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いい子をやめれば幸せになれる

 私の孫弟子で、精神科医の山下悠毅から贈られた著書『いい子をやめれば幸せになれる』(弘文堂)を読みました。  「おわりに」の中で次のように書いてあります。

『本書では、あなたの生きづらさの正体が「自己肯定感の不足」にあること、そしてその自己肯定感を高めるためには「あなたの信念を書き換える」必要があることを説明し、そのための方法を5つのステップに分けて紹介しました。』

 本書から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①私たちが行動をする理由の背景にある「信じている」事がらや価値観のことを、本書では「信念」と呼ぶことにします。

②もし現在あなたが「生きにくい」と感じているのであるならば、まずはあなたの信念を見つめてみることが必要なのです。  もちろん、私は現在のあなたの信念を「間違っている」と指摘したいわけではありません。  なぜなら「間違っている信念」など1つもないからです。  ここで私が言いたいことは、「信念は1つではない」ということです。

2.「心が変われば行動が変わる  行動が変われば習慣が変わる  習慣が変われば人格が変わる  人格が変われば人生が変わる」  これは心理学者ウィリアム・ジェームズの言葉ですが、ここでいう「心」とは本書における「信念」のことです。

3.①そもそも自己肯定感とはどういったものなのでしょうか。  「職場で営業成績トップを達成し、社長賞をもらった」 「学生時代、ミスコンでグランプリに輝いた」 「有名大学を卒業し、MBAの資格も持っている」  一般的にはこうした人たちは自信にあふれ、自己肯定感も高いと思われがちです。

②しかし、現実にはこうした人たちの中にも自己肯定感が不足している人が少なからずいるのです。  なぜなら自己肯定感とは、自分の長所や成果を誇りに思う気持ちではなく、素のまま・ありのままの自分に対して「私は私のままで大丈夫」 「I am OK」と思える気持ちのことだからです。

4.①「恋」という感情の正体は「~だから好き」と言い換えることができるのです。  「バリバリ仕事ができるから好き」 「自分が心細いときに支えてくれるから好き」 「見た目がタイプだから好き」  このように、恋には必ず「~だから」といった理由が伴うのです。

②「愛」という感情の正体は「~だけど好き」と言い換えることができるのです。  「正直、稼ぎはあまり良くないけど好き」 「見た目は全然タイプじゃないけど好き」 「趣味はまったく合わないけど好き」  このように、相手の条件や自分へのメリットではなく、それどころかデメリットがあるにもかかわらず相手を「好き」と感じられるのが「愛」なのです。

③そして、なぜ「恋愛」であって「愛恋」とは呼ばないのでしょう。  それはすべての恋愛が「~だから好き」という理由を伴なった「恋」から始まり、やがて「~だけど好き」という無条件の「愛」へと変化していく、このことを昔から人は知っていたからだと思うのです。

5.①本書の目的は、あなたの自己肯定感を回復させることであり、それは一言で言うと「自分を愛する」ということです。

②私が診察室でこの話をすると、「自分には愛すべきところなどない」 「こんな私を愛するなんて無理だと思う」と否定する方がいます。  しかし、こうした発言には矛盾があるのです。  なぜなら、愛の正体とは「~だけど好き」だからです。

③自分を好きになるために勉強や仕事を頑張る、自分磨きをする、友人を増やす、こうした努力をする方はたくさんいます。 書籍やネット上にも、「自分の長所を探しましょう」 「女子力を磨きましょう」といった情報が溢れています。

④しかし、これもまた「~だから好き」といった、自分自身への「条件付きの愛」にすぎず、自分を愛することには繋がらないのです。

6.①(前略)「自分がお金持ちであること」や「優秀な学歴や経歴であること」を自慢したところで、人はそれについて「すごい」と思うことはあっても、必ずしも「この人のような生き方をしたい」とは思わないからです。

②自己肯定感が不足していると、人は誰かに自慢をすることで「自分を好きになろう」とすることがあります。

③この傾向はとくに男性に多く見られ、「尊敬してもらえるはずだ」という信念のもと、高価な車や時計、華やかな学歴や職業、多くの異性や有名人との交友などをひけらかします。

④その結果、「誰からも尊敬されない」 「お金目当ての人ばかり集まってくる」という事態になってしまうのです。  そして、「尊敬されたい」という想いはさらに強まり、行動もさらにエスカレートしていきます。

⑤精神分析医コフートはこうしたマイナスのスパイラルに陥る人を「悲劇の人」と呼んでいます。』

 上記6.に当てはまる人を何人か知っています(笑)

 素晴らしい内容なので、一読をお薦めします。




  

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成功・幸福感・幸福

『成功ではなく、幸福について語ろう』(岸見一郎著 幻冬舎)を読みました。  「第1章 成功と幸福」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.幸福感と幸福

①(戦前の哲学者)三木清は幸福感と幸福は違うといっています。  例えば、薬を使ったり、あるいは、お酒を飲んで酩酊状態に陥り、気分がよくなるのは、幸福ではなく幸福感です。

②世の中のことを考えても、非常に耳に心地のよいスローガンを声高に叫ぶ人がいます。  皆で、守り立てようと盛り上がる。  そういう時、高揚感、幸福感がありますが、はたしてそういうものが幸福といえるのかというとこれも疑わしい。

③たしかに、その時は気持ちよかったけれども、後で考えたら本当にそれでよかったのだろうかと思うことがあります。  そんな高揚感に浸っている間に、世の中が自分の思ってもいない方向に進むということはよくあります。  ですから、幸福と幸福感とはまったく違うということを知っていなければなりません。


2.成功と幸福

①三木は、「成功と幸福を、不成功と不幸を同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった」といっています。  

②たしかに、そのあたりのところを私たちは無反省に受け入れていて、例えば、よい学校に入ってよい会社に入り、裕福になることが幸福だと考える人がいますが、三木はそれは成功であって、幸福ではないといっているのです。

③何が違うかというと、まず、幸福は各自においてオリジナルなもので、質的なものです。  他方、成功は一般的なもの、量的なものです。

④幸福は各自においてオリジナルなものであるというのは、幸福はその人だけに当てはまるのであり、その人にとっては幸福であることでも、他の人にとっては、幸福であるとは限らないということです。  (中略)

⑤二つ目は、幸福は存在に関わり、成功は過程に関わるということです。  三木によれば、成功は進歩と同じく直線的な向上として考えられます。  他方、幸福には本来、進歩というものがないことを指摘しています。

⑥幸福は存在だというのです。  過程ではありません。  今をこうしてここで生きていることが、そのままで幸福であるという意味です。  どういうことかというと、幸福であるために何かを達成しなくてもいいということです。

⑦しかし、成功はそうではありません。  よい学校に入らないといけない。  そして、よい会社に入らないといけない。  そういうことを達成しなければ成功したとはいえないと考え、成功と幸福を同一視している人にとっては、成功していない今は幸福ではないことになるわけです。  

⑧しかし、人は何かを経験したから幸福になるのではありません。  逆に、何かを経験したから不幸になるものでもありません。  幸福については「なる」という言葉は使えないのです。  つまり、私たちは幸福に「なる」のではなく、幸福で「ある」のです。  (中略)

⑨目標を達成したら幸福になれると思っている人がある目標を達成したら、その目標を達成した途端に、また新しい目標を作り出します。  蜃気楼のように、いつまで経っても幸福に到達することはできません。  そのような人は幸福を成功と混同しているのです。』

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正しいことを言うときは

2月12日のブログで『「正義を語るとツキが落ちる」というのは私の信条の一つです。』と書きました。  今日は『ほどよく距離を置きなさい』(湯川久子著 サンマーク出版)の「正しいことを言うときは、ほんの少しひかえめに」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。  著者は、90歳の今も現役で活躍されている弁護士です。

『①詩人の吉野弘さんの『祝婚歌』をご存知でしょうか。  夫婦円満の秘訣が詰まった詩なのですが、生きる指針のようにも思えて、私がとても大切にしている詩です。  なかでも、一番好きな節があります。

「正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと気付いているほうがいい」

②法律相談にいらっしゃる方の中には、弁護士に聞けば法律に基づいた《正しいこと》 《正しくないこと》が明らかになり、勝ち負けの判断をしてもらえると思っている方もいらっしゃいますが、人間関係のもつれにおいて、正しさの追求は、解決を生みません。

③なぜなら、人の心において、正しさは人の数だけ存在し、真実も、その正しさの定規によって、人それぞれ違って見えるからです。(中略)

④また、明らかに自分が正しくて、相手が間違っているということがあったとしても、相手を責め、糾弾しても、何の解決にもならないのです。

⑤ものごとのとらえ方は千差万別。  夫婦であろうと、親子であろうと、それを心に留めておくと、人間関係が少しやわらかくなる気がします。

正しさを追求していると、解決から離れていくことがある・・・「正しさ」こそ、人を傷つけやすいから』


明日は内部試合です。  

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