2009年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年07月

ダーウィン『種の起原』

1.先週の土日、『種の起原(上)(下)』(ダーウィン著 八杉龍一訳 岩波文庫刊)を読みました。

2.上巻の表紙に次のような文章が書かれています。

『自然選択(=自然淘汰)と適者生存の事実を科学的に実証して進化論を確立し、自然科学の分野においてはもちろん、社会観・文化観など物の見かた全般に決定的な影響を及ぼした著作として、この『種の起原』の名を知らぬ人はあるまい』

3.上巻から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①未来に目をむけるなら、現在大きくて勝利者になっており、勢力のおとろえのわずかな(=絶滅のまだきわめてすくない)生物群は、ながく増加しつづけるであろうと、予言することができる。

②しかし、どの群が最後の勝利者となるかは、だれも予言できない。  なぜならわれわれは、以前にはきわめてひろく発展していた多くの群がいまは絶滅してしまっていることを、よく知っているからである。

③さらにとおい未来をながめるならば、われわれは、

(1)大きな群がたえずつづけて増加していくために多数の小群は完全に絶滅してしまって変化した子孫をのこさぬであろうこと、

(2)またしたがってある時期に生存していた種のうち、はるかな未来に子孫をのこすものはごくわずかであることを、予言できる。』  

(中略)

『④もしもわれわれが、

(1)ほとんどすべての種はその生息中心地においてさえ、これと競争する種がなければ、いちじるしく個体数をますであろうこと、

(2)ほとんどすべての種は他のものを捕食(ほしょく・・・生物が他の生物をつかまえて食べること)するか、または他の犠牲になる(=食べられる)ものであること(=どの生物も直接または間接に、他の生物と関係を持っていること)を念頭におくなら、そうすればわれわれは、つぎのことをみるはずである。

⑤それは、どの国に生息するものもその範囲は、目立たずに変化していく気候や土地の物理的条件のみに依存するものでは絶対になくて、その大部分は、その生物があるいはそれに依存(=捕食)し、あるいはそれによってほろぼされ(=食べられ)、あるいはそれと競争する、他の種の存在によってきめられる、ということである』

4.最近目にする、社会の様々な分野における栄枯盛衰(えいこせいすい・・・人の一生や世の中は、盛んな時もあれば、衰える時もあるということ)の事実を理解する上で大変参考になりました。

TOP↑

邱永漢先生『不安払拭術』

作家・経済評論家の邱永漢(きゅう・えいかん)先生が読者の質問に答える形式のサイト『ハイハイQさんQさんデス』の6月27日(土)の内容を番号を付けて紹介します。

『1.読者からの質問:不安払拭術(ふあんふっしょくじゅつ)

①私は47才で不安が山のようにあります。

②老後の事や障害者の妹、一人暮らしの母親の事など考えると、つい今のやりがいのない仕事にしがみついてしまいます。

③先生が日本に亡命(ぼうめい)された時の不安に比べると本当に小さな事だと思いますが、先生の不安払拭術を御教授お願いします。

2.邱永漢先生の答え

①世の中どこにいても、どんな仕事をやっても不安は付きまといます。  不安が無いようにと思えば死んでしまう以外にありません。

②だけど生きている限りは不安に打ち勝って行かなければいけませんので、どうするかといいますと不安の数を増やせばいいと思っております。

③不安が1つしか無い時はその不安で頭が一杯になりますけれども、不安が100あると1つの不安が100分の1になりますから、不安は多いほど心配は少なくなるのです。

④私の頭の中にある不安に比べたら、あなたの場合なんか大した事はありませんよ。』

TOP↑

火坂雅志さん『六分、七分の勝ち』

『謙信びいき』(火坂雅志(ひさか・まさし)著 PHP研究所刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①戦国武将の武田信玄は、こんなことを言っている。  「いくさというものは、六分(ぶ)、七分の勝利でじゅうぶんである。  八分の勝利は危うし。  九分、十分の勝利は、味方の大負けの下作りなり」

②すなわち、戦いは、6、70パーセントくらいの勝利が最上で、80パーセントは危険であり、90、100パーセントの完全勝利となると、これはもう大敗北のタネにしかならないと述べているのである。

③完全勝利がつぎの戦いの大負けのもとになるとは、ふつうに考えれば奇妙なことだ。  大勝ちは歓迎すべきことで、中途半端な勝ちでは心に悔いが残ってしまうのではないか。

④ところが、現実はそうではない。  人は勝利におぼれやすいものである。  勝ちにおごり、慢心して、おのれを過信するようになる。  「どうだ、おれはこんなに凄(すご)い」と、ふんぞり返り、刻々と変化する状況から目をそむけるようになっていく。  ひとつの成功にとらわれるあまり、思考の硬直化がはじまるのだ。

⑤年をとってからなら、まだいい。  年を重ねた人間は、ひとつの勝利を手にしたからといって、次の戦いも勝てるほど人生は甘くないという警戒心が、経験によって頭にたたき込まれている。

⑥問題は苦労がないまま、若くして幸運な勝利を手に入れた者であろう。  慢心がどこまでも膨(ふく)らんでいき、その結果、みじめなまでの急速な没落(ぼつらく)が待っている。  失敗は成功のもとだが、成功は失敗のもとでもある。

⑦六、七分の勝ちの妙味(みょうみ・・・すぐれたうまみ)は、心におごりが生じないことだ。  三、四分の及ばなかった部分の中から、問題点をあきらかにし、自己を変革しようとする。  そこに成長がある。  つぎの勝利を呼び込むタネがある。

⑧武田信玄は若いころによく負けた。  しかし、壮年にいたってからは、同じあやまちを繰り返さず、不敗の将として天下に名をひびかせた。』

よい週末を。

TOP↑

南部恵治さん『「すみません」と「ありがとう」』

パソナソフトバンクとベネフィット・ワン両社の元代表取締役会長、南部恵治さんが書かれた『運はつかめる』(朝日新聞出版刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①日常、他人とのコミュニケーションにおいて「すみません」という言葉ほどよくつかわれる言葉はないと言っても過言ではありません。  

②たとえば、同じエレベーターに乗り合わせた人が、あなたの降りる階を聞いてそのボタンを押してくれたとしたら、あなたはどんな言葉で感謝の意を表しますか?  「すみません」ですか、それとも「ありがとうございます」でしょうか。  (中略)

③運気を呼び込みたいなら絶対に「ありがとう」と言うべきなのです。  あなたが発した言葉はすべて一度、潜在意識にインプットされます。  そのときあなたの潜在意識は、言葉の裏側にある細かいニュアンスなどは気にせず、その字義通りに言葉を受け取ります。

④つまり、「すみません」は謝罪の言葉、「ありがとう」は感謝の言葉として蓄積されていくのです。  「すみません」を多用していると、あなたの潜在意識はそれこそ「罪の意識」を持ってしまいます。  そこまで言えば、なぜ「ありがとう」のほうが運気が上がるかはもうおわかりでしょう。  (中略)

⑤ただし、「すみません」と言うべきときはきちんと「すみません」と謝ることを忘れないでください。』

TOP↑

小川宏さん『入院』

アナウンサーの小川宏さんが書かれた『小川宏の心に残るいい話』(清流出版刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①忘れもしない、平成4(1992)年3月16日(月)の早朝にふと目が覚(さ)めた。  1年ほど前から倦怠(けんたい)感、不眠症がつづいており、この日もやはりそうだった。  

②しばらく寝床でうつらうつらする間(うち)に、「今日、私は地球上から消えよう」と決心した。  家の者が寝静まっているのを確認し家を出た・・・数分歩いたところにある私鉄の線路の脇に立っていた(平成17年1月、厚生労働省の報告では自殺者が最も多いのは月曜日、男は早朝、女は正午ごろとのこと。  まさにあてはまる)。

③電車がくるのを待っていたのは午前6時頃。  早朝ゆえ本数は少ない。  通り過ぎる電車を何台か見送りながらいろいろ悩んだ。  もし失敗したら残された家族はどうして暮らしていくのか、世間の笑いものになるのではないか・・・。  

④そのうち心は平静になってきた。  300メートルほど先に電車が見えた。  ままよと右足を1歩前に出して準備態勢に入った。  

⑤そのとき、家族と親友の顔がオーバーラップして、映画の1シーンのように眼前に浮かんだ。  そしてパッと消えた。

⑥同時に「ワイドショー」時代によく出演してくださった名ジャーナリスト、山谷新平(やまたにしんぺい)さんが、自殺絡(がら)みの事件のときに必ず口にされた言葉が頭をよぎった。  「自殺は愚(おろ)か者の結論です」

⑦この相乗効果で私は思わず足を引いた。  電車は轟音(ごうおん)を響かせて通りすぎていった。

⑧この効果で今の私がある。  妻に手をひかれるようにして病院へ直行した。  重いうつ病で即刻入院。  (中略)

⑨入院して1ヵ月経ったころ、NHK時代の親友から病院宛てに見舞いの手紙をもらった。  「実は、君に隠していたわけではないが、数年前自分も、重いうつ病で入院したことがあった。  辛(つら)い」気持ちはよくわかる。  でもあと一息で、辛い+(プラス)一(いち)=(イコール)幸(さいわい)になるよ」

⑩この文字を見た瞬間私には〝処方箋(しょほうせん)にはない薬〟のような感じがした。  ありがたかった。』

TOP↑

宮台真司先生『チェ・ゲバラ』

社会学者で首都大学教授の宮台真司先生が書かれた『日本の難点』(幻冬舎新書)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①社会変革は必ず「割を食う(わりをくう・・・損をする)人々」を生みます。  一つは、社会体制の変革が必ず何らかの「再配分」を伴うから。  もう一つは、どんな変革も成功の保障はないので変革への協力が「賭け」の要素を伴うから。

②従って、経済学的な意味で合理的計算(=損得計算)を行なう人であればあるほど、変革への協力はありそうもなくなります。  この壁をどう乗り越えたらいいのでしょう。  ヒントはチェ・ゲバラことエルネスト・ゲバラです。  ゲバラは今さら言うまでもなく、フィデル・カストロと並ぶキューバ革命の最大の偶像(アイコン icon)です。  (中略)

③彼の魅力の本質は、伝記的資料や、それを再現したスティーブン・ソダーバーグ監督の二部作『チェ 28歳の革命』 『チェ 39歳 別れの手紙』を見ればよく分かります。  答えは、「合理性を超える力」。  もっと正確に言えば、「合理的な理由で逡巡(しゅんじゅん・・・決断をためらうこと)せざるを得ないという壁を、人に乗り越えさせる力」です。  (中略)

④ゲバラは、民衆や兵士の不満や逡巡の合理性を誰よりも知っています。  たとえば、宿や食事を提供するゲリラ協力者は、政府に発見され次第家族もろとも見せしめに虐殺(ぎゃくさつ)されます。  民衆はそうした見せしめをたくさん目撃して知っています。  普通のリーダーならば、そこで「革命の大義」を大演説するでしょう。

⑤ゲバラは違います。  革命の大義を陶酔(とうすい・・・うっとりとして、その境地にひたること)的に語るよりも、自身があえて「不合理性への跳躍」を体現するのです。  喘息(ぜんそく)持ちなのに体力の限界を超えて行軍した挙げ句、行く先々で医師として無償で民衆の病気を治します。  結果、合理性とは別の何か・・・感染的模倣(かんせんてきもほう)・・・によって周囲が包摂(ほうせつ・・・一つの事柄をより大きな範囲の事柄の中にとりこむこと)されるのです。

⑥年端(としは)もいかない少年までもが「このスゴイ人についていきたい」 「自分もこんなふうにスゴイ人になりたい」と感染していきます。  するとゲバラは、「ちゃんと勉強して字を学べ、さもないとゲリラとして役立たない」と思いとどまらせます。  すると少年や周囲はますますゲバラに感染していくのです。

⑦そう。  本当にスゴイ奴に利己的な輩(やから)はいない。  ゲバラが2年も経ずに司令官(コマンダンテ)に昇格したのも、ありそうもない利他(りた・・・自分を犠牲にしても他人の利益を図ること)性ゆえの感染力のなせる業(わざ)でしょう。』

TOP↑

(63) 2003年 20回ウェイト制・第8回世界大会

1.総本部事務局資料によると、2003(平成15)年3月1日に中江辰美が埼玉県西支部長に、5月1日に田中健太郎が川崎中原支部長に、8月1日に進裕治が川崎溝口支部長に、10月1日に池田祥規が城南目黒中央支部長に、同じく10月1日に御子柴直司が東京城南池上支部長に、それぞれ就任しました。

2.6月7・8日、大阪府立体育会館で第20回全日本ウェイト制大会が開催されます。  11月に開催される第8回世界大会の選抜試合を兼ねていました。  ベスト8以上に勝ち上がった城西関連の選手を紹介します。

(1)軽量級
ベスト8・八木沼史朗(城西世田谷東)・・・1回戦・2回戦・3回戦・4回戦・本戦判定勝ち、準々決勝(塩島修選手)・本戦判定負け。

(2)中量級
①準優勝・野加久詞(城西国分寺)・・・1回戦シード、2回戦・3回戦・4回戦・準々決勝(山下輝輝)・本戦判定勝ち、準決勝(日比野丈二選手)・反則勝ち、決勝(金森俊宏選手)・不戦敗。

②ベスト8・清水賢吾(東京城北)・・・1回戦・2回戦・本戦判定勝ち、3回戦・上段廻し一本勝ち、4回戦・本戦判定勝ち、準々決勝(伊藤慎選手)・本戦判定負け。

③ベスト8・本多悟朗(城西国分寺)・・・1回戦シード、2回戦・再延長判定勝ち、3回戦・本戦判定勝ち、4回戦・中段突き一本勝ち、準々決勝(金森俊宏選手)・本戦判定負け。

④ベスト8・村田達也(埼玉県西)・・・1回戦シード、2回戦・3回戦・本戦判定勝ち、4回戦・延長1回判定勝ち、準々決勝(日比野丈二選手)・本戦判定負け。

⑤ベスト8・山下輝輝(城西世田谷東)・・・1回戦・下段廻し蹴り技有り判定勝ち、2回戦・3回戦・4回戦・本戦判定勝ち、準々決勝(野加久詞)・本戦判定負け。

(3)軽重量級
①準優勝・池田祥規(東京城西)・・・1回戦シード、2回戦・3回戦・準々決勝(佐藤英明選手)・準決勝(井野真孝選手)・本戦判定勝ち、決勝(池田雅人選手)・下段廻し蹴り技有り判定負け。

②第4位・御子柴直司(横浜東)・・・1回戦シード、2回戦・3回戦・本戦判定勝ち、準々決勝(森村謙信選手)・試し割り判定勝ち、準決勝(池田雅人選手)・本戦判定負け、3位決定戦(井野真孝選手)・延長1回判定負け。

③ベスト8・進裕治(城西世田谷東)・・・1回戦シード、2回戦・3回戦・本戦判定勝ち、準々決勝(池田雅人選手)・本戦判定負け。

(4)重量級
①優勝・近藤博和(城西世田谷東)・・・1回戦シード、2回戦・3回戦・準々決勝(佐藤匠)・準決勝(高尾正紀選手)・本戦判定勝ち、決勝(佐藤誉仁)・延長1回判定勝ち。

②準優勝・佐藤誉仁(城西世田谷東)・・・1回戦シード、2回戦・3回戦・本戦判定勝ち、準々決勝(出畑力也選手)・延長1回判定勝ち、準決勝(足立慎史選手)本戦判定勝ち、決勝(近藤博和)・延長1回判定負け。

3.11月1~3日、東京体育館で第8回世界大会が開催されました。  木山仁選手が優勝して第7回大会で海外流出したタイトルを日本に取り戻しましたが、城西関連の入賞者はいませんでした。  城西関連の出場者と最終結果を紹介します。

①田中健太郎・・・5回戦でエヴェルトン・テイシェイラ選手(ブラジル)に延長1回判定負け。

②市村直樹・・・4回戦でセルジオ・ダ・コスタ選手(ブラジル)に本戦判定負け(減点1)。

③池田祥規・・・4回戦でエミル・コストフ選手(ブルガリア)に試し割り判定負け。

④野加久詞・・・4回戦で木村靖彦選手に本戦判定負け。

⑤御子柴直司・・・4回戦で木山仁選手に延長1回・上段廻し蹴り一本負け。

⑥佐藤誉仁・・・3回戦でアンドレイ・ステピン選手(ロシア)に本戦判定負け。

⑦洪太星・・・3回戦でラウル・ズニーノ選手(アルゼンチン)に後ろ廻し蹴り技有り判定負け。

⑧近藤博和・・・3回戦でレチ・クレバノフ選手(ロシア)に延長1回判定負け。

TOP↑

(62) 2003年 大西靖人死去

①2003(平成15)年1月22日(水)、大西靖人が肝臓ガンのため死去します。  

②大西が優勝した第15回全日本大会の直前9月にB型肝炎で約1ヵ月半入院していたことは昨年8月7日のブログで書きました。  その後、肝炎が肝硬変、肝臓ガンへと進行していったのです。  2002年の後半からは京大病院に入院し療養していました。

③年末に大西から「先生、いよいよお別れの時が迫ってきました。」という電話が入りました。  「肝臓ガンが心臓にも転移し、これ以上治療のすべがないので岸和田の知り合いの病院に移ります。」とのことでした。  私は「大西が死ぬわけないじゃないか。  大丈夫だよ。」と話しました。  あの大きくて強い大西が死ぬはずないと本気で思っていました。

④1月に入って大西に付き添っていた尾竹史吉から「大西先輩の状態がかなり悪くなっています。」との連絡があったので、松井館長と二人で1月13日(月)の13時50分羽田発の飛行機でお見舞いに行きました。  16時ごろ病室に入ると大西はベッドに横たわっていて、腹水が溜まっているとのことでしたが、いつも通り冗談を言って皆を笑わせていました。

⑤20時30分関西空港発の飛行機で帰京することにしていました。  2~3時間は病室にいましたが、大西がこれ以上疲れてもと思い、「大西、そろそろ行くよ。  また来るから。  思ったより元気そうで良かったよ。」と言って帰ろうとしました。  その時、私を見た大西の寂しそうな目が今でも忘れられません。

⑥1月22日(水)、尾竹から「大西先輩が亡くなりました。  通夜は24日(金)です。」との連絡がありました。  松井館長と一緒に羽田から飛行機で岸和田に向かいました。  棺桶の中に入った大西を見ると、冷たくはなっているものの体はさほど細くなっておらず、声をかけたら今にも起きそうな様子でした。

⑦今からちょうど30年前の1979(昭和54)年春、浜井良明君(現・中部本部長)に連れられて入門してきたことが昨日のことのように思い出されます。  城西初の内弟子指導員、城西初の全日本チャンピオンと、初期の城西は大西によって作られたといっても過言ではありません。

⑧私とは4歳しか離れておらず、兄弟のように付き合ってきました。  30年を超える城西の歴史の中で残念ながら付き合いの無くなった人間もいます。  大西は最後まで私と共にいてくれましたし、最後まで極真会館の将来を気にかけてくれていました。  

⑨私の人生において、大西靖人という好漢に出会えたことは何事にもかえがたい喜びです。  45歳の若さで無くなった大西の分まで一生懸命生きていこうと思います。  合掌。

良い週末を。  

  

TOP↑

斉藤一人さん『この不況から脱出する方法』

『この不況で損する人 この不況で得する人』(斉藤一人著 KKロングセラーズ刊)の『3.誰も知らない、「この不況から脱出する方法」』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①日本の不況はあと、どれぐらい続くのかというと、テレビで、「アメリカががんばってくれてたんだよね」とか、「中国が世界をひっぱってくれていたんだよね」とか、そういうことをいう人が出てくる。

②さらに、「アメリカが、もう、くたびれちゃったんだ。  だったら、今度は日本ががんばる番だよ。  私たちががんばって、アメリカに恩返ししたり、中国に恩返しする番だよ」  大勢の人がそういう気持ちになったとき、この不況は終わります。

③だって、この不況は、そういう学びのために出てきているものだから。  みんなが学び終えれば、不況という教材は必要ないのです。』

TOP↑

江原啓之さん『信仰』

『悪意/善意』(江原啓之著 小学館刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①日本の大きな特徴として挙げられるのは、支配的なひとつの宗教を持たない、ということです。  諸外国を見ると、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教など、それぞれの宗教が強い力を持っています。  (中略)

②そんな日本ですが、昔は他国の宗教にまさる以上のものを持っていたのです。  たとえば、「そんなことをすると、バチが当たるよ」 「お天道様(てんとうさま)は見てらっしゃるよ」と昔の人はよく言いました。  

③その言葉の中にあるもの、それは人々の生活に息づいていた「信仰心」なのです。  「信仰」というと、宗教を思い浮かべがちですが、必ずしも宗教とは関係ありません。  (中略)

④また、日本にはたとえば「武士道」という「道」がありました。  ほかにも茶道、華道、柔道、剣道、合気道・・・。  たくさんの「道」があります。  それぞれの「道」には、必ず人の生き方を示唆(しさ・・・それとなく物事を示し教えること)する哲学が含まれていたのです。

⑤誇りを重んじ、自分の弱さに打ち克つこと、人にやさしく己に厳しくすること、いまここにある自分を受け入れること、信じるものに全精力を傾けて打ち込むこと・・・。  そんな、たましいを鍛える方法を説く「道」が日本にはたくさんありました。

⑥日常に根ざした素朴な信仰、生き方を説く「道」への信仰、それらは教典(きょうてん・・・教育上または宗教上の基本となる書物)主義に陥っている宗教以上に、強く人々の心に訴え、その生き方を支える力がありました。

⑦けれどそういった素晴らしい「信仰」を、日本は失いました。  戦後の価値観の大転換が、そのきっかけではあったでしょう。  「目に見える物質だけがすべて」と思うようになってしまった。  そして、日本の伝統的な考え方を、よいものも悪いものも含めて捨ててしまった。  それは、戦争がもたらした、とても大きな損失だったと思います。』

TOP↑

村上龍さん『無趣味のすすめ』

『無趣味のすすめ』(村上龍著 幻冬舎刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①わたしは趣味をもっていない。  小説はもちろん、映画製作も、キューバ音楽のプロデュースも、メールマガジンの編集発行も、金銭のやりとりや契約や批判が発生する「仕事」だ。  

②息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、海外のリゾートのプールサイドで読書をしたりスパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言えない。

③現在まわりに溢(あふ)れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練されていて、極めて完全なものだ。  考え方や生き方をリアルに考え直し、ときには変えてしまうというようなものではない。

④だから趣味の世界には、自分を脅(おびや)かすものがない代わりに、人生を揺(ゆ)るがすような出会いも発見もない。  心を震(ふる)わせ、精神をエクスパンド(expand・・・拡張する)するような、失望も歓喜も興奮もない。

⑤真の達成感や充実感は、多大なコストと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在している。

⑥つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。』

TOP↑

内藤誼人さん『自分と似た名前』

心理学者の内藤誼人(ないとう・よしひと)さんの書かれた『レジ待ちの行列、進むのが早いのはどちらか』(幻冬舎刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①私たちは、自分と名前が似ている人ほど、相手に対して親しみを感じやすい。  私は「内藤」という名前なので「石渡さん」よりも「内村さん」に対して好意を感じやすいということがいえるわけである。

②東ミシガン大学のマディ・シーゲル博士が「あなたにとって、クラスで一番の友だちの名前を教えてください」と聞いたところ、44.6%の人が自分の名前と似ている友だちの名前を挙げたそうである。  名前が似ていると、私たちは親密になりやすいのだといえる。

③さらに、ニューヨーク州立大学のブレッド・ペルハム博士によると、私たちは、自分でも気がつかないうちに、つまり、無意識のうちに、自分と名前が似ている人、似ている商品、似ている地名などを好むものだという。

④ペルハム博士が住民台帳などを使って調べると、たとえば、「ヴァージニアさん」という名前は、「ヴァージニア・ビーチ」という地名に住む割合が高かったそうである。  あるいは、「ジャック」という名前の男性は、「ジャクソンビル」に住む割合が高かったという。  人は、自分でも知らないうちに、自分の名前と似ている地名を好むのだ。』

TOP↑

(61) 2002年 19回ウェイト制・34回全日本

1.2002年6月8・9日、大阪府立体育会館で第19回全日本ウェイト制大会が開催されました。  ベスト8以上に勝ち上がった城西関連の選手を紹介します。

①軽量級・・・準優勝・尾崎亮(城西世田谷東)、ベスト8・森田祐一(城西世田谷東)、伊藤貴博(城西世田谷東)、山下輝貴(城西世田谷東)

②中量級・・・準優勝・野加久詞(城西国分寺)、ベスト8・本多悟朗(城西国分寺)

③軽重量級・・・優勝・御子柴直司(横浜東)、ベスト8・田村隆行(城西世田谷東)

④重量級・・・準優勝・徳元秀樹(横浜港南)、第3位・近藤博和(城西世田谷東)、ベスト8・山辺光英(東京城西)

2.①8月31・9月1日、ブラジル・サンパウロ・イブラプエラ体育館で第2回ワールドカップ(団体戦)が開催されます。  城西関連では軽重量級の選手として池田祥規(東京城西)、無差別級の選手として近藤博和(城西世田谷東)が出場しました。  御子柴直司(横浜東)はリザーブ選手でした。

②1回戦はシードで、2回戦はオセアニアと戦い軽量級・中量級・軽重量級(池田・上段廻し蹴り一本勝ち)・重量級・無差別級(近藤・優勢勝ち)の全クラスに勝利しました。

③続く準決勝ではロシアと対戦しました。  軽量級・田ヶ原正文選手(大阪南支部)・優勢勝ち、中量級・伊藤慎選手(総本部)・引き分け、軽重量級・池田・引き分け、重量級・木村靖彦選手(本部直轄浅草道場)・優勢負け、無差別級・近藤・優勢負けで敗れ、日本は第3位に終わります。

④私も現地に行きましたが、日本から乗り継ぎ地点のロサンゼルスまで11時間、1時間待ってロサンゼルスからサンパウロまでまた11時間という長旅でした。  

⑤「シュラスコ」という料理、「カイピリンヤ」というカクテルは最高でした。  また試合翌日に国内線で2時間かけて行った「イグアスの滝」の巨大さと美しさには心から感動しました。

3.11月2・3日、東京体育館で第34回全日本大会が開催されます。  城西関連では、第3位に田中健太郎(横浜港南)、第7位に市村直樹(城西下北沢)、第8位に洪太星(横浜港南)がそれぞれ入賞しました。

よい週末を。



TOP↑

清水義範さん『日本は小さくない』

5月25日の日経新聞で作家の清水義範さんが『日本は小さくない』という文章を書かれていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①日本を小さい国だと思っている人が、どうも多いような気がする。  (中略)

②だが実際には日本は小さな国ではない。  もちろん、ロシア、カナダ、中国、アメリカ、ブラジルなどの面積の大きい国(この5国が上位5位)とくらべれば日本は小さいが、世界には日本より小さい国がいっぱいあるのだ。  今、世界には193の国々があるのだが、日本はその中で面積で62位の国である。  驚くなかれ、上位3分の1に入っているのだ。

③そして、人口の多さで比べれてみると、日本は世界で10位なのである。  (中略)  人口の多さで上位5国を並べてみると、中国、インド、アメリカ、インドネシア、ブラジルである(2005年の統計)。  それらの国よりは少ないが、冷静に見て日本はかなり人口の多い国なのだ。

④もう一度面積で考えてみよう。  ちなみに、日本をヨーロッパの国々とくらべてみる。  ヨーロッパの国々で日本より大きいのは、まずロシアとウクライナ。  これは元ソ連の、とびぬけて大きな国だから納得できる。  それに次ぐのが、フランス、スペイン、スウェーデンだ。  日本より大きな国はそこまでである。  

⑤あとのヨーロッパの国々はすべて日本より小さいのである。  東西が統一したドイツも日本よりちょっと小さい。  フィンランドもポーランドも日本より小さく、イタリアやイギリスなどはかなり小さいのだ。  (中略)

⑥世界の東の果てにある島国だという地理的要因と、長らく鎖国をしていたという歴史的要因のせいで、世界の中に日本を入れて考えるのが我々は苦手なのであろう。  世界とうまくつきあえない、この特殊な国ニッポン、という意識があるのだと思う。

⑦そのことからある種の劣等感さえ生じて、「こんなちっぽけな日本ですから・・・」という意識になるのだと思うが、我々は特殊だ、という感覚は奇妙な優越感につながることもある。  「この小さな国ニッポンが、世界有数の経済大国で文化レベルも高いのだ、見くびるんじゃないぞ」みたいな、我々は特別、という意識もちょっとあるのではないか。

⑧だからこそ、ことさらに日本を小さいと考えるのはやめようよ、と私は言いたい。  日本はまあまあの国土と、かなりの人口を持つ国である。  それ故の責任と自負を持って、世界の国々のひとつとして冷静に存在したいものだ。』

TOP↑

堺屋太一先生『あるべき教育』

『堺屋太一の見方』(堺屋太一著 PHP文庫)の「あるべき教育」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.「知性」と「理性」

①情報とは、「現象」をとらえることだ。  現象を並べるだけではケース・スタディの並列であり、実践的な知識ともならないし、真の学問的な態度にも発展しない。

②現象から原因を探り、その原因から共通の原理を発見するのが学問である。

③何十何百という多数の現象から共通の原因を探すのは「知性」、そうなる原理を見つけ出すのは「理性」といえる。

2.辛抱強くする教育

①辛抱強くする教育なら、子供の頃から嫌いなことを多くさせたほうがよい。  だから、学校は面白くてはいけない。  学校は辛(つら)いことを辛抱した末に褒(ほ)められる。

②授業では不得手(ふえて)なことを長時間する苦痛に耐える習慣をつける。  これが日本の教育の重要なポイントである。』

TOP↑

外山滋比古先生『ホメテヤラネバ』

先週の金曜日、大阪行きの新幹線の中で『思考の整理学』(外山滋比古著 ちくま文庫)を読みました。 お茶の水女子大学名誉教授(専攻は英文学)の外山滋比古(とやま・しげひこ)先生はエッセイストとしても有名です。 「ホメテヤラネバ」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①自分の過去をふりかえって、とにかくここまでやってこられたのはだれのおかげかと考えてみると、たいていは、ほめてくれた人が頭に浮かぶのである。  ある老俳人は、ほめられたからこそ、ここまで進歩したとしみじみ述懐している。  ほめてくれた批評によって伸びた。  けなされたことからはほとんど裨益(ひえき・・・助けとなること)されなかったというのである。

②友には、ほめてくれる人を選ばなくてはいけないが、これがなかなか難しい。  人間は、ほめるよりもけなす方がうまくできている。  いわゆる頭のいい人ほど、欠点を見つけるのがうまく、長所を発見するのがへたなようである。

③ほめられると、われわれの頭は調子に乗る。  つい勢いづいて、思いもかけないことが飛び出してくる。  (中略)

④見えすいたお世辞のようなことばをきいてどうする。  真実に直面せよ。  そういう勇ましいことを言う人もあるが、それは超人的な勇者である。  平凡な人間は、見えすいたことばでもほめられれば、力づけられる。  お世辞だとわかっていても、いい気持ちになる。  それが人情なのではなかろうか。』

TOP↑

第26回ウェイト制大会

昨日・一昨日行なわれた第26回ウェイト制大会に出場した東京城西支部の選手について書いてみます。

1.井上隆博(軽量級)・・・1試合目は本戦判定勝ち、2試合目(近藤邦友選手)は本戦判定負けでした。  1試合目はアグレッシブな良い戦いができたと思います。  ただ、コンビネーション攻撃でせっかく相手を崩して、これからというときに攻撃の手がゆるんでしまう点は気になりました。  2試合目は、経験の差が出たと思います。

2.西村直也(軽量級)・・・1試合目で本戦判定負けしました。  攻撃リズムの主体がワン・ツーかワン・ツー・スリーなので連打で畳み込んでくる相手に手数負けしてしまう、というパターンから抜け切れませんでした。  道場稽古で修正していくことが必要だと思います。

3.小林大起(軽重量級)・・・1試合目は本戦判定勝ち、2試合目(外岡真徳選手)は体重判定勝ち、3試合目(住谷統選手)は延長2回判定負けで、ベスト8でした。  1試合目・2試合目は相手との間合いの確保・技の振り分けがうまくいっていました。  3試合目はどちらかといえば相手の間合いで戦っているように見えました。  才能だけでここまで来ましたが、全日本のトップを目指すには技・パワー・スタミナともにトレーニングの量を増やすことが大事です。

4.斉藤直也(軽重量級)・・・1試合目で本戦判定負けしました。  差は無かったようにも見えましたが、押されて下がる局面があったことが判定に響いたと思います。  技・パワー・スタミナについてまんべんなくトレーニングを積むことが必要です。  今後、試合経験を積む中で徐々に勝てるようになると思います。

5.鎌田翔平(重量級)・・・1試合目、2試合目ともに本戦判定勝ち、準決勝(沢田秀男選手)は後ろ廻し蹴り(?)で倒れこむ際に顔面を蹴られ一本負け、3位決定戦(佐野忠輝選手)も下段廻し蹴りで一本負けで第4位でした。  試合後、本人に次のような話をしました。

『最初から心身ともに強い人間などいない。  そんな自分の心の弱さと、身体の弱さを日々の稽古や試合や日常生活を通じて克服していくところに武道修行の本質がある。  私(山田)も極真会館に入門して38年経つが未だに自分自身の弱さと直面しながら毎日修行のつもりで生きている。  一緒に強くなっていこうよ。』  

TOP↑

極真空手の「ハレとケ」

1.「ハレとケ」という言葉があります。  ウィキペディアで検索・抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「ハレとケ」とは、民俗学者の柳田國男(やなぎだ・くにお 1875年~1962年)によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。

②民俗学や文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表している。  また、ケ(褻)の生活が順調に行かなくなることをケガレ(気枯れ)という。

③ハレの場においては、衣食住や振る舞い、言葉遣いなどを、ケとは画然と区別した。』

2.①極真空手の場合、「ケ」は日常の稽古、「ハレ」は全日本・全世界などの大会だと思います。  

②明日から大阪で第26回全日本ウェイト制大会です。  晴れ(ハレ)の舞台で選手たちがどんな活躍を見せてくれるか楽しみですね。  

③今日の午後4時から審判講習会です。  私も昼過ぎの新幹線で大阪に向かいます。  よい週末を!  

TOP↑

邱永漢先生『いつもニコニコ?』

作家・経済評論家の邱永漢(きゅう・えいかん)先生が読者の質問に答える形式のサイト『ハイハイQさんQさんデス』の今日の内容を番号を付けて紹介します。

『1.読者からの質問:いつもニコニコ?

①先生に直(じか)にお目にかかったことはないのですが、先生はいつもニコニコされているのでしょうか。

②ツキも運も不景気な顔にはよりついて来ないと思うのですが、先生は普段の気の持ちようとして、どんな風にお考えですか?


2.邱永漢先生の答え

①本の表紙もいつもニコニコしているので、「失敗の中にノウハウあり」という文庫本の解説をしてくれた西和彦さんに、そんなタイトルで、しかも「金儲けの神様が儲け損なった話」という副題がついているのに、ニコニコ笑っているのは不思議ですねと書かれたことがあります。

②だからと言って苦虫(にがむし)噛(か)み潰(つぶ)したよう(・・・ひどく不愉快そう)な顔で表紙に載るわけにもいかないし、またクソ真面目な顔をしてたんじゃ読むほうだっていやなんじゃないかと思います。

③人間は苦しいことが一杯あってもそれを克服して、いつもニコニコしているほうが見栄(みば)えもいいし、そういう心構えで人生を送れば、運のつきもいいんじゃないかと思います。

④あなたもどうぞいつもニコニコ顔で生きてください。』

TOP↑

岡本綾子さん『的を得た一言』

今朝の日経新聞『交遊抄』はルネサンステクノロジソフトボール部監督の宇津木麗華(うつぎ・れいか)さんが書かれています。  『的を得た一言』というタイトルでプロゴルファーの岡本綾子さんについて取り上げています。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①(岡本さんは)センスのいい人で、スイングそのまま、無駄なことを一切そぎ落とし、難しいことをシンプルにして勘所(かんどころ・・・物事の重要な部分)をつかんでしまう。

②私は練習に打ち込み過ぎて視野が狭くなるきらいがあったが、ある日、岡本さんは私を焼鳥屋に連れて行き「これを食べれば打てる」となじみのないスズメを注文。  言われるまま食べると翌日、本塁打が出た。

③「ある一定のレベルに達したら、やみくもに練習してもだめ。  視点や気分を変えることが大事なの」

④弟子の服部真夕選手へのアドバイスも常にワンポイント。  それで服部選手のプレーがガラリと変わる。

⑤的を得た一言の重要さを痛感する毎日だ。』

TOP↑

ドナルド・キーオさん『インディアンと気象予報』

昨日紹介した『ビジネスで失敗する人の10の法則』(ドナルド・R・キーオ著 山岡洋一訳 日本経済新聞社刊)の「法則7 専門家と外部コンサルタントを全面的に信頼する」に面白い話が載っていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①10月になった。  あるインディアン部族の酋長が、今年の冬は厳しくなると予想した。  そこで全員に薪(まき)を集めるよう指示した。

②念のためにアメリカ気象局に電話して、厳冬になるかどうかきいてみた。  「長期予報では、厳冬になる可能性があるとされています」という答えだった。  そこで酋長は念のために、もっと薪を集めるように指示した。

③1週間後にアメリカ気象局に電話すると、厳冬になるだろうという。  そこで、薪になりそうな木片を残らず探すように指示した。

④2週間後、ふたたびアメリカ気象局に電話して、「この冬はたしかに厳冬になると断言できますか」と質問した。

⑤答えはこうだった。  「絶対になります。  インディアンが必死になって薪を集めていますから」』

TOP↑

ドナルド・キーオさん『仕事への熱意』

コカ・コーラ元社長兼COOのドナルド・R・キーオさんが書かれた『ビジネスで失敗する人の10の法則』(山岡洋一訳 日本経済新聞社刊)の「法則11 仕事への熱意、人生への熱意を失う」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①優秀な従業員にとって、収入と地位はたしかに重要だが、それ以上に重要なのは、熱意を燃やして本気で取り組めるものに参加する機会だ。  

②従業員の意欲を高める方法として、深い情熱をもって全身全霊を傾けなければ達成できない課題を与えることに勝る方法はない。

③1907年、アーネスト・シャクルトンは南極大陸横断探検隊の隊員を集めようと、ロンドンのタイムズ紙に広告をだした。

④「求む男子。  至難の旅。  わずかな報酬。  極寒。  暗黒の長い日々。  生還の保証なし。  成功の暁(あかつき)には名誉と賞賛」。

⑤翌朝、少数の隊員に選ばれようと、新聞社には5千人が列を作ったといわれている。』

TOP↑

2009年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年07月