迫る』というブログには以下のように書いてありました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「学ぶ」の語源は、弟子が師を真似ることから、「まねぶ」であるというのが国語学の常識のようになっている。  なぜこのような説が生まれたのか。  

②「まなぶ」と「まねぶ」の音がたまたま似ていることから、著名な国語学者がそう断定したからであろう。  しかし、この説には何の根拠もない。』

「他の説もある」ということでしょう。  でも、『「学ぶ」の語源は「真似ぶ」です。』と言っても、間違いではないと思います。  


3.4月4日に配信されてきた弁護士の鳥飼重和先生のメルマガに、関連する記述がありました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①他人から学ぶことには、歴史から学ぶことも含まれる。  「学ぶことは、真似ること」という言葉もあるように、なりたい人の真似から新しい自分を創り出すこともある。
  
②ハリウッドの名優、ダスティン・ホフマンはその典型だ。  アカデミー賞の授賞式での、彼のスピーチを紹介しよう。
  
③「私は、ハンフリー・ボガードの熱烈なファンだった。  彼に憧れて俳優になろうと思い、煙草の吸い方から帽子のかぶり方、何から何までボガードの真似をしたよ。  つまり私は、ボガードを真似して真似して、ダスティン・ホフマンになったんだ」( 『人生はニャンとかなる』水野敬也・長沼直樹/著 文響社 )
  
④真似ることは、学ぶ人の個性をも引き出すようである。』

ハンフリー・ボガードって分かるかな~(笑)

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芸を盗むセンス

1.『バカ論』(ビートたけし著 新潮新書)を読みました。  「芸を盗むセンス」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①ただ一つだけ、芸を盗むのは大事なことだと言える。  それも「こいつ上手いな」という奴から盗むこと。

②落語なんか特にそうで、他人の噺や所作を芸の栄養として取り入れて、それで得た力を使って、違う新しいものを生み出す・・・この一連のサイクルは、マニュアル化されたものではないから、教えられるものじゃないけど。

③他の芸人の芸を見て、「俺もあの技をやってみよう」と盗む。  それを「盗みました」とは死んでも言わないけど、盗まれた方からすると、「あれ、あいつおいらのやり方を盗んだな」ってすぐわかる。  運動選手がドーピングで捕まるようなもので、ひとつ間違えると「盗作」とか言われちゃうから、その案配は難しい。

③でも、芸に特許があるわけじゃない。周りに「あいつは勉強したんだな」と思わせれば勝ち。  盗んでただ同じような芸をするのではなく、それを自分のものにして、いかにオリジナルを超えていくか。  超えちゃったら、その時点でもうそいつの芸だから。

④だから何を盗むか、というのは、芸人として問われるべき大事なセンス。  あまり大真面目に語りたくないけど、これだけは確かに言える。  自分が盗むべきものは何か、何を上手いこと取り入れるか・・・。  とりあえずはそれだけを考えておけばいい。  

⑤芸を盗むセンスがなければ、もうどうしようもない。  すぐに辞めて、中野で飲んでいたほうがいい。  そのセンスがない奴は、変な顔をするだけとか、脱いだり奇抜な恰好したりだとか、ただの見世物、フリークみたいなお笑いしかできない。  結局それは、「笑わせている」んじゃなくて、「笑われている」だけ。

⑥それでたまたま結果が出たとしても、たいていは長続きしない。  「一発屋芸人」とか言われるのは、大体そういう奴ら。  それはそれで凄いことだけど。』

空手でも、上手な人の技を盗んで、真似をすることが、上達への一番の近道です。  「学ぶ」の語源は「真似ぶ」ですから。


2.今日はNFLのカンファレンス・チャンピオンシップが行なわれました。  AFCではニューイングランド・ペイトリオッツが、NFCではフィラデルフィア・イーグルスが、それぞれチャンピオンになりました。  第52回スーパーボウルは2月5日(日本時間)です。  私が応援するペイトリオッツの2連覇(6回目の優勝)がかかっています。

午後から、東京も4年ぶりの大雪になりそうです。  皆さん、足元には注意して、くれぐれもケガのないようにして下さい。

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