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(66) 1999年~ 三峯神社夏合宿

明日・明後日は秩父の三峯神社で夏合宿です。  私が入門した1971(昭和46)年にはすでに恒例の総本部冬合宿が三峯神社で行なわれていました。  東京城西支部として三峯神社で夏合宿を行なうようになったのは1999(平成11)年からです。  三峯神社のホームページの『ご祭神・由緒』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①景行(けいこう)天皇の時代・・・由緒は古く、景行(けいこう)天皇が、国を平和になさろうと、皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)を東国に遣わされた折、尊(みこと)は甲斐国(山梨)から上野(こうずけ)国(群馬)を経て、碓氷峠に向われる途中、当山に登られました。

尊は当地の山川が清く美しい様子をご覧になり、その昔、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉册尊(いざなみのみこと)が我が国をお生みになられたことをおしのびになって、当山にお宮を造営し二神をお祀り(まつり・・・神としてあがめ、一定の場所に安置する)になり、この国が永遠に平和であることを祈られました。  これが当社の創まりであります。

その後、天皇は日本武尊が巡ぐられた東国を巡幸(じゅんこう・・・天皇が各地をまわること)された時、上総(かずさ)国(千葉)で、当山が三山(雲取山・白岩山・妙法嶽の三つの山)高く美しく連らなることをお聴き遊ばされて「三峯山」と名付けられ、お社(やしろ)には「三峯宮」の称号をたまわりました。

②文武(もんむ)天皇(在位697~707年)の時代・・・修験(しゅげん・・・山林に修行し、密教的な儀礼を行い、霊験を感得しようとする宗教)の祖・役の小角(えんのおづの)が伊豆から三峯山に往来して修行したと伝えられています。  この頃から当山に修験道が始まったものと思われます。

③聖武(しょうむ)天皇(在位724~749年)の時代・・・国中に悪病が流行しました。  天皇は諸国の神社に病気の平癒(へいゆ・・・病気が治ること)を祈られ、三峯宮には勅使として葛城連好久公が遺わされ「大明神」の神号を奉られました。  (中略)

④淳和(じゅんな)天皇(在位823~833年)の時代・・・勅命により弘法大師が十一面観音の像を刻み、三峯宮の脇に本堂を建て、天下泰平・国家安穏を祈ってお宮の本地堂としました。

⑤こうして徐々に仏教色を増し、神仏習合(しんぶつしゅうごう・・・日本古来の神と、外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。  すでに奈良時代から寺院に神がまつられたり、神社に神宮寺が建てられたりした。)のお社となり、神前奉仕も僧侶によることが明治維新まで続きました。   (中略)

⑥後村上(ごむらかみ)天皇(在位1339~1368年)の時代・・・東国武士を中心に篤(あつ)い信仰をうけて隆盛を極めた当山も、1352(正平7)年、新田義興・義宗等が、足利氏を討つ兵を挙げ、戦い敗れて当山に身を潜めたことから、足利氏の怒りにふれて、社領を奪われ、山主も絶えて、衰えた時代が140年も続きました。

⑦後柏原(ごかしわばら)天皇(在位1500~1526年)の時代・・・1503(文亀2)年にいたり、修験者・月観道満は当山の荒廃を嘆き、実に27年という長い年月をかけて全国を行脚し、復興資金を募り社殿・堂宇の再建を果たしました。

⑧後奈良(ごなら)天皇(在位1526~1557年)の時代・・・1533(天文2)年、山主は京に上り聖護院の宮に伺候し、当山の様子を奏上のところ、宮家より後奈良天皇に上奏され「大権現」の称号をたまわって、坊門第一の霊山となりました。  以来、『天台』修験の関東総本山となり『観音院高雲寺』と称しました。

⑨更に、観音院第七世の山主が京都花山院(かざんいん)宮家の養子となり、以後当山の山主は、十万石の格式をもって遇れました。  現在、社紋として用いている「菖蒲菱(あやめびし)」は花山院宮家の紋であります。

⑩1720(享保5)年、日光法印という僧によって、今日の繁栄の基礎が出来ました。  (中略)

⑪以来隆盛を極め信者も全国に広まり、三峯講(こう・・・名山・霊場に参詣するための団体)を組織し三峯山の名は全国に知られました。  

⑫その後明治の神仏分離により寺院を廃して、三峯神社と号し現在に至っています。』

よい週末を。

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伊勢白山道さん『神は鳥を呼ぶ』

今年の2月12日のブログで伊勢白山道さんの著書を紹介しました。  伊勢さんの今日のブログから抜粋し、番号を付けて紹介します。  タイトルは『神は鳥を呼びます』です。

『①先日、久しぶりに散髪に行ってきました。  (中略)  髪を切ると何時も認識するのは、集中力が増すことです。

②では、坊主が良いか?  坊主だと、逆にヒラメキが来ないものです。   やはり「寄り代(よりしろ・・・神霊が現れるときに宿ると考えられているもの)」として、髪の毛が神気を受けています。   各人にも、その時の心の境涯に応じた適切な髪の長さがあります。  長すぎても、短すぎても駄目なのです。

③上級神官(しんかん・・・神主のこと)の姿に、衣冠束帯(いかんそくたい・・・公家の正装のこと)があります。  この姿の学説的な起源や伝えを、私は知りません。

④しかし、霊眼で視ますと非常に霊的な意味が浮かんで来ます。  一番霊的に重要なのは、頭の後方から立ち上り、首下に垂れ下がる帯です。  これは霊的な「寄り代」に関る部分をカバーしています。 

⑤神官が神事を行いますと、この帯に神気が寄ると感じます。  伊勢神宮の巫女(みこ)さんも神事の時は、必ず頭飾りをされていますが、寄り代としての霊的な意味の有る事です。

⑥この次に重要なのは、脇から袖にかけての過剰な余裕です。  おそらく両腕を広げると、鳥の羽の様に広がるでしょう。  

⑦つまり、この装束には、鶏冠(とさか)を付けた「鳥」を感じます。  神様と鳥は、古代から重要な関係性を認識されていたと思います。  神様は、鳥を御使いに利用されるからです。  

⑧伊勢の伊雑宮(いざわのみや)では、今でも現実的に希少な種類の鳥が沢山います。  これは、実際に神様が鎮(しず)まる(・・・神が鎮座(ちんざ)する)証拠でもあります。』

今週末は三峯神社で合宿です。  参考になればと思って紹介しました。

 

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邱永漢先生『本を読む時間』

一昨日に続き、作家・経済評論家の邱永漢(きゅう・えいかん)先生のサイト『もしもしQさんQさんよ』から番号を付けて紹介します。  今日のタイトルは『本を読む時間はプラスの時間です』でした。

『①未来を正確に把握するためには、いままで人間が築きあげてきた過去の知恵を勉強する必要があります。  学問とか、歴史とか、文物とか、生活の手段は人間がこれまでにどんなことをやってきたかを教えてくれます。

②そういう過去の勉強をするのに一番役立つのは読書ではないでしょうか。  いまや読書の内容はパソコンに移りつつありますが、どんな手段によるにせよ、過去の勉強をすることは未来に通じます。  ですから過去の知識を一通り身につけることは、どんな分野で働くにせよ、絶対に欠くことのできない作業です。

③何事をやるにせよ、経験はきわめて大切なことですが、知識は経験に優先します。  どんな経験も身体あってのことですから限りがあります。  

④それに比べると先人の経験や知恵は時間をかけて積みあげられたものですから、こちらがいくら必死になって頑張って見ても、これで全部わかったという域には達しません。  従って研究熱心な人にはとても敵わないのです。

⑤むろん、読書万巻(まんがん・・・たくさんの書物)、本の中に埋もれて生活している人でも、それを活用できない人はたくさんいます。  しかし、全く本を読まないで天才的な行動のとれる人は、少くとも私の視界の中には1人もおりません。

⑥つまり過去の人間の知恵を無視して未来の読める人はいないのです。  ですから本を読む人かどうかを見れば、この人が研究心のある人かどうかがわかります。

⑦研究心のない人で「犬も歩けば棒にあたる」人は先ずありません。  あったとしても尊敬できる人ではありません。

⑧ですから人を見る場合、この人は本を読む人であるかどうかを先ず観察します。  本を読まない人で研究心のある人にあったことはありません。

⑨いくら多忙な人でも電車に乗っている時とか寝る前には本を手にとる時間くらいあるでしょう。  本を読む時間は人生にとってプラスになる時間です。  インテリのことを中国語では「読書人」と言います。』

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宋文洲さん『社員のモチベーションは上げるな!』

ソフトブレーン株式会社創業者の宋文洲さんが書かれた『社員のモチベーションは上げるな!』(幻冬舎刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①成果が上がらない人には、やる気はあっても、やり方の要領を得ていない人がいます。  その人に丁寧(ていねい)に指導するのも上司の仕事です。  しかし、やる気のない部下にやる気を出させる、つまりモチベーションを上げることは上司の仕事ではないと、私はきっぱり言います。  (中略)

②やる気のない人を放っておこう。  やる気のない部下を許そう。  これが本書の?本質?です。  喉(のど)が渇(かわ)いたら、馬は自ら水を探します。  そのときは、馬が真剣に、水の匂いを嗅ぎ分け、道を探すのです。  (中略)

③そもそも他人の気持ちを操作することなど、できません。  親だって自分の子どものモチベーションを上げることは不可能なのです。  いくらガミガミ文句を言っても、学校の成績は上がりません。  まして、赤の他人のモチベーションを上げるなど、できるはずもないのです。

④日本には『馬を水辺に連れて行けても、水を飲ませることはできない』ということわざがありますが、まさにこれです。  (中略)

⑤では、どうすれば部下のモチベーションが上がって、商品も売れるようになるのか。  その答えはお客さんが持っています。  お客さんのニーズをよく聞いて、本当にほしいものをきちんと把握して、それを満たす商品を持っていく。  不具合があるなら、技術者に掛け合って改善してもらう。  

⑥そういうやりとりがあって初めて、お客さんが喜んで買ってくれるのです。  そうすると、部下のモチベーションも自然と上がります。

⑦部下のモチベーションは、上司が上げるものではなく、お客さんのとの関係の中で、本人の心に自然と芽生えてくるものなのです。  いくら「やる気を出せ!  足で売るんだ」と怒って怒鳴り散らしても、部下たちのモチベーションは上がるどころか、下がる一方なのです。』

大山倍達総裁が生前よく『牛を川に連れて行くのは人間の役目、牛が水を飲むかどうかは牛自身の問題』と言われていました。  つまり、『空手を指導するのは指導者の役目、道場生が強くなるかどうかは道場生自身のやる気にかかっている』ということですね。

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邱永漢先生『貴人を探せ』

作家・経済評論家の邱永漢(きゅう・えいかん)先生のサイト『もしもしQさんQさんよ』の7月25日(土)のタイトルは『先ず自分の貴人になる人を探せ』でした。  今年の1月21日のブログでも『邱永漢先生「貴人に会う」』というタイトルで紹介しましたが、今回も番号を付けて紹介します。

『①人が出世をするためには自分の能力を磨くことも大切ですが、恐らく一番大切なことは自分より上の人に認められることです。  出世の手引きをしてくれる人がいなければ、どんなに能力のある人でも出世のきっかけをつかまえることができません。

②そういうきっかけをつくってくれる人のことを中国では「貴人」と呼んでいます。  占いなどで「あなたはいついつどこで貴人に出会いますよ」と言われることがありますが、それをきくと中国人はとびあがって喜びます。  出世のきっかけがつかまったぞと宣言されたようなものです。  

③占い師はそれを開運と呼びますが、私は貴人に出会うまでジッと待っているよりも、「貴人は自分の努力によって探せ」と言っています。  先ず自分のやりたいことを決めてそのために役立つ人を探し、その人に認めてもらうように積極的に行動するのです。

④そのためには自分がかねてから尊敬している人の伝記を読むことです。  その人がどういうきっかけで好運にめぐりあったか、その時どういう対応をしたかを知ったらその真似をすることです。

⑤好運は天井からおちてくることは先ずありません。  偶然にめぐりあうことがあっても、その時、チャンスをつかむことのできる人は常々そのチャンスを狙っていた人に限ります。  

⑥ですから天井からおちてくるのを待つより自分で狙いを定めて自分の方から行動を起すことです。  どういうことがきっかけになって自分の尊敬している人に認められるかは人によって違います。

⑦しかし、そのために努力する時間は私に言わせると「プラスの時間」です。  人は自分にプラスすることは何かとふだんから考えて、そのために持ち時間の多くを使う努力をすることです。  

⑧一旦、そのコツを覚えたら、人はマイナス時間を減らしてプラス時間をふやすようになります。  早起きは三文の得にしかなりませんが、プラス時間の活用は一生の得につながります。』

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(65)2005年 3回世界ウェイト制・22回ウェイト制・37回全日本

1.2005(平成17)年4月30日、東京体育館で第5回女子世界大会が開催されました。  城西関連では木村美代子(横浜川崎)が中量級で準優勝します。

2.翌5月1日、同じ会場で第3回世界ウェイト制大会が開催されました。  城西関連の入賞者は以下の通りです。

①軽量級・・・準優勝・鈴木雄三(東京城北)

②軽重量級・・・優勝・田中健太郎(川崎中原)

鈴木・田中ともに8月23日開催予定の第4回世界ウェイト制大会の日本代表メンバーです。  鈴木は初優勝を、田中は連覇を目指します。

3.2005年6月4・5日、大阪府立体育会館で第22回全日本ウェイト制大会が開催されました。  ベスト8以上に勝ち上がった城西関連の選手を紹介します。

①軽量級・・・優勝・尾崎亮(城西世田谷東)、ベスト8・新倉健太郎(横浜港南)

②中量級・・・準優勝・森善十朗(東京城西)、第3位・森厚友(横浜川崎)、第4位・大塚裕樹(横須賀)、ベスト8・渡辺理想(東京城北)

③軽重量級・・・ベスト8・清水賢吾(東京城北)、村田達也(埼玉県西)、金久保典幸(城西世田谷東)

④重量級・・・ベスト8・松村典雄(横浜北)

森善十朗と村田も鈴木・田中同様、第4回世界ウェイト制大会の日本代表メンバーです。  城西関連で4人出場します。  なるべく多くの皆さんに会場で応援していただければと思います。

4.2005年11月5・6日、東京体育館で第37回全日本大会が開催されました。  城西関連の入賞者は以下の通りです。

①第7位・・・市村直樹(城西下北沢)

②第8位・・・田中健太郎(川崎中原)

5.①2005年11月19日、東京ドームでk-1 WORD GPが開催されました。  準決勝に勝ち上がったピーター・アーツ選手が右肋骨骨折のドクター・ストップで、リザーブ・ファイトに勝利したグラウベ・フェイトーザ選手(ブラジル支部)が準決勝で武蔵選手と戦うことになります。  

②2ラウンド跳び膝蹴りでKO勝ちしますが、決勝ではセーム・シュルト選手に1ラウンド膝蹴りKO負けしました。  2001(平成13)年のフランシスコ・フィリォ選手と同様準優勝です。

③当日、私は旅行で別府(大分県)に行っていました。   夕食を終えた頃、グラウベ選手・準決勝出場の知らせが入り、テレビを見るため、急いでホテルに戻ったことを思い出します。  この旅行では露天風呂の脱衣所でクレジット・カードを盗まれる、という珍体験もしました(笑)。

暑い日が続きますが、よい週末を。
 


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林成之先生『「勝った!」と思うな』

昨日に続き、『望みをかなえる脳』(林成之著 サンマーク出版刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①私がもう一つ北京五輪競泳チームに送った助言があります。  それは、最後の最後までレースの途中で「勝った!」と思うな。  そう思った瞬間、勝利が手からすべり落ちていくという点でした。  (中略)

②私たちが「勝った」「やった」という達成感や完結感を覚えたとたん、脳はその新しい情報にしたがって、思考と運動の間を緊密に連携していた神経伝達経路に一転、周囲との「間合い」を測るような調節機能を働かせることになり、高い緊張感や集中力に支えられていた運動能力を一気に緩(ゆる)ませてしまうのです。

③同じ北京五輪で、「ママでも金」を狙った柔道の谷亮子選手は国内選考会の決勝で一度敗れていますが、試合後のインタビューに、「有効をとっていたので勝ったと思った。  油断した」と正直に答えています。

④しかし正確には、それは油断ではなく(つまり心理的な問題というより)、この場面さえしのげば勝てる、あと少しで勝利が手に入る・・・そう思った瞬間、その一瞬の達成感覚がヤワラちゃんの脳神経に「緩み」を生じさせ、彼女を一流選手たらしめていた心技体の緊密なバランスが崩れて、最高度のレベルで発揮されていた身体・運動の能力を急激に低下させてしまった。  そんな脳科学上のメカニズムが原因と考えられます。  (中略)

⑤むろん、このことは運動の分野だけに限られたことではありません。  ビジネスの世界でよくいわれる、「仕事で満足したら、それ以上伸びない」とか「これでいいと思った地点からさらにハードルを高めよ」といった戒めの言葉にはおそらく、こうした「達成意識が否定作用として働く」脳の仕組みや特性が、無意識のうちにも、経験的に反映されているのだと思います。』

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林成之先生『一気に駆け上がれ!』

脳神経外科医の林成之(はやし・なりゆき)先生が書かれた『望みをかなえる脳』(サンマーク出版刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①北京五輪の直前、競泳のオリンピックチームに招かれて、選手やコーチのみなさんに、世界レベルの勝負に勝つための方法や心がまえを脳科学の側面からアドバイスする機会をもちました。  そのとき伝授した「勝つための脳科学」の要諦(ようてい・・・物事の肝心なところ)の一つに、「一気に駆け上がれ!」というものがあります。

②私が助言を求められたのは、五輪選考会が終わったあと、本番まで数か月の間があるころでしたが、こうした時期、スポーツ選手は一度ペースダウンして、その後、本番に向けて少しずつ調子を上げていくという調整法を取るのが一般的です。  (中略)

③しかし、私は「それでは勝てない」と、その常識的な調整法をまっこうから否定したのです。  なぜなら、人間の能力というのは「一気に駆け上がる」もので、もっとも調子が高まったときや記録の伸び盛りのときにこそ、さらに急激に伸ばしていける、そういう加速度的な性質をもっているからです。  (中略)

④したがって、調子がピークを迎えているとき、記録が伸びているとき、そういうときにこそ、ペースダウンやリラックスするのではなく、逆に、高い集中力と緊張感をもって、よりハードな練習、他の追随(ついずい・・・あとに従うこと)を許さないようなケタ外れの努力をすることが大事なのです。  (中略)

⑤むろん、それはガムシャラな根性論ではなく、科学的な根拠に基づいたものでした。  たとえば運動生理学的には、「絶対に負けない」とか「最初から全力を出し切る」といった強い集中力や緊張感、闘争心や勝負への執着心。  そうした心の高まりには交感神経の働きを刺激し、心臓や肺などの呼吸器系の機能を活発にする作用があります。  (中略)

⑥このとき、ペースダウンしたりリラックスを優先させたらどうなるでしょう。  それが「弛緩(しかん・・・ゆるむこと)」につながって、運動神経系の活性は急激に収縮してしまいます。  脳科学的に見れば、脳というのは余裕がありすぎると、その機能を緩(ゆる)めてしまう性質があるのです。  (中略)

⑦したがって、世界で勝ちたいのなら、高い集中力と緊張感を保ち、常に最高水準の記録を求めて、極限までの訓練を自分に課す。  そして、一歩ずつ調子を上げていくのではなく、頂点に向けて一気に駆け上がってほしい。  それが「ただのすぐれた選手」とスーパーアスリートを分ける分岐点になる。』

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西原理恵子さん『負け方』

漫画家の西原理恵子(さいばら・りえこ)さんが書かれた『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①ギャンブルって無法地帯のようで、実はちゃんと、最低限のマナーがあった。  わたしが師匠に教わったのは、まず「負けてもちゃんと笑っていること」。  これはギャンブルのマナーの、基本中の基本。

②ギャンブルをやる人たちの中には、勝ってるときは調子がいいけど、負けたとたん、グジグジ文句を言ってすねたり、怒り出す人がけっこういる。  そういうのは、もう、ぜんぜん、ダメ。  マナー違反。  ギャンブルなんて負けてあたりまえなんだから、「損した」「損した」って騒ぐくらいなら、最初からやるなって話なのよ。  (中略)

③ギャンブルっていうのはどうやって勝つかじゃない。  負けたときにどう切り返すかだ。  ひと月分の稼ぎが一晩でなくなったとしても、そこで言うギャグのおもしろさを競うくらいじゃないと。

④わたしがバクチを教わった大人たちは、みんな、そうだった。  ものすごい負けたときも、それをどう笑いに持っていくか。  そっちの勝負。  (中略)  だから思うんだけどギャンブルっていうのは、授業料を払って、大人が負け方を学ぶものじゃないかな。  (中略)

⑤誰だって勝つ気で行くんだよ。  勝つ気で行くんだけど、負けることのほうがずうっと多いのがギャンブルなの。

⑥人生だってそう。  勝つことより、負けることのほうがずっと多いし、負けてあたりまえ。  わたしにとってのギャンブルは、そういうときの「しのぎ方」を、型破りの大人たちから学んだところだった。』

空手の試合においても「勝ちっぷり(・・・勝ったあとの態度)」は大事ですが、「負けっぷり(・・・負けたあとの態度)」はもっと大事です。  明日から三連休。  よい週末を。

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皆木和義さん『仕事を好きになる』

『稲盛和夫の論語』(皆木和義著 あさ出版刊)の『仕事を好きになる』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。  皆木(みなき)さんはハードオフコーポレーションの社長で作家・歴史研究家でもあります。

『①「子(し)曰(いわ)く、これを知る者は、これを好む者に如(し)かず。  これを好む者は、これを楽しむ者に如かず。」・・・孔子(こうし)は言った。  「知っているというのは好きなのに及ばない。  好きなのは楽しむには及ばない」と。  (中略)

②私たちは「仕事をする」こと抜きでは充実した人生は送れないのです。  長く仕事を続けていくには大きなエネルギーが必要になります。  そのエネルギーは、自分自身を励まし、燃え上がることで湧(わ)きあがってくるものなのです。

③自分が燃えるための最もよい方法は、仕事を好きになることです。  どんな仕事であっても、全力を打ち込んで遂行(すいこう)すれば、大きな達成感と充実感、自信が生まれます。  結果的に、次の目標にチャレンジする意欲もみなぎってきます。

④この循環(じゅんかん)を繰り返していくと、間違いなく仕事がどんどん好きになります。  やがて、どんな努力も苦にならなくなり、すばらしい成果を生むことができる。  これが孔子の言う「楽しむ」という境地(きょうち)です。  (中略)

⑤もちろん、いくら好きだと言ってもビジネスです。  自分の満足よりも、お客様の満足を優先させなければなりませんし、やりたくない業務も苦手な仕事を手がけなければならないシーンも出てくるでしょう。 

⑥しかし、達人はそれをも楽しむのです。  「楽しむ」とは受身ではなく、「楽しめる領域まで昇華(しょうか・・・より高度な状態に高められること)させる」という積極的な姿勢です。

⑦人は誰しも、いずれはその道のプロとして自立していかなければなりません。  その過程では、辛(つら)いこと、苦しいことは必ずあります。  

⑧しかし、自分の選んだ道を信じ、好きなことに照準(しょうじゅん)をあわせて一心不乱(いっしんふらん)に取り組めば、どんな困難な状況でも乗り切れます。  仕事というものは、精いっぱい打ち込めば打ち込むほど、どんどん好きに、楽しくなっていくものなのですから。』

空手修行も一緒ですね。  修行の過程では辛いことや苦しいことが必ずありますが、稽古を続けるうちに、どんどん好きに、楽しくなっていくものです。  そういう状態になれば、空手修行をやめられなくなります。

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藤尾秀昭さん『言葉』

『小さな経営論』(藤尾秀昭著 致知出版社刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①人は一生のうち、どのくらいの言葉に出会うのでしょうか。  おそらく、無数、無限の言葉と出会うのだと思います。

②その無数、無限の言葉と出会う中で、あるとき、ストーンと心に落ちる言葉がある。  心の土壌に言葉の種がうまく合致したとき、その言葉はその人の心の中で大きく育ち、その人の運命をも形づくっていくものとなる。

③どうも言葉とはそういうもののようです。

④みなさん、言葉というのは聞くだけでは駄目なんです。  自分の心の中にストーンと入るかどうかなんです。  心の中にストーンと言葉が入ったとき、その言葉はその人を生かしていくエネルギーのもとになるんですね。』

今日も、昨日に続いて「言葉」についての話でした。  ブログを通して、皆さんの心の中にストーンと入る言葉を一つでも紹介できれば幸せです(笑)。

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『励まされる言葉』

昨日(7月13日)の日経新聞朝刊1面の『春秋』から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①スポーツジャーナリストの二宮清純さんによれば、選手に一番印象に残っている言葉を聞くと、例外なく調子の悪いときかけてもらった言葉を挙げるという。  「どん底時代のことほど記憶に残るんでしょうね」。  将棋の羽生善治さんとの対談でそう語っている。

②人垣はどこへ消えたのか。  落ち目になった選手には、人も寄ってこなければ電話もかかってこない。  だからこそちょっとした言葉でも身にしみ、心にも響く。  (中略)

③先日、パリの街頭インタビューで「励まされる言葉」を聞かれたフランス人が口々に披露するのをNHKテレビで見た。  なかなか面白い。

④例えば「起こることは受け入れなければならない」。  答えたパリジェンヌ自ら、「とても簡単な、少しZEN(禅)風の表現ね」と解説したりもする。  

⑤なかでも「さあ、一緒にお茶でも飲もう」が気に入った。

⑥そういえば、二宮さんによると野球の野茂英雄さんが一番うれしかった言葉は「今度、飯でも食いにいくか」だそうだ。  渡米前ケガで2軍落ちしたとき、練習場までやってきた評論家の権藤博さんに誘われたという。

⑦励ましの要諦(ようてい・・・物事の肝心なところ)、洋の東西に関係はない。』

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(64) 2004年 21回ウェイト制・36回全日本

1.2004年6月12・13日、大阪府立体育会館で第21回全日本ウェイト制大会が開催されました。  ベスト8以上に勝ち上がった城西関連の選手を紹介します。

①軽量級・・・第3位・尾崎亮(城西世田谷東)

②中量級・・・第4位・里山義和(城西世田谷東)、ベスト8・村田達也(埼玉県西)、本多悟朗(城西国分寺)

③軽重量級・・・ベスト8・清水賢吾(東京城北)

④重量級・・・ベスト8・徳元秀樹(横浜港南)、小竹一也(茨城常総)

2.①11月6・7日、東京体育館で第36回全日本大会が開催されます。  田中健太郎(川崎中原)が、優勝しました。  城西関連の入賞者は田中だけです。  

②田中の試合結果は以下の通りでした。
 
1回戦(西野和弥戦)・・・本戦判定勝ち

2回戦(山下輝貴戦)・・・本戦判定勝ち

3回戦(小竹一也戦)・・・本戦判定勝ち

4回戦(村田達也戦)・・・本戦判定勝ち

準々決勝(池本理戦)・・・不戦勝

準決勝(マキシム・デディック戦)・・・本戦判定勝ち

決勝(徳田忠邦戦)・・・本戦判定勝ち

③全日本青少年大会の高校生の部で優勝して以来、将来を期待されていた田中が23歳で初優勝を遂げました。  城西関連では、大西靖人(第15回大会)・黒澤浩樹(第16回大会)・増田章(第22回大会)・田村悦宏(第24回大会)に続き、12年ぶり5人目の全日本チャンピオンの誕生です。

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宋文洲さん『どん底の効用』

今日配信されてきた宋文洲(そう・ぶんしゅう・・・ソフトブレーン株式会社の創業者)さんのメールマガジン『論長論短』から抜粋し、番号を付けて紹介します。  タイトルは『どん底の効用』です。

『①高速道路をずっと走ると眠くなるように、人間は良い調子が続くと必ず惚(ぼ)けてきます。  当然、人間の塊(かたまり)である組織も同じです。

②人間の本当の力が試されるのはうまく行っている時ではなく、どん底に陥(おちい)った時です。  どん底で喘(あえ)いでいる間に智慧(ちえ)と闘志が磨かれる人もいれば、自暴自棄(じぼうじき・・・やけ)になる人もいて、消え去る人もいるのです。

③好きでも嫌いでもどん底が訪ねてくるものです。  どん底の深さは人によって異なりますし、その人自身の深さによってどん底の深さの感じ方も違うのでしょう。

④しかし、中途半端などん底はよくありません。  どうせなら自己否定と自己険悪(じこけんお)に繋(つな)がるほどのどん底がいいと思います。  所詮(しょせん)、人間の本当の反省はどん底に落ちないとできないからです。

⑤「反省だけなら猿でもできる」といいますが、それは人様に見せるための偽(にせ)反省だからです。  いわゆる他人のための反省であり、これ以上の非難を避けるための手段に過ぎないのです。

⑥部下のミスや過ちをみて「反省しろ」と上司がいうと、「はい。反省します」と部下が言います。  はっきり言ってこれはただの茶番(ちゃばん)です。  人様に言われて反省する人などは居ません。  部下が本当に反省する時は痛みを感じてこれ以上逃げ道がなくなり、しかもだいぶ時間をかけてその痛みを噛み締めた時でしょう。  (中略)

⑦傲慢(ごうまん)が怠慢(たいまん)を呼び、怠慢がどん底を招きます。  どん底が反省を引き起こし、反省が成長をもたらします。  成長が頂点を迎えると傲慢が静かに生まれます。  (中略)

⑧どん底はつらいのですが、過剰に心配することがありません。  それは自分達ができない真の反省を神様が促(うなが)してくる過程と思えばいいのです。  いつも「反省しない奴」を嫌うこともありません。  本当にそんな人間であれば、いずれどん底に陥(おちい)って反省をせざるをえなくなるでしょう。

⑨人間、組織、そして国家の本当の強みはどれほどの栄光を経験したことではなく、どれほどのどん底を経験し乗り切ったかということでしょう。  成長とは頂点から始まるものではなくどん底から始まるものです。』

よい週末を。

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白石豊先生『苦しい時こそ笑顔で』

福島大学教授の白石豊先生が書かれた『本番に強くなる』(筑摩書房刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。  白石先生はアトランタオリンピックでは女子バスケット、シドニーオリンピックでは新体操の日本代表チームのメンタルコーチを務められました。

『①〝苦しい時こそ笑顔で〟。  これは、私がメンタルトレーニングを指導している選手達に、たえず言い続けている言葉である。  (中略)

②1996年にアトランタオリンピックに出場した日本女子バスケットボールチームのメンバーには、〝苦しい時こそ笑顔で〟を合い言葉にしようと教えていた。  そして奇跡が起こったのである。  (中略)

③出場できるのは12チーム。  この中で日本のランキングは、11位でしかなかった。  初戦でロシアに敗れた日本は、2戦目で世界2位の中国と対戦した。  日本チームも善戦したが、世界の壁は厚く、前半を終えて16点もの大差をつけられてしまった。

④後半も苦しい戦いを強いられたが、残り15分ほどのところで、突然、5人の選手がいっせいに笑顔を見せたのである。  ほんの一瞬のことだったが、私にははっきりと見て取ることができた。  同時に何かが起こるのではないかという思いが湧いてきた。  

⑤今も日本リーグの連続得点王(2006、2007年)として活躍している小磯典子選手の絶妙なフックシュートが決まったところから、急に流れが変わってきた。  次々と日本のスリーポイントシュートが決まり始め、逆に中国に焦りが見られるようになった。  

⑥そして残り2分を切ったところで、エース萩原美樹子選手のスリーポイントシュートが決まって、ついに同点となった。  さらに相手のシュートミスからリバウンドを奪い、パスを受けた萩原選手が一人で持ち込んで勝ち越しのシュートを決めたのである。

⑦試合終了のブザーが鳴った。  世界11位の日本が世界2位の中国を破った瞬間だった。  メンタルコーチとしてベンチの横にいた私は、あまりの出来事にコートで抱き合う選手達を呆然(ぼうぜん)と見つめていた。  まさに鳥肌が立つようなシーンだった。

⑧私は、選手達が、残り15分で見せたあの笑顔を、10年以上経った今も鮮明に覚えている。』

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本郷孔洋先生のブログ

様々な業界に私が尊敬する人が何人かいます。  公認会計士で辻・本郷税理士法人理事長の本郷孔洋(ほんごう・よしひろ)先生もその一人です。  先月末も赤坂でおいしい和食とワインをごちそうになりました。  毎日、何人かの方のブログを読みますが、本郷先生のブログがわたし的には「面白さナンバーワン」です。  7月3日のブログから抜粋し、番号を付けて紹介します。

『(1)家出
  
①家出を決心した奥さんが、実家に帰る途中、思い直して家に戻った。
  
②家に戻ってお手伝いさんに、「仲直りのお祝いに、シャンペンを用意して頂戴。」
  
③「シャンペンはもうありません。  奥さんが出て行かれたお祝いに、旦那さんがもう2本もお飲みになりました。」
  
④逆の方が多いかも(笑)。

(2)郵便局
  
①郵便局で腕をギブスした男が、女性に声をかけました。  「すみませんがこの絵葉書に、ここにメモした住所を書いてくれませんか?」
  
②女性は喜んで、代筆してあげました。  「ほかにお手伝いできることは?」
  
③「はい、追伸も書いてもらえますか。  汚い字ですみませんって。」
  
以上、週刊新潮「読むマンガ」より。』
  

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第17回全関東大会

昨日は全関東大会でした。  本部席前のAコートを中心に見ていたのでAコートで試合した東京城西支部の選手についてコメントします。

1.一般女子および一般新人戦・・・全体に共通して気づいたことを挙げてみます。

①相対的に試合出場に向けてのトレーニング量が不足している・・・試合に勝つためには、技・パワー・スタミナの三面をまんべんなく強化する必要があります。  質も大事ですが、まずはある程度の量がなければ質の向上も望めません。  新人戦とはいえ、全関東地区の代表選手と戦うのですから、少ないトレーニング量で勝てるほど甘くはないと思います。

②下がる(後退する)・・・試合の判定基準は、(1)ダメージ、(2)有効打、(3)手数・足数の順です。  しかし経験上、前に出る選手に比べると下がる選手に対する審判評価は低いものです。  試合中に下がってラインを割ることは可能ですが、仮に屋内の決闘で壁に追いつめられたら一方的に攻撃されることを意味します。  下がって勝つには、下がりながらも相手にダメージを負わせるような攻撃力が必要です。

③1・2(ワン・ツー)、1・2・3(ワン・ツー・スリー)の連打で相手をせっかく崩しているにも関わらず、そこで攻撃の手を休め、見てしまう・・・理想的な組手は「崩し→決め」の連続攻撃です。  せっかく崩しても、決めの攻撃がなければ、崩す意味がありません。

④敢闘精神の不足・・・かって、ボクシング世界チャンピオン・渡辺二郎さんが試合後のインタビューで、「ボクシングも最後はどつき合いですから」と言っているのを聞いて感銘を受けた記憶があります。  言葉悪く言えば空手の試合も「礼儀とルールのある喧嘩」です。  敢闘精神、つまりファイティングスピリットが一番大切です。

ちょっと辛口の講評ですが、昨日出場した選手達の更なる可能性が私には見えるので、あえて書きました。

2.一般選手権・・・小林大起が優勝しました。  

①三年前の高校入学時に、空手をやるためお父さんと一緒に大阪から東京に出てきました。  途中、二度の顔面殴打・失格負けや、手首の骨折などのアクシデントもありましたが、今回の優勝である程度報われたと思います。

②6月のウェイト制大会で住谷選手に延長2回判定負けしたあと、トレーニング量の確保について本人と話しました。  この1ヶ月間は以前に比べると多めにトレーニングしたようです。

③次は全日本選手権でチャンピオンになるべくトレーニングを積んでいってもらいたいと思います。

このブログを書いていたら大起と一緒にお父さんが挨拶に来られ、今、帰られました。  三人で今後のことについて色々話をしました。  お父さんにとっても、大阪から出てきたこの三年間の苦労が実ったんだと思います。  また、私もお預かりした責任が少しは果たせたかなと、ちょっとほっとしています。

ダイキー、おめでとー。  



   

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北岡伸一先生『運命の女神』

昨日の日経新聞夕刊に東京大学教授の北岡伸一先生が『運命の女神』というタイトルの文章を書かれていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①イタリアの古い諺(ことわざ)に、「運命の女神は前頭部にだけ毛があるが、後頭部ははげている」というものがある。

②したがって、運命の女神とすれ違ったときに、あっと思って手を伸ばしても、後頭部には毛がなくて、捕まえることが出来ない。  あらかじめ、今にも運命の女神に出会うかもしれないと身構えているものだけが、彼女の前髪を捕まえることが出来る、という趣旨である。

③チャンスは何時訪れるか、わからない。  訪れるかどうかもわからない。  しかし待ち構えているものだけが、チャンスを捕まえることができるという見方には、大きな真実が含まれている。  (中略)

④学生諸君には、これからの人生で、積極的に運命の女神の前髪を捕まえに行く人になってほしいと思う。』

日曜日は全関東大会です。  よい週末を。

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浅見帆帆子さん『本音で選ぶ』

作家・エッセイストの浅見帆帆子(あさみ・ほほこ)さんが書かれた『宇宙につながると夢はかなう』(フォレスト出版刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①たとえば、人から頼まれごとをされたとします。

②あなたの本音ではあまり気が進まないのですが、人間関係を考えると断るのも簡単ではない・・・そういうときに、それをしたほうが「よいか、悪いか」ではなく、「楽しいか、楽しくないか」で決めるのです。

③または、どちらのほうがあなたの気持ちが楽になるか、です。

④これは事業にかかわる大きなことでも、日々のちょっとした頼まれごとでも同じです。  断ってそれをしないほうが気持ちが楽になるか、無理にでもしてしまったほうが気持ちの負担が少ないか、あなたの気持ちがより快適になるほうを選べばいいのです。

⑤答は、そのときの状況やあなたの立場によって変わるので、必ず「断るほうがいい」 「引き受けるほうがいい」といつも決まっているわけではありません。

⑥でも変わらないのは、あなたの本音はあなたに必要な情報を与えているということです。』

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守屋淳さん『歴史は繰り返す』

中国古典研究家・戦略論研究家の守屋淳(もりや・あつし)さんが書かれた『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』(講談社刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①筆者には藤高裕久(ふじたか・ひろひさ)先生という中国史の師がいるのですが、中国の歴史における繰り返しのパターンについて、次のように教えてもらったことがあります。  (中略)

②始皇帝(しこうてい)で有名な秦(しん)という王朝は、法律と賞罰を基本とする政治を行なっていました。  (中略)  このやり方は、中国を統一するまではうまく行ったのですが、統一後にうまく機能しなくなります。  なぜか。  秦には人に与える恩賞がなくなった、つまり「パイ(土地)がなくなった」からなのです。  (中略)

③たった15年で秦が倒れると、嫌な話ですが、戦乱の時代となり、殺し合いによって人口が減ってきます。  そうすると、また土地は余ることになり、「パイができる」のです。  やがて中国を統一した勢力は、その余ったパイを恩賞として、うまく政治を機能させますが、パイがなくなるとまた反乱がおきて・・・。  (中略)

④劉邦(りゅうほう)が樹立した漢(かん)も、紀元前90年頃には〈パイの不足〉に見舞われ、財政が逼迫(ひっぱく・・・行き詰って、ゆとりのない状態になること)し始めるのです。

⑤そこで登場したのが霍光(かくこう)という人物。  (中略)  彼の果たした役割を簡単に言うと、『「利益」だけで人々を満足させるのが難しくなったので、「価値観」で人々を満足させよう』と考え、舵(かじ)を切ったことです。  (中略)

⑥その役目を担(にな)わされたのが、いわば「人は美しく生きてこそ価値がある」と唱(とな)える儒教(じゅきょう)の教えでした。  (中略)  この試みは、霍光以後も代を重ねながら続けられ、漢王朝の前後400年にわたる長い統治(とうち・・・主権者が国土・人民を支配し、治めること)の礎(いしずえ・・・物事の基礎となる大事なもの)となっていきます。

⑦そして、この手法をそっくり踏襲(とうしゅう・・・先人のやり方や説をそのまま受け継ぐこと)したのが、日本の徳川家康でした。  (中略)  覇権(はけん・・・他の者に勝って得た権力)を握った徳川家康が導入したのが、やはり儒教の教えと、それをベースにした武士道でした。  (中略)

⑧ここでも「利益」から「価値」という転換が図られ、徳川300年の基礎が築かれたのです。』

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2009年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年08月