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運は人柄

漫画原作者の鍋島雅治さんが書かれた『運は人柄』(角川新書)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.「はじめに」より

①この仕事(漫画原作)を約30年にわたって続けてきました。  (中略)  プロ・アマ問わず多くの漫画家の仕事ぶりと人生を、作り手の側から目にしてきたということです。

②そのなかには、出会ったときは駆け出しだったのに「あれよあれよ」という間にヒットを連発していまや大御所に、という人もいます。  一方で、デビュー間もなく売れっ子となるも、その後は鳴かず飛ばず・・・という人や、実力は十分あるのにヒットに恵まれず、漫画だけでは生活が成り立たない、という人も珍しくありません。

③わたしは「彼らのちがいはどこにあるのか?」と、常日頃から考えてきました。  それは興味本位ではなく、原作つき漫画の成功には漫画原作者の力も必要だから。  つまりは自分自身の仕事のための研究、ということです。  (中略)  

④わたしはたくさんの成功例や失敗例を見ているうちに、漫画家に必要なのは「才能と努力と運」であると思うようになりました。  (中略)  私の感覚だと、その平均した割合は「才能1:努力2:運7」くらい。  「いやいや、運の割合が多すぎでは?」と驚かれるかもしれません。  しかし、本当にこんな印象を受けますし、ほとんど正解という気がするのです。  (中略)

⑤ただ、ひとつ言わせてもらうと、「運を高める努力」は他人よりもしたと自負しています。  「運なんて高められるの?」という意見もありそうですが、「運」というのはずばり「人柄」なのです。  だから、人柄を高めていけばいい。


2.「第1章 運は呼び込むもの」より

①「人に頼める」というのも「愛嬌」や「可愛げ」があるからであって、人柄がいいからできる行為だととらえています。

②仕事において、「オレは仕事ができる。  みんなついてこい。」というタイプがいるとしましょう。  (中略)  実際にできれば「どうだ!」となり、これが続くと「どうせあなたはひとりでできるんでしょ」と周囲はただただ嫉(ねた)んでいく。  (中略)  つまり、いつまでも我を通し続けてしまう人は「可愛げ」がないんです。

③とはいえ、真の天才ならばそれも致し方ないのかもしれない。  「天才とは孤独である」とはむかしから言われることですからね。  しかし、中途半端に仕事ができるくらいのレベルの人がこうなってしまうと、晩年はちょっと悲惨な状況になる。  理解者が周囲にまったくいないという状況は、かなり辛いものがあります。  (中略)

④会社のなかで生き残り出世をしているのは、「人に頼める」タイプが意外と多いと思うのです。  (中略)  「人に頼める」タイプは、人から話しかけやすい人でもある。  それは、自分の弱さをさらけ出しているからこそとも言えますが、もうひとつ、おそらく機嫌のちがいもあるのでしょう。

⑤才能があり仕事が〝でき過ぎる〟人は、自分が優秀な分、周囲のできなさが目につきイライラしがちで、結果として機嫌が悪く見えます。  一方、「人に頼める」人は、そういったイライラとは無縁ですから、なんとなくいつも機嫌がよさそうで、周囲の人間も話しかけやすい。  ひいては人柄の善し悪しにもつながっていく。

⑥私が思うに、年をとった人間の義務は、いつも機嫌よくいることではないでしょうか。  (中略)  年配者が人柄をよくし、運を高めるには「機嫌よくいること」はかなり重要なことなのです。』

前回のブログで『私(山田)は「どんなときでも楽しく上機嫌であること」を理想としています。』と書きました。  上機嫌には、運気アップの効果もあるようです(笑)

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勝利の女神の判断基準

元・日本将棋連盟会長で元・名人の米長邦雄先生が書かれた『運を育てる』(クレスト社)は2010年1月15日のブログで紹介しています。  そのときは中国古典『呻吟語』の中の『人物三等』を取り上げました。  今回は「勝利の女神の判断基準」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。  内容は平成2年当時、中学二年生の息子さんが学校で起こしたトラブルに関して、米長先生がどう判断・行動されたかという話です。

『①さて、ここでどうするか。  次の一手が大事である。  同じ年頃の息子をお持ちの読者は、一度本を閉じて、私の立場で考えていただきたい。  次の一手で息子の将来、我が家の空気といったものが大きく変わるのだ。  父親、亭主としてどうすべきか。

②いきなり殴りつけるのも一策、説教をするのも一策である。  しかし、最も大切なことは、勝利の女神が、それをよしとするか否かだ。  私の対応、教育方針、米長家の雰囲気、それらを勝利の女神が好ましいと判断し、微笑んでくれなければならない。

③女神の判断基準は二つである。  それ以外のことに彼女は恐らく目を向けない。  これは勝負師としての経験から言って、まず間違いのないところだ。

④一つは、いかなる局面においても「自分が絶対正しい」と思ってはならないということだ。  謙虚でなければならない。  どんなに自信があっても、それを絶対と思い込んで発信してはならない。  この場合なら、息子のしたことが悪いことで、父親たる私が正しく指導するというスタンスは、女神の不興を買う。

⑤もう一つは、笑いがなければならない、ということだ。  どんなにきちんと正しく身を処していても、その過程でまったく笑いがない場合には、どこかで破綻が生じる。  少なくとも大成、大勝することはない。

⑥勝利の女神に関するこの二つの考え方は、私の勝負哲学というより、人生哲学なのだ。

⑦「よくやった。  お父さんには、こんな度胸はない。  大したもんだ」  笑いながらそう言って、スタスタと居間を出た。  (中略)

⑧私が怒鳴るか殴るかするだろうと思っていた女房と息子の二人は、おそらく気抜けして、しばしボンヤリしていたにちがいない。  しかし、これで女房と息子の間に流れていた刺々しい空気は、比較的穏やかなものに変わったはずである。

⑨その日はそれで終わりになったが、そのまま放っておいてよい、というものでもない。  わけのわからない褒め言葉だけで終わってしまったのでは、それは無関心ということだ。  これでは息子にとって最悪である。  それくらいなら、二発でも三発でも拳固をもらって終わりになったほうが、よほどいい。

⑩私は一人、自室にこもって、解決策を考えた。  次に指すべき手は何か、どこかにいい手順はないかと、じっと息子の答案用紙を見ていたら、そこにヒントがあった。』

トラブルの内容と、最終的に米長先生が採られた解決策については省略します。

「正義を語るとツキが落ちる」というのは私の信条の一つです。  最近のテレビ放送で「自分の正義を語っている人」を見たので、取り上げました。  誰とは言いません(笑)

今日は府中で西東京都大会が開催されました。  皆さん、お疲れ様でした。





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高橋是清

1.10月8日のブログで取り上げた『人生の手引き書』(渡部昇一著 扶桑社新書)の中に高橋是清に関する記述がありました。  『「自分はツイている」という自己暗示が、幸運を呼び込む』の項から紹介します。

『①運を呼び込むためには、「自分はツイている」という思い込みも重要である。

②明治から昭和にかけて活躍した政治家、高橋是清は、この「自分はツイている」という思い込みで幸運を呼び込んだ人の例の一つだろう。この人の伝記を読むと、子どものころから自分は絶対に運がいいはずだと信じ込んでいたことがよくわかるのだ。

③高橋是清は、幕府の御用絵師の子として江戸時代に生まれ、その後、仙台藩の足軽の養子となった。  晩年、「ダルマさん」と呼ばれた是清だが、幼いころからコロコロとした可愛らしい子どもだったという。

④ある日、神社で遊んでいると、たまたま伊達家の奥方が神社にお参りに来た。  小さな是清は、身分が高い人であるにもかかわらず、ものおじせずにニコニコとして近寄って行った。  その姿がなんとも愛くるしかったため、奥方に可愛がられ、翌日にはお屋敷にも呼ばれて殿様にも可愛がられるようになったそうだ。  それが機縁でアメリカに行くことになった。

⑤こういうことがあったため、是清は自分には運がついていると思うようになった。  そして、それが、彼の活躍につながるのである。

⑥たとえば、日露戦争の資金調達のためにイギリスを訪れたときのことだ。  千万ポンド必要なところ、イギリスからは五百万ポンドしか引き出せなかった。  普通ならば、落胆しきって顔色も悪かったことだろう。  何しろ、日本の命運が自分の両肩にどっしりとのしかかり、資金調達の失敗は、日露戦争に敗けることを意味したからだ。  体中に悲壮感が漂っていても、おかしくない。

⑦ところが、是清はこのような大ピンチのときにも、「オレは運のいい男なのだから、きっとなんとかなる」と思っていた。  そして、それが本当に、なんとかなってしまったのである。

⑧ある夜、是清はある銀行家のパーティーに招待された。  そこでたまたま隣に座った男と話が弾むのだが、これがユダヤ人で反ロシアだったのだ。  話すうちにすっかり是清を気に入ったその男は、残り五百万ポンドの資金援助を約束してくれたのである。

⑨このユダヤ人との遭遇は、まさしく偶然であり、運としか言いようがない。  そして、是清がそのユダヤ人の前でしょんぼりとうなだれているだけだったら、意気投合することはなかったかもしれない。  是清が運を信じて体中から運気ともいうべきものを発散させていたからこそ、この遭遇と、それに続く幸運があったのだろう。

⑩是清の例に限らず、「自分は絶対に大丈夫だ」と、根拠のない自信を抱いている人は、結構いる。  これは、ある種の自己暗示であり、この自己暗示が、本当に幸運を導いてくれることも、たまさかではないのだ。』

2.高橋是清がアメリカ留学に際してだまされ、奴隷のような生活を強いられたことは有名です。  以下はネットからの引用です。

『横浜に滞在していた貿易商に学費や渡航費を着服されたうえ、ホームステイ先では年季奉公の契約書にサインしてしまったのです。  当時の年季奉公は最低限の食料品と日用品が与えられる程度で、労働に従事しなくてはいけません。  彼はここで奴隷のような生活を送らなくてはいけなくなってしまったのです。  しかし、彼はここで英語力を身に着けたのです。  彼にとって英語力はまさに生きるために必須の能力だったことでしょう。』

「だるま宰相」と呼ばれた高橋是清ですが、風貌が似ていただけでなく、その人生もまさに「七転び八起き」でした。  そんな中でも、「オレは運のいい男なのだから、きっとなんとかなる」ってスゴイですね。

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