2007.12.10 Mon
瀬戸内寂聴さん
1. 昨日の午後、NHKで瀬戸内寂聴(じゃくちょう)先生のドキュメンタリーをやっていました。
瀬戸内先生は1922年生まれの85才です。 結婚して3才の女の子がいたにも関わらず、小説家を目指して出奔(しゅっぽん)し、後に数々の作品を発表され、人気作家になりました。 1973年には出家し、寂聴は法名です。
2. 2006年から2007年の始めまでの1年間の瀬戸内先生を追いかけていました。
3本の新聞連載をかかえながら、能の世阿弥(ぜあみ)の晩年を描いた 『 秘花(ひか) 』 の執筆があり、その他にも京都の 『 寂庵 』 での講話など、超多忙な様子が映し出されていました。
3. 世阿弥は将軍・足利義満の寵愛(ちょうあい)を後ろだてに、若くして芸能者としての頂点をきわめました。 しかし、その義満も死に、72才のときに身に覚えのないことで佐渡に島流しにされます。 「 秘花 」 はそれを題材に4年がかりで執筆され、新潮社から2007年5月に出版されています。
4. 以下は、番組を見ながら書いた私のメモです。
・次々にやりたいことが浮かんでくる。 好奇心が原動力。
・どんなに疲れていても、人の期待に過剰に応えてしまう。 また、それが生きがい。
・何をするにも命がけ。
・良いときも悪いときも長くは続かない。
・幸運と衰運は交互にやってくる。 衰運のときは、じっと我慢して通り過ぎるのを待つ。
・いろいろと悪く言われたことも多いが、 「 仏さまが知っているからイイ 」 と割り切ってきた。
・ 「 秘花 」 の執筆を終えて、本音で言うと、もう小説は書きたくない。
5. 85才の女性としては考えられないような、すざまじいエネルギーを感じました。
瀬戸内先生は1922年生まれの85才です。 結婚して3才の女の子がいたにも関わらず、小説家を目指して出奔(しゅっぽん)し、後に数々の作品を発表され、人気作家になりました。 1973年には出家し、寂聴は法名です。
2. 2006年から2007年の始めまでの1年間の瀬戸内先生を追いかけていました。
3本の新聞連載をかかえながら、能の世阿弥(ぜあみ)の晩年を描いた 『 秘花(ひか) 』 の執筆があり、その他にも京都の 『 寂庵 』 での講話など、超多忙な様子が映し出されていました。
3. 世阿弥は将軍・足利義満の寵愛(ちょうあい)を後ろだてに、若くして芸能者としての頂点をきわめました。 しかし、その義満も死に、72才のときに身に覚えのないことで佐渡に島流しにされます。 「 秘花 」 はそれを題材に4年がかりで執筆され、新潮社から2007年5月に出版されています。
4. 以下は、番組を見ながら書いた私のメモです。
・次々にやりたいことが浮かんでくる。 好奇心が原動力。
・どんなに疲れていても、人の期待に過剰に応えてしまう。 また、それが生きがい。
・何をするにも命がけ。
・良いときも悪いときも長くは続かない。
・幸運と衰運は交互にやってくる。 衰運のときは、じっと我慢して通り過ぎるのを待つ。
・いろいろと悪く言われたことも多いが、 「 仏さまが知っているからイイ 」 と割り切ってきた。
・ 「 秘花 」 の執筆を終えて、本音で言うと、もう小説は書きたくない。
5. 85才の女性としては考えられないような、すざまじいエネルギーを感じました。