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運・鈍・根

昨年7月に亡くなられた渡部昇一先生の著書はこのブログで何冊も取り上げています。  今回は『思考の方法』(海竜社)から、「不器用さは、成功と失敗の分かれ道ではない」の項を、番号を付けて紹介します。

『①会社でも学校でも、何かと器用に立ち回る人というのはいる。  社内で大規模な異動があると小耳に挟めば、首尾よく行きたい部署の上司に取り入る、マスコミ関係に就職したければ、マスコミ業界に通じている教授のゼミに入ってコネクションづくりに励む、などである。

②こうやって書いてみると、まるで彼らがずる賢いようだが、私はそういうやり方を非難しているわけではない。  自分の中で目指すものがあり、それに向かって努力しているのだから、それはそれで、成功するための一つの立派な方法だと思う。

③ただ、ふとわが身を振り返ってみると、私はそういう器用さはまったく持ち合わせていなかったとつくづく思う。  そして、器用か不器用かは、成功するかどうかにそれほど深く関係していいないと感じるのだ。

④よく、成功の秘訣は「運・鈍・根」にあるといわれる。  「運」は運がよいこと、「鈍」は軽々しく動かないこと、「根」は根気よくやること、だが、私の場合は「鈍」が強かったのではないかと思う。  と言うより、動こうにも動けなかったと言ったほうが正しい。

⑤山形は鶴岡の田舎からポンと東京へ出てきたわけだから、世間的なことはまるで知らなかった。  アメリカ留学ができなかったときも悔しいのは悔しいのだが、器用に立ち回ることができないから、「まあ、このまま頑張って勉強を続けるかな」ということぐらいしか考えつかなかった。

⑥おそらく器用な人ならば、ここでいろいろと動き回るのだろう。  教授にかけ合ってほかに留学の道を探るかもしれないし、研究者という道にさっさと見切りをつけ、大企業就職を目指すようになるかもしれない。  そういうことをした人を私はたくさん見てきたが、うまくいった例は稀のようである。

⑦しかし、結果として私は、「鈍」と構えていたことにより、アメリカ留学に勝る(ドイツとイギリスへの)留学の機会を得ることができた。  器用に動き回っていたらどうなっていたかなど、今さらわかるべくもないが、少なくとも、器用に立ち回らなくてもチャンスを掴むことができたことは事実だ。

⑧このように、頭がよく、悧巧に動き回れる人だけが成功するわけではないとは、私の経験からくる実感なのである。』

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三つの資質

『呻吟語』(湯浅邦弘著 角川ソフィア文庫)を読みました。  中国明代末期の官僚・呂 新吾(りょ しんご 1536~1618)が書いた『呻吟語(しんぎんご)』の解説本です。  「三つの資質」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。  

『(1)現代語訳

心が落ちついて物事に動ぜず、どっしりとしていることは、(人として尊重される)第一の資質である。  小さなことにこだわらず、才知と武勇にすぐれていることは、第二の資質である。  聡明で弁舌にすぐれていることは、第三の資質である。

(2)書き下し文

深沈厚重(しんちんこうじゅう)なるは、是れ第一等の資質。  磊落豪雄(らいらくごうゆう)なるは、是れ第二等の資質。  聡明才弁(そうめいさいべん)なるは、是れ第三等の資質。

(3)解説

①人として尊敬されるべき三つの資質をあげています。  今風にいえば、冷静沈着、豪放磊落、頭脳明晰といったところでしょうか。  第一等としてあげられている「深沈厚重」は、『呻吟語』全体を貫くキーワードだといってもいいでしょう。

②では、呂 新吾がことさらに冷静沈着を説くのはなぜでしょうか。  それは、要するに、当時の風潮が、これとは正反対だったということなのです。  軽薄な言葉遣い、拙速の行動。  そうした世相に対して呂 新吾は警告を発しています。

③それゆえ、頭脳明晰、弁舌さわやかというのは、ようやく第三の資質としてあげられるにとどまっています。  往々にして、饒舌(じょうぜつ)・軽薄になっていくからです。

④ただこれは、呂 新吾がはじめて言い出したのではなく、古く『論語』にもこうありました。

・「巧言令色(こうげんれいしょく)、鮮(すく)なし仁」・・・巧みな言葉遣いや外見をつくろうのは、仁の心にとぼしい。

・「事に敏にして言に慎む」・・・君子はすばやく仕事をこなし、言葉を慎む。

・「君子は言に訥(とつ)にして、行ないに敏ならんことを欲す」・・・君子は口下手であっても、行動には敏捷でありたいと願う。』

全日本大会の翌日に行われた全国支部長会議で、松井館長から全日本のトップ選手の理想的な言動についてお話がありました。  多少参考になるかとも思い、取り上げてみました。  ちなみに過去のブログ(2010年1月15日、2014年1月12日)でも、『人物三等』として紹介しています。  

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日本人の道徳心

1.今年の4月17日に87歳でご逝去された、渡部昇一先生が書かれた『日本人の道徳心』(ベスト新書)を読みました。   「徳のある人格者、伊藤東涯」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①伊藤東涯の父である仁斎と荻生徂徠は、もともと因縁の関係にあった。  仁斎は京都、徂徠は江戸でそれぞれ儒学を探求していた。  (中略)  徂徠は晩年、仁斎を批判するようになった。  子供の頃から東涯は、徂徠が父を批判していることは知っていたはずで、徂徠に反感を持っていてもまったくおかしくない事情があったのだ。  (中略)

②東涯の弟子は、「徂徠がこんなことを言っていますよ」といいつければ東涯も喜んでくれるだろうと軽いノリで話を持っていったのだろうが、さすがは東涯である。  喜ぶどころか、反対に「実に立派な文章ではないか」と弟子たちを戒めたというのである。  徳のある人格者はやはり言うことが違う。

③伊藤家は儒学を単にひとつの学問としてだけでなく、人間性を向上させるための教えとして、これをいつも実践しなければならないと考えていたのだろう。

④伊藤仁斎・東涯親子も、徂徠も、学者として非常に優秀だった。  これは疑う余地のないところである。  

⑤ただ、これは私の持論でもあるのだが、学問をやっている人には二種類あり、その違いが両者の隔たりを生んだのだと思っている。  その二種類とは、「学問だけが優れている人」と「〝学問は人間性を向上させるためにある〟と捉えて勉強している人」のふたつである。

⑥学問を生業とする人間は常に後者であろうとすることが何よりも大切なのではないだろうか、と私は思う。』 


2.上の⑤と⑥の「学問」を「武道」、「勉強」を「修行」と書き換えても、次のように文章として成り立ちます。

『⑤武道をやっている人には二種類あり、その違いが両者の隔たりを生んだのだと思っている。  その二種類とは、「武道だけが優れている人」と「〝武道は人間性を向上させるためにある〟と捉えて修行している人」のふたつである。

⑥武道を生業とする人間は常に後者であろうとすることが何よりも大切なのではないだろうか、と私は思う。』 

極真空手の修行を通じて人間性を磨いていきたいものです。

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