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秀くん

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1.土日は秀くんを預かりました。  

「秀(ひで)くん」は今年から娘が飼い始めたオスのウサギです。  本名を「秀吉(ひでよし)」といいます。

昨年まで飼っていたハムスターが死んだので、今年からウサギを飼うようになりました。

ウサギといえば耳が立っているものとばかり思っていましたが、秀くんのように耳の寝ている種類もいることを初めて知りました。  立ち耳のウサギの動きは機敏で、寝耳のウサギの動きはゆっくりしているのだそうです。

2.以前にも、一時間ほど連れられてきたことがありますが、そのときはお互いに緊張してあまり仲良く慣れませんでした。

今回は二日間一緒にいました。  ずっとながめていても、動作がかわいいのでまったくあきません。  エサも上げたりして、本当に仲良くなれました。

カゴごと預かったのですが、体が大きくなった分、狭くなってきたようなので、私が大きなカゴを買ってあげることにしました。

3.娘に『秀くんを買った「うさぎのしっぽ」という店にはかわいいウサギがたくさんいるよ』と言われて見に行ったら、なんと本部直轄恵比寿道場のまん前にありました。  「うさぎのしっぽ」が1階に入っているビルのオーナーが駐車違反に異常に厳しく、いつも怒っているようですが(笑)、皆さん恵比寿道場に行ったら一度のぞいてみて下さい。

4.心の底から癒されました。  今日帰っちゃうのでちょっと寂しくなります。  



  


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近藤道生さん『東郷平八郎元帥』

1.4月13日のブログでも取り上げた博報堂最高顧問・近藤道生(こんどう・みちたか)さんが書かれている日経新聞の月次連載『私の履歴書』4月25日分からです。  

2.昭和48(1973)年6月に大蔵省を退官(退官時は国税庁長官)した近藤さんは、昭和50(1975)年7月16日に博報堂の社長に就任します。  ところが、10月3日に博報堂本社は東京地検特捜部の家宅捜索を受けます。  容疑は前社長と側近に対する商法の特別背任です。  翌昭和51(1976)年1月27日、前社長と側近三人が逮捕されます。

3.『私の履歴書』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①昭和50(1975)年10月28日、旧本社の「大教室」と呼ばれる部屋で幹部社員約400人を集めて定例運営会議が開かれた。  (中略)

②そして私は続けた。「いまの博報堂は確かに泥舟である。  私が頑丈な鋼鉄の船に作り替えるから、皆さんは安心して持ち場を守ってほしい。

③日露戦争の日本海海戦でバルチック艦隊を迎え撃った東郷平八郎元帥は、旗艦(きかん・・・艦隊の司令官・司令長官が乗っていて、艦隊の指揮をとる軍艦のこと)三笠の艦橋(かんきょう・・・艦船の甲板上に高く設けられた望楼状の構築物で、航行中、操船・通信などを指揮する所)で微動だにしなかった。  戦闘が終わったとき波に洗われた艦橋には、元帥の足跡だけが乾いて残っていたという。

④私も元帥のひそみに倣い(顰みにならい・・・人にならって同じようなことをすること)、決して艦橋から動かない。  よって、各員一層奮励努力していただきたい」』

4.三年ほど前、神奈川県横須賀市の三笠公園に展示されている『三笠』を見ました。  中に入って、東郷元帥が立ち続けたという艦橋にも登ってみました。  船体、艦橋ともに想像していたものよりはるかに小さく感じました。  下の写真はその時買い求めた絵葉書(日本海海戦時の連合艦隊旗艦〝三笠〟前艦橋の図)です。  一番手前、左手で軍刀を持って立っているのが東郷元帥です。  同じ絵が三笠内部の記念館にも展示してあります。


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大山倍達記念碑(写真)

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 下の写真が、今日のブログで紹介した 『 大山倍達記念碑 』 、上の写真がそこから見える房総の海です。

 碑文が彫ってある部分に、なぜか鴨志田が反射して、写っています (笑) 。

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