2007年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年02月

松田優作さん

1. 『 逆境者 松田優作 』 ( 新潮社刊 ) を読みました。  著者の松田美智子さんは、松田優作さんの最初の奥さんです。

2.優作さんは、極真会館本部道場の先輩です。  といっても、お目にかかったことはありません。

 ウィキペディアでは、極真会館2段と書かれていますが、実際は3級ないしは4級の緑帯で、その後は道場をやめられたようです。

3.以前、大石代悟先輩から話を聞いたことがあります。  

 それによると、昭和44年の春に入門され、1回目の審査会で白帯から緑帯になりました。

 同じ審査会を一緒に受審した白帯の中に、後に第1回世界大会チャンピオンになった佐藤勝昭先輩や大石先輩、岸信行先輩など、私が昭和46年に入門したときの指導員の方々もいました。

 結果は、佐藤先輩と優作さんが緑帯に、大石先輩と岸先輩は黄帯になりました。  身長が183センチあって、大柄だった優作さんには、大山総裁も目をかけていたんじゃないかと思います。

4.平成元年にガンでなくなられました。  まだ、40歳の若さでした。  

 この本には、すざまじいまでのエネルギーで生き抜いた様子が、くわしく書かれています。

5.無名時代からの親友である、女優の桃井かおりさんの話が興味深かったので紹介します。

 『 人がツキをつかむためには、なにかを削るような思いで、エネルギーをとんがって発射しているんだよね。  だから1段登れたような幸運がやってくるんだけど、でも、優作はなにかを使い果たしたんだと思うのよ。  ( 中略 )

 人それぞれの人生のツキとか、ラッキーコインは何個とか重さは何グラムとか、幸せの目方は決まってると私は思うから。  そのときに、優作はどこで使ったのかというと、私生活でコインを使ったね、という感じがするわけよ。 』

6.今朝、新聞のテレビ番組欄を見たら、偶然ですが、午後9時からテレビ東京で、優作さんの遺作となった 『 ブラック・レイン 』 をやるようです。  

 撮影の時には、すでにガンの宣告を受けていて、血尿が出るのを隠しながら、演じていたんだそうです。

 今日は、お酒を早めに切り上げて、久しぶりに、優作さんを見たいと思います ( 合掌 ) 。

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私の理想の生き方

1. 先週末のブログで 『 英語よりも読書を 』 というタイトルを付け、数学者の藤原正彦先生のインタビュー記事を紹介しました。

2. 誤解があるといけないのですが、藤原先生は、アメリカのコロラド大学の助教授をされていた時期もあり、英語は堪能(たんのう)なんです。

3. あらためて、紹介しきれなかった部分を書いておきます。

「 僕の場合、外国語を勉強すると、どんどん読めるようになり、楽しい。  中高で英独仏、大学以降にロシア、スペイン、ポルトガルと、語学にのめり込んだ。

 僕は後悔することはめったにないけど、その膨大な時間をもっと、古今東西の古典や名作を読むことに費やせばよかったと、今しみじみ思います。  感受性の多感な時期に出会うべき本がある。  そうしておけば、僕も、もっと品格のある人間になれたかもしれない。 」

4. 紹介したのは、1月24日の朝日新聞夕刊の記事でしたが、5日連続の 『 人生の贈りもの 』 というシリーズで、翌25日が最終回でした。

ーーこれからどんなことを?
「 ( 中略 ) 最後まで前に向かって進みたい。  父の新田次郎は、本に囲まれて死んでいったし、父の祖父もそうでした。

 この曽祖父は、幕末に下級武士の家に生まれ、上諏訪から1里ほどの山村で、百姓をしていた。  70歳の時、 『 これからは英語だ 』 と、孫である父の中学校教科書で、英語を始めた。  

 実際に、何の役に立つか分からないことを、一生懸命に勉強しながらくたばる。  僕の理想です。 」

5. 最後のフレーズに、しびれちゃいました。

 ですから、今後の私の理想とする生き方を、 『 実際に、何の役に立つか分からないことを、一生懸命にやりながら、くたばる 』 に決めました ( 笑 ) 。

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全国名字ランキング

1. 書類などの記入例として、よく 『 山田太郎 』 が使われます。  最もありふれた名字、ということでしょうが、実際には 『 山田 』 はそれほど多くはありません。

2. 今朝の日経新聞で、ソニーの広告に 『 全国名字ランキング 』 が載っていました。

第1位  佐藤  474,558世帯
第2位  鈴木  418,463世帯
第3位  高橋  348,628世帯
第4位  田中  327,593世帯
第5位  渡辺  268,896世帯
第6位  伊藤  265,902世帯
第7位  山本  264,577世帯
第8位  中村  256,902世帯
第9位  小林  250,901世帯
第10位  加藤  211,491世帯
第11位  吉田  205,305世帯
第12位  山田  201,046世帯
第13位  佐々木  175,005世帯
第14位  山口  157,868世帯
第15位  松本  155,284世帯
第16位  井上  149,814世帯
第17位  斉藤  147,210世帯
第18位  木村  141,075世帯
第19位  林  134,614世帯
第20位  清水  128,895世帯
第21位  山崎  119,380世帯
第22位  池田  113,017世帯
第23位  阿部  112,706世帯

3. カミさんの友人の、鈴木さんのお嬢さんが、佐藤さんに嫁いだそうです。

 2位から1位に出世しました ( 笑 ) 。

4. 前々から、名字ランキングには興味があったんです。

 今日はブログを、備忘録に使っちゃいました。  スミマセン。

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背面跳び

1.26日の土曜日の夜、NHKのBS1で 『 信念が世界を世界を変えた・背面(はいめん)跳び 』 の再放送を見ました。  陸上競技の走り高跳びで、今は一般的になっている 『 背面跳び 』 が生み出された経緯がテーマでした。

2.私が背面跳びを初めて目にしたのは、1968年のメキシコオリンピックのテレビ放送です。
  
 ほとんどの選手が、当時一般的だった 『 ベリーロール 』 で跳ぶ中で、アメリカ代表のディック・フォスベリー選手が、背面跳びで金メダルを獲得したのです。

3.テレビ番組の内容を紹介します。

① フォスベリー選手はスポーツ好きの少年だったが、野球・フットボール・短距離など、何をやってもパッとしなかった。

② 背が高かったこともあり、ある時期から走り高跳びを始めたが、ベリーロールではうまく飛べず、古い跳び方である 『 はさみ跳び 』 で跳んでいた。

③ 大学に入学してからも、はさみ跳びを続けていたが、成績が伸びないので、コーチから三段跳びへの転向をすすめられた。

④ どうしても走り高跳びを続けたかったフォスベリー選手は、ある競技会で偶然、今の背面跳びに近い奇妙な形でバーを跳んだ。  それを見て、回りの人達は皆笑った。

⑤ 回りからの失笑にもめげずに、助走方法など、いろいろ工夫しながら続けるうちに、全米の学生選手権で優勝するまでになった。

⑥ メキシコオリンピックの代表選考会で3位に入った ( 代表枠は3名 ) 。

⑦ メキシコオリンピックでは、ベリーロールの本家・ソ連の選手と全米1位の選手との三つどもえになった。  まずソ連の選手が脱落し、次に全米1位の選手にも勝って、フォスベリー選手がゴールドメダリストに輝いた。

4.昨年テレビで、体操の塚原光男選手がトランポリンの技からヒントを得て、鉄棒での下り技として 『 月面宙返り 』 を編み出したドキュメンタリーを見ました。  

 先駆者(せんくしゃ)は大変ですが、新しい技を開発・完成させて、結果を出す喜びは、何ものにも換えがたいものだと思います。

5.中学3年の時に、リアルタイムでメキシコオリンピックを見た私にとって、60歳を超えたフォスベリー選手の映像には、感慨深いものがありました。

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英語よりも読書を

1.数学者の藤原正彦先生のインタビュー記事が、昨日の朝日新聞夕刊に載っていました。  

2. お茶の水女子大学・理学部教授の藤原先生は、作家の新田次郎、藤原てい夫妻の次男で、ベストセラーになっている 『 国家の品格 』 (新潮新書) の著者でもあります。

3.記事を抜粋して紹介します。

ーー国語の大切さを力説しています。
「 国語は思考の基盤(きばん)ですから。  ものを考える時には、誰でも言葉を使うでしょう。  

 小さい時から英語にかまけて、英語力がアメリカ人の半分、日本語力が日本人の半分となると、思考も中途半端で、どちらの国でも使いものにならない。 」 

ーー小学校で英語を必修にすることにも反対
「 おそろしく単純な理屈です。  

 これからは国際社会だ。  国際社会では英語が主役だ。  だから小学校から英語をやろうって。

 こういう人たちは小学校の授業は週20数時間しかないことを忘れている。  ( 中略 )

 まずは読み書き、そろばん(計算)。  ( 中略 )  まず漢字をたたき込み、読書に向かわせる。  

 読書を通して弱者への思いやり、卑怯(ひきょう)を憎む心、もののあわれなどの情緒、そして教養を身につけるのです。  これがないと大局観を持つことができません。   」

ーーでも、早くからはじめるに越したことはないのでは
「 音楽もスポーツも、ほとんど何でもそうでしょう。  家庭の方針で早くから始めるのはかまわない。  ( 中略 )

 英語はどうしても必要な人が多大な時間と労力をかけて、はじめてものになるもの。  大多数の人は、英語に費やす時間を読書に回した方がはるかによいと確信しています。  」

4.早いもので1月最後の週末です。  よい週末を。

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松坂大輔の直球主義

1. 『 松坂大輔の直球主義 』 ( 吉井妙子著 朝日新聞社刊 ) を読みました。

 吉井さんは、スポーツ選手のノンフィクションをよく書かれています。  過去に 『 神の肉体 清水宏保 』  『 夢を見ない男 松坂大輔 』 なども読みましたが、選手に密着し、選手の本音まで深く掘り下げられていました。

2. 終章の 「 自らの手で掴(つか)んだ世界一 」 の中から、抜粋(ばっすい)して紹介します。

① 『 1998年の春夏甲子園の連覇。  西武時代に幾度となく経験したリーグ優勝。  04年の日本シリ-ズ制覇。  06年はWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)優勝。  そして舞台をアメリカに移してすぐのワールドシリーズチャンピオン。  

 松坂は、よくよく大舞台の栄光に恵まれ、メディアからは 「 運を持って生まれた男 」 と評されているが、果たしてそうだろうか。  ( 中略 )

 新天地を求めて移籍した先で、1年目に世界の頂点に立ったのは、幸運というよりはむしろ、松坂が自分の手で掴み取ったものと断言していい。 』

② 『 松坂 「 こういう状況を求めてメジャーに来たんだから、悩んではいるけど、この環境を辛いとは思わないよ。  日本にいたら、こんな環境は絶対に体験できないからね。 」 』

③ 『 松坂には 「 怪物 」 とか 「 才能 」 という文字が、枕詞(まくらことば)のように使われてきたが、決してその種の人間ではない。  数々の栄光を残す一方、その裏には人の何倍もの量の、汗があった。  しかも、身体だけではなく、脳にも膨大(ぼうだい)な汗をかいてきた結果なのである。 』

④ 『 松坂 「 チームメートのラミレスは、才能の塊(かたまり)と言ってもいい。  ( 中略 )

 彼みたいな選手のことを、本当の天才、と言うんだと思うなあ。  いくら絞(しぼ)っても、僕からは彼のような能力は出てこない。  (中略) 

 彼らに太刀(たち)打ちするためには、もっともっと脳に汗をかかなきゃならないと思う。  僕の武器はこれしか無いんだから。 」 』

3. 昨年の11月20日のブログでも書きましたが、 『 脳に汗をかく 』 ことは、大切ですね。

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スーパーボウル

1. アメリカのNFL(ナショナル・フットボールリーグ)が、あとスーパーボウルを残すだけとなりました。

2. 20日に行われたプレーオフで、AFC(アメリカン・カンファレンス)はニューイングランド・ペイトリオッツが、NFC(ナショナル・カンファレンス)はニューヨーク・ジャイアンツが、それぞれチャンピオンになりました。

 両者が戦う、第42回スーパーボウルは2月3日(日本時間の2月4日)に行われます。

3. 昨年の12月19日のブログでも取り上げたペイトリオッツは、レギュラーシーズンを16連勝しました。  ここでもし勝つと、1972年のマイアミ・ドルフィンズ以来、史上2チーム目の無敗でのスーパーボウル制覇ということになります ( 1972年当時、レギュラーシーズンは14試合制でした。 ) 。

 QB(クォーターバック)のトム・ブレイディは、レギュラーシーズンに50TD(タッチダウン)パスのNFL記録を作り、シーズンのMVPにも選ばれたスーパースターです。

4. ジャイアンツはワイルドカード(敗者復活戦)から勝ち上がりました。

 QBのイーライ・マニングは、昨季のスーパーボウルを制したインディアナポリス・コルツのQBペイトン・マニングの末弟です。  父アーチー・マニングも、かってNFLのQBとして活躍しました。

5. 今週の月曜日は朝5時前に起きて、ペイトリオッツとサンディエゴ・チャージャーズのAFC決勝を見ました。  QBブレイディの調子は今ひとつでしたが、21対12のスコアで勝ちました。

6. 夜中に見た、ジャイアンツとグリーンベイ・パッカーズのNFC決勝もすごい試合でした。  体感温度が氷点下30度という厳しい条件の中で行われ、延長で47ヤード(約43メートル)のFG(フィールド・ゴール)を決め、ジャイアンツが勝ちました。

7. 最近、ペイトリオッツにやけにはまって、Tシャツを2枚 ( チームのものと、ブレイディの名前と背番号12が入ったもの ) 買いました。

 さらに、レギュラーシーズン16連勝の記念Tシャツも予約してあります。  入荷が楽しみです ( 笑 ) 。

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自分を浄化する方法

1. 『 自分を浄化(じょうか)する方法 』 ( 矢尾こと葉著 かんき出版刊 ) を読みました。

2. 矢尾さんによると、 「 人間はエネルギーが流れる1本のパイプ 」 なんだそうです。

 パイプですから、中の汚れを放っておくと、つまってエネルギーが流れにくくなってしまいます。  そこで、自然の力を借りて、心と体にたまった不要なものを、出すことが必要になります。  

3. 面白かったところを紹介します。

① 『 おさえていた感情や言葉。  涙、せき、くしゃみ、あくび。  げっぷ、おなら、便。  湿しん、にきび、発熱、発汗、かゆみ、痛み。

 カラダから出るものは嫌われがちですが、 「 出す 」 ことはすべてよいことです。 』

② 『 旬(しゅん)のものは、無理な加工がほどこされていないので、自然の恵みそのものです。  
 
 春の味覚の山菜には、排毒(はいどく)効果がありますから、食べれば冬の間にたまったものを出して、春仕様のカラダに変えてくれます。 』

③ 『 海は、地球上のすべての生命が生まれた場所といわれています。  私たちは、胎児(たいじ)のころ、ほのあたたかい母の羊水(ようすい)という海の中で育ちました。  (中略)

 海辺で過ごす時間は、自然の持つ浄化作用をまるごと浴びることができるスペシャルヒーリングです。 』

④ 『 雨は、地球の浄化作用のひとつです。  ( 中略 )  

 ときどき窓の外に目を向けて」、雨をじっと見つめてください。  雨と一緒に、あなたの中から不要なものが流れていくのを、感じとることができるはずです。 』

4. ①~④以外にも、⑤テレビを消す、⑥お財布の中の不要なレシートなどを抜く、⑦机の上を片付ける、⑧ゴミ箱を空にする、など 「 自分の浄化のために必要なこと 」 がいくつか書いてありました。

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江連忠ティーチングプロ

1.ゴルフのカリスマコーチ、江連(えづれ)忠プロのインタビュー記事が、月刊誌の日経ヨクヨムファイルに出ていました。   

2. 江連プロは、以前は片山晋呉・伊沢利光・谷口徹などの男子トッププロのコーチをつとめ、最近では賞金女王の上田桃子や諸見里しのぶなどの女子プロを指導しています。

3. 抜粋して、紹介します。

ーー会話が、信頼関係を築いていくのですね。
「 選手とのコミュニケーションは、調子が悪いときほど重要です。  選手の調子が上向きのときは、新しい技術を教えるといくらでも吸収できる。  逆に下向きの場合は、どう教えてもうまくいかない。  だから不調時こそ会話の機会を増やしたのです。 」

ーー上田選手と諸見里選手では、指導の仕方は違いますか。
「 両選手は性格が違うので、接し方をかなり変えています。  上田選手は “ まっしぐら ” といえるくらい純粋な性格で、ノリやすいタイプなので、ほめることを中心にした指導法を心がけています。  そして、1つ2つのポイントを教えれば、どんどん興味を持ち、後は自分で切り開いていくタイプです。

 一方、諸見里選手はじっくり考えるタイプなので、1から10までのポイントをきっちりと教えます。  1つ1つを完全に理解させながらステップアップさせていくので、その都度、厳しい指導になることが多くなります。 」

ーーひたむきにゴルフに取り組むことが、大切ということですね。
「 ( 中略 ) 現在、15人程度のジュニアを育成していますが、彼らにいつも尋ねています。 『 上田桃子をいつ抜くんだ。  いつ賞金女王をとるんだ。 』 と。

 上田選手や諸見里選手に並ぶことを目標にしているようでは、トップには行けないんです。 」

ーー小中学生に、そうした心構えを指導するのは難しくないですか。
「 ( 中略 ) 今の裕福な日本で、教え子たちに 『 ハングリー精神 』 を求めても無理です。  だから、カッコよさに訴える。

 子供たちにビデオを見せながら 『 世界最高峰(せかいさいこうほう)の舞台で優勝したらカッコいいぜ。 』 などと話をする。  そうすると彼らの目は輝きだしますよ。 」

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谷亮子選手その5

1. また、谷亮子選手です。  今日の朝日新聞朝刊に、谷選手が 「 練習 」 について記事を書いていました。

2. 抜粋して紹介します。

① 『 世界の舞台で戦っていくうえで最も大切なのは、きちんとした練習を積むことです。 』

② 『 練習は楽しいと感じることが大切。  

 そう感じてきたからこそ、ここまで選手生活が続いているのではないでしょうか。 』

③ 『 今の選手たちは科学的なトレーニングが主流になっていますが、私の練習はトレーニング器具を使わない昔のやり方が中心です。  山道を走ったり、砂浜をダッシュしたり。

 走り方を工夫することで、トレーニング方法は何百通りも見つけ出すことができます。  

 自分自身で考え、組み立てることは楽しみでもあります。 』

④ 『 結局、総合力が大事だと思います。  スタミナもスピードも必要。  

 私の場合、世界に出るとどうしても体が小さいので、総合力でカバーしないといけません。 』

⑤ 『 昨年の世界選手権は 「 世界一になるには世界一の練習を積んで畳の上に立つ 」 と決め、それだけの稽古に裏付けられた自信を持って畳に上がりました。 

 今後も北京五輪に向けてしっかりとしたトレーニングを積んでいきます。 』

3. 先週末にテレビでやっていた谷選手のドキュメンタリー ( 昨年の世界選手権までを追いかけたもの ) にも感動しました。

 よい週末を。

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ブログの効能

1. 昨年の9月3日からブログを書き始めました。  約4か月半、それも平日だけですが、それでも結構な量になりつつあります。

2. 私にとっての、ブログを書くことの効能(こうのう)を、まとめてみます。

3. 大体は、日々読んだ本や新聞記事、家で見たテレビ番組などの中から、私にとって面白かったものの紹介が多いです。  ブログを書き始めてからは、

① 常にブログの中で紹介することを前提として、読んだり、見たりするため、より真剣に本・新聞・テレビなどの媒体(ばいたい)と接するようになりました。

② 本・新聞については 「 読む→理解する→抜き出す→書く 」 という作業を通じて、私自身の理解や記憶が深まりました。

4. 今年で、支部を開設して30年になります。  初期の頃は、内弟子指導員が常に数人いて、夜の稽古が終わると、自宅で一緒に食事をしていました。  当然、コミュニケーションをはかる時間も多く取れました。

 最近、そういった形でのコミュニケーションが、とりづらくなっていました。  ブログを通して私の考えや思いを、指導員や生徒に、あるていど伝えることができるようになりました。

5. 今年の年賀状のうち、何人かの方から 「 ブログを読んで参考にしている。 」 と書いていただきました。  多少はお役に立っているのかも知れません。

6. 日常的な興味の対象の中の、政治や経済以外の分野は大体書いているので、私の自己紹介代わりにもなっていると思います。  

7. 以前は年間数冊、本を書いていました。  その頃は、どうしても締め切りに追われる中での執筆でした。  最近は、午前中に約1時間くらいかけて、楽しみながら書いています。

8. 夜、早く帰るようになりました。 

 はしご酒の習性があって、12時過ぎても飲んでいることが多かったんです。  二日酔いや寝不足ではブログが書きにくい、と考えたわけでもないのですが、不思議と早く上がるようになりました。

 松ちゃんが一番喜んでいると思います ( 笑 ) 。

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冷えが万病のもと

1. 12月26日のブログで紹介した 『 空腹力 』 という本で 「 体の冷えは血流を悪くして病気の原因になる 」 と書かれていました。

2. 『 心もからだも 「 冷え 」 が万病のもと 』 ( 川島朗 集英社新書 ) では、さらにくわしく 「 冷え 」 について書いてあります。  基本的な考え方は次の通りです。

 『 「 冷え 」 という考え方は、東洋医学に特有のものです。  東洋医学では、体を構成する物質を、気 ( 気のエネルギー ) ・血 ( 血液 )・水 ( 体液 )の3要素でとらえます。  「 冷え 」 は、この気・血・水のバランスが乱れることから生じます。 』 

3. 冷えを防ぐ方法のいくつかを、箇条書きで紹介します。

① 冷たい飲み物や食べ物は体を冷やす。

② 赤・黒・だいだい色の食物は体を温めてくれる。  赤ワイン、黒ビール、そば、黒砂糖、根菜 ( 大根、にんじん、ごぼう、かぶ、さといも、れんこん ) 、海藻 ( 昆布、ひじき、わかめ ) チーズなど。

③ 寒い土地で取れる食材は体を温めてくれる。  りんご、さくらんぼ、ぶどう、プルーン、鮭(さけ)、鱈(たら)など。

④ 硬いもの、水分の少ないもの、ナトリウムの多いものも、体を温める。  玄米、あずき、塩、みそ、しょうゆ、明太子、ちりめんじゃこ、つくだ煮、漬け物、肉、魚介など。

⑤ 生野菜は体を冷やすが、塩をふれば体を温める食品になる。  塩は体を温める1番の食品である。

⑥ 1日1回湯船に入って、できれば10分間以上、体を温める。

⑦ 湿布(しっぷ)薬などの消炎鎮痛剤(しょうえんちんつうざい)を長期にわたって使用すると、全身の血流が悪くなる。  腰痛やひざ痛を根本的に解決したいなら、まずは消炎鎮痛剤の使用をやめること。

4. 最近、自宅でも靴下をはくようにしました。

 また、以前は凍ったように冷たいビールが大好きでしたが、最近は熱燗(あつかん)やお湯割りを飲むようにしています。  

 もっとも、健康のためには飲まないのが1番でしょうが ( 笑 ) 。

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速筋・遅筋

 スキーヤーで登山家でもある三浦豪太さん ( プロスキ-ヤー三浦雄一郎さんの次男 ) が日経新聞の1月12日夕刊に、速筋(そっきん)と遅筋(ちきん)について記事を書かれていました。  紹介します ( 文中の1~7の番号は私が付けました。 ) 。

 『 1. スキー競技はアルペンやモーグルのように激しい運動を比較的短い時間行うものと、クロスカントリーのように持久力を競うものに大別される。  トレーニング方法はおのずと変わる。

2. “ 短時間系 ” の選手は主に、体への負荷(ふか)の多い運動を短時間でこなすトレーニングを繰り返す。  ここで鍛えられるのが白くて太い筋肉、いわゆる 「 速筋 」 だ。

 反対に “ 長時間系 ” の選手に必要なのは持久力のある筋肉。  見た目の赤い、いわゆる 「 遅筋 」 だ。 

3. これは陸上でも同じで、100メートル短距離走には速筋が必要だし、マラソンには遅筋が必要ということになる。

4. 人間の身体というのは大体、速筋と遅筋をほぼ50%ずつ持っている。  

 ただこれには多少の個人差があって、速筋が多いと短距離向き、遅筋が多いと長距離向きとなる。

5. しかし驚くことに、これほど違う2種類の筋肉は、相互に入れ替え可能なのである。  速筋に遅いタイプの神経を付け替えればやがて遅筋に変わるし、遅筋に速いタイプの神経を付け替えれば速筋に変わる。  つまり人間の能力は、鍛え方次第でどちらにも伸ばせる。

6. もちろん2種類の筋肉は一朝一夕(いっちょういっせき)には入れ替わらない。  競技に適した筋肉をつけるには、厳しいトレーニングを続ける強い意志が不可欠だ。

7. スポーツ選手の肉体は意志の産物であり、意志は夢に支えられている。 スポーツが見る者に感動を与えるのは、選手達が夢の体現者(たいげんしゃ)そのものだからだろう。  』 

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鏡開き

1. 1月11日は鏡開き(かがみびらき)の日です。

2. 極真会館では、この日の早朝に池袋の総本部道場で稽古を行い、その後、お汁粉(しるこ)を食べます。

 ここ10年ぐらいは参加者が多いので、メトロポリタンホテルの宴会場を借りて行っています。

3. 鏡開きについて、ウィキペディアで調べてみました。

 『 鏡開きとは、正月に年神に供えた鏡餅を、雑煮(ぞうに)や汁粉にして食べ、一家の円満を願う行事である。

 鏡は円満を、開くは末広がりを意味する。

 武家では、鎧(よろい)などの具足(ぐそく)に供えた具足餅を下げて雑煮にして食し、これを 「 刃柄(はつか) 」 を祝うといった。  この武家社会の風習が一般化したものである。

 刃物で切るのは切腹を連想させるため、手で割ったり、木鎚で砕いたりする。  ( 中略 )

 また、 「 切る 」 「 割る 」 という言葉を避けて 「 開く 」 という縁起の良い言葉を使っている。  ( 中略 )

 元々は1月20日に行われていたが、徳川家光が亡くなったのが二十日(慶安四年四月)であったため、この日を忌日(きにち・きじつ)として避け、1月11日に変更されて現在に至っている。

 今でも1月20日に行う地方があるほか、京都では1月4日に行われる。 』

4. そういうわけで、今日は4時半起きでした。

 甘党の本領発揮(ほんりょうはっき)でお汁粉を3杯も食べたせいか、早起きのせいか、まだ昼前なのに異常に眠いです ( 笑 ) 。

5. 今週始まったと思ったら、いきなり3連休です。  よい週末を。

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谷亮子選手その4

1. また谷亮子選手の記事からです。  10月2・17日、11月20日に続いて4度目の登場です。

 17年間で負けたのは国内外でわずか5回、という実績に裏付けられた、その考え方には本当に学ぶことが多いです。

2. 1月1日の日経新聞のインタビュー記事を紹介します。

 『 小学生時代からの恩師、稲田明は 「 アトランタ五輪で銀メダルに終わった後から、華麗な一本よりもポイント1つを取りきるという、負けない柔道に変わっていった 」 と振り返る。

ーー「 1度やった柔道は2度としない 」 とよく言っている。
「 私にはこれが自分の柔道、というスタイルがないんです。  

 試合には相手があるし、その選手も過去に私に負けたことがあれば違う戦法を考えてくるでしょう。  自分のやりたい柔道とかにこだわっていたら、1度は勝てても、勝ち続けることはできない。  

 だから、試合の流れの中で組みに行ったり、離れてみたり、狙い技を変えたりと色々やるんです。 」

ーー最近の日本柔道の苦戦とも関係するような話に聞こえる。
「 1口に柔道といっても、大陸ごとに特徴が違います。  

 私は自分の柔道をすることよりも、相手に対応することを考える。  

 日本選手は 『 しっかり組んで一本を狙う 』 という理想像を強く持っていますが、試合の中で組めなかったら次の手段はありません、では勝てないですからね。 」

ーーただ、ひたすら勝敗にこだわる柔道を窮屈(きゅうくつ)に感じることもあるのでは。
「 昔、古賀稔彦先輩に言われたことがあるんです。  柔道だけは銀メダルや銅メダルでは何も語る資格がないって。  金メダル以外は評価されないスポーツなんだと。  

 その厳しさこそ他のスポーツにない柔道の価値だと思っていますし、そこで結果を出すことに柔道家として誇りを感じます。  

 チャンピオンは、やっぱり居心地のいい場所ですから。 」 』

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背面を伸ばす

1. 1月8日の日経新聞に、サッカー指導者の風間八宏(かざまやひろ)さんが、面白い記事を書いていたので紹介します。

2. 『 固定観念はタチが悪い。  そこにとらわれ、可能性を眠らせたまま盛りを過ぎていく選手も多いのではないか。

 例えば筋肉の使い方。  体を曲げ、伸ばし、ねじるとき、私たちは無意識のうちに胸や腹、ももなど前面の筋肉に頼っている。  

 これらは本来、体を縮めたりブレーキをかけたりする補助的なもの。  実はアスリートの動力源は体の背面に隆々(りゅうりゅう)と実っている。  首、肩下、お尻、腕の裏側に。

 同じ動作でも、前面を 「 縮める 」 のではなく背面を 「 伸ばす 」 ことを意識づける。

 併せて、脳中(のうちゅう)に頑として根を張る 「 常識 」 の表と裏も覆(くつがえ)してみるとよい。

 私がドイツでプレーしていたころ、キックフォームを大きくとることで体格やパワーの差を埋めようと懸命(けんめい)だった。  

 今にして思えば、あちらの選手は背負った筋肉のタンクから力をくみ取るこの秘事(ひじ)を、ごく自然に了解していた気がする。

 たぶん、彼らがそうするのはそれが自然で楽だから。  ドイツ社会は万事この思想に貫かれている。 』

3. かって、ある師範がギャリー・オニール選手について、次のように言っていたのを思い出しました。

 『 ギャリーは突きでも蹴りでも、背中の筋肉をうまく使っている。  だから、体は小さいけれど威力があるし、大きな筋肉を使うのでスタミナのロスも少ない。 』

4. 工夫する余地がありますね。

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川畑幸一師範

1. 昨日、初稽古のため道場に行ったら、空手関係の年賀状がたくさん来ていました。

 その中に、京都支部の川畑幸一師範からの封書がありました。  川畑師範は、昨年の第9回世界大会の日本選手団・副監督です。

2. 感銘(かんめい)したので紹介します。

 『 昨年の世界大会におきましては 「 日本連覇 」 達成ならず、誠に残念でありました。  
 
 しかしながらベスト32に11名もの日本選手たちが勝ち残り、日本の総力、層の厚さは示せたと思っております。 』

 『 極真・世界大会はこの先も永永無窮(えいえいむきゅう)に続くものであり、その時々に、当然歴史も動きます。 』

 『 我々 “ 日本の極真 ” に携わる指導者をはじめ選手や関係者全員が一丸(いちがん)となって4年後・・・・ 「 世界王座奪回 」 を実現し、新しい歴史をしっかりと刻みたいと思っておりますので、ご協力の程、何卒(なにとぞ)よろしくお願い申し上げます。

押忍!! 』

3. その下に 『 極真ニッポン 終わりなき旅 』 としてMr.Childrenの 「 終わりなき旅 」 の歌詞が書かれていました。  紹介します。

 『 息を切らしてさ  駆け抜けた道を  振り返りはしないのさ

 ただ未来へと夢を乗せて 』

 『 閉ざされたドアの向こうに  新しい何かが待っていて  きっときっとって  君を動かしてる

 いいことばかりでは無いさ

 でも次の扉(とびら)をノックしよう  もっと素晴らしいはずの自分を探して 』

 『 胸に抱え込んだ迷いが  プラスの力に変わるように  いつも今日だって僕らは動いてる

 嫌な事ばかりでないさ

 さあ次の扉をノックしよう  もっと大きなはずの自分を探す  終わりなき旅 』

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大下英治先生

1. 明けましておめでとうございます。

 今年もたくさんの方から、年賀状をいただきました。

2. 自宅に届いた年賀状の中に、大下英治先生からのものがありました。

 大下先生は大山総裁との付き合いが深く、私も何度かお目にかかってご指導を受けています。

3. また、政治経済をメインテーマに、日本でもっとも多くの執筆をされているのではないでしょうか。

 年賀状の前段はその執筆の話で、後段はお酒に関する話でした。 今日は、後段を紹介します。

4. 『 酒も、一年中、一日も休むことなく飲み続けました。 特に五十歳に入ったころから、ワイン好きになり、いっそう酒が楽しくなりました。  

 「 赤ワインは、一口飲むと、小さな恋をしている気になる 」 とうそぶきながら、一杯、また一杯。  「 赤ワインは、ボケ防止になる 」 と聞き齧(かじ)りの医学的知識まで振りまわし、また一杯。  

 夏は、その間にビールか白ワイン、冬は、熱燗を二合はさんで飲むので、気がつくと、毎夜六、七合は飲んでいる計算になります。  

 が、幸か不幸か、酔い潰(つぶ)れることも、二日酔いも、一度としてなく、それをいいことに、一年中、肝臓は休む暇(いとま)なし。  おかげで糖尿病の入り口を行きつもどりつしております。 』
 
5. 私も年末年始は、毎日、飲んでいました。

 今年も、毎週月曜日と金曜日はトレーニングをします。  

 ですから、今日は久しぶりに休肝日です ( 笑 ) 。  

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2007年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年02月