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最近の新聞記事から

最近の新聞記事から抜粋し、番号を付けて紹介します。

1.『ぜんそくは、人生の武器になる』(スピードスケート金メダリスト 清水宏保さん――3月30日 朝日新聞夕刊)

『①(前略)逆にいえば、ぜんそくは人生の武器になる。  この病を抱えた人は、常に心肺に意識がいく。  その分、健常者より繊細になれるのだ。  内臓や筋繊維と対話する意識が生まれてくれば、運動能力、メンタル面での強さにつながっていく。

②僕は最終的には、試合前に自分の心拍数をコントロールして下げることができるようになった。  これは試合前にメンタルリハーサルをすることによって可能になる。  レース前に、1本マックスで滑るのだ。  これによって、本番のレースのプレッシャーから解放される。』

2.『アスリートは強いのか――心のケアはどこに』(3月30・31日 日経新聞)

『①鍛え上げた「肉体」を持つアスリートだが、「心」まで丈夫な訳ではない。  心の問題が顕在化する中、スポーツ選手に対するメンタルケアの重要性がクローズアップされている。  

②「準備運動もろくにしないでやろうとしても無理だよ。  がんばって最初から体を動かしてみれば?」。  柔道五輪代表の性格分析を担当してきた大阪教育大学の船越正康・名誉教授は声をかけた。  相手は誤審で敗れた後、「体が動かない」と訴えてきた重量級の選手。  はっと我に返った選手が、練習を再開するまでに時間はかからなかった。

③重量級のこの選手は「職人気質」とされるタイプ。  「独創性を尊重し(中略)筋道を通し説明し納得させること」。  船越さんの言葉は、この指導ポイントにのっとった上での「選手独自の感性」に訴えるアドバイスだった。

④夜は眠れず、なんとなく気分がすぐれない――。  過度の練習が招く「オーバートレーニング症候群」について、「選手は引き返す方法を知らないのではなく、経験がないだけ。  時には止めてあげることが必要」と犬山病院精神科の黒川淳一医師はいう。  うつ病と自覚症状がよく似ているというこの状態に陥った時に必要なのは休養。』

3.『自殺「3月の月曜」危険』(3月31日 朝日新聞)

『①「3月の月曜日」の自殺者が1日あたり平均105人にのぼり、最も多いことが内閣府の調査で明らかになった。  年度末と週初めという生活環境の変化が重なることが要因とみられる。

②内閣府によると、2004年から5年間の自殺者数を月別にみると、3月が最多の1日あたり91.0人で、4月87.5人、5月86.6人の順。  最も少ないのは12月で72.9人だった。

③曜日別では月曜が92.8人と最多で、週末の土曜、日曜は少ない。  また月初めや月末に多い傾向がある。

④月と曜日で合わせてみると「3月の月曜」が平均105.3人で最も多く、最少は「12月の土曜」の63.1人だった。』

英語には「ブルーマンデー(blue Monday 憂うつな月曜日)」という言葉があります。  私も月曜日は苦手です。  特に雨の月曜日がダメです。  誰か月曜日に元気になる方法を教えてくれないかな~(笑)。

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加藤俊朗先生『呼吸の本』

詩人の谷川俊太郎先生が加藤俊朗先生に質問する形式の『呼吸の本』(サンガ刊)を読みました。  加藤先生は『加藤メソッド』という呼吸法を指導されています。  『何で丹田が大事なのですか?』という質問の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①だれにでも辛いことはあるんです。  だからって、どうってことはないんです。  乗り切っていける力を人はだれでももっているからです。

②その力が湧き出てくるところが丹田です。  だれでも人生の荒波を乗り切れるということです。  こういう力をもったお母さんを「肝っ玉母さん」と呼ぶそうです。  ですから丹田は「肝っ玉母さん」ですね。

③今、世の中が乱れていますよね。  人の心が荒れてます。  想念の波動が荒れて低くなってます。  右を向いても左を見ても、景気の悪い話ばっかりです。

④このようなとき、淡々と颯爽ハツラツと生きられるように感じられたら、丹田ができてきた証拠です。  物事に動じなくなってきたら、胆(はら)ができてきたんです。』

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山田真哉さん『目のつけどころ』

公認会計士の山田真哉さんが書かれた『目のつけどころ』(サンマーク出版)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.「紳竜の研究」という有名なDVDがある。  そのなかに、吉本興業の養成所、NSCの学生に向けた授業風景を録画した部分があるのだが、これがすばらしくおもしろい。  その授業で、島田紳助さんがこう話している。  「お笑いを始めようとしたときにまずしたのは、教科書をつくることでした」  これを聞いたときに私ははっとした。  というのも、私もことあるごとに、手づくりの「教科書」をつくっていたからだ。

2.経済評論家の勝間和代さんは、どう見てもスーパーウーマンである。  平凡な女性が逆立ちしてもマネできない、超一流のできる人だ。  が、勝間さんがほんとうにすごいのは、自分を「すごい人」に見せるのではなく、読者に対して「私にもできるかも」と思わせられることだ。  そのための工夫が、勝間さんの使っているステーショナリーなどの愛用品を、広く読者に紹介すること。  そうすることで、読者との距離感を縮めているのだ。

3.思考の間(ま)は、ビジネスには必須とさえいえる。  ある人気ブロガーは、ブログの質を高めるために、文章を一度プリントアウトして、紙で読み直してからアップするそうだ。  この作業も、思考の間を意識して空けることのひとつといえる。

4.「いい考えなら覚えているだろう」と思うのは、甘い。  人は書きだしておかないかぎり、キレイさっぱり忘れてしまう生き物だ。  というのも、考えはしょせん考えにすぎないからだ。  猛烈に感動し、誰かに話したり、涙を流したりしたならば、長期にわたり記憶として残るかもしれない。  だが、そうでないかぎり覚えていることはない。  人間は経験とリンクさせた記憶でないと忘れてしまうのだ。

5.私の経験上、「目のつけどころ」というのは、自ら編み出したものより、誰かの目のつけどころのよさに感心し、「これいい!  いただき!」とマネしたもののほうが、ずっと効果が高い。  というのも、自分が「心を動かされた」ということは、自分以外の誰かも心を動かされる可能性があるからだ。  自分が驚き、感動したものを、「目のつけどころ」としてストックして、それを実際に使って自分のパターンにしていく。  誰かの「目のつけどころ」を盗むのが一番効率がいいのだから、これほど楽な訓練もない。  目のつけどころのいい意見に出会ったら、「すごいな!」とただ感心するのではなく、「いただき!」と思うことが大事なのである。』

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渡辺政隆さん『生命の起源』

2月22日のブログで紹介した『種の起源』(ダーウィン著)の新訳書の訳者・渡辺政隆さんが書かれた『ダーウィンの夢』(光文社新書)を読みました。  『生命の起源』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①地球は46億年前に誕生したといわれてもぴんと来る人は少ないだろう。

②人の一生はたかだか100年。  見知っている身内にしてもせいぜい三代か四代くらい前までが限界である。  それに対して地球の歴史ということになるととにかくスケールが大きい。

③46億年前・・・地球の誕生

38億年前・・・生命の誕生

3億7000万年前・・・四つ足の脊椎(せきつい)動物の(水中からの)上陸

2億3000万年前・・・恐竜と哺乳動物の出現

6550万年前・・・恐竜の絶滅

700万年前・・・最初の人類(猿人)の登場

20万年前・・・現在のヒトにあたるホモ・サピエンスの登場

④要するに地球の歴史の中で生命、それも人間に関係する大きな出来事が起こったのはすべてつい最近のことなのだ。

⑤38億年前の生命の誕生を元日の午前零時に設定し、現在までを1年とすれば生命カレンダーとなる。  われわれホモ・サピエンスの出番は、この生命カレンダーでは大晦日の午後11時30分頃、すなわち紅白歌合戦のフィナーレか、行く年来る年の冒頭あたりになってしまう。

⑥地球の長い歴史の中で人類がいかにちっぽけな存在かが大いに実感できる。』

よい週末を。

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渡辺淳一先生『健康になるための要点』

『煩悩クリニック』(渡辺淳一著 中公文庫)を読みました。  直木賞作家の渡辺先生は医学博士でもあり、作家になる前は整形外科医をされていました。  『ストレスと病気の関係』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「健康」ということが、いま多くの人々のもっとも関心のある問題になっていますが、どうしたら健康になれるかという方法論になると、いろいろ難しいことをいう人が多いようです。

②一応それなりに、もっともらしいことがいわれていますが、健康になるための要点を一口でいうと、全身の血がよく流れるようにすること、この一点に尽きると思います。

③きれいな血が淀まず、さらさらと流れることが大事で、いつも全身に血がスムーズに流れていれば、そうそう病気になることはありません。  逆にこの血の流れが淀んで汚れると不健康になる。

④健康な状態、不健康な状態を単純にやさしくいうと、こういうことになると思います。』

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渋沢栄一『逆境』

『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一著 守屋淳訳 ちくま新書)を読みました。  渋沢栄一(1840~1931)は約470社もの企業の創立・発展に貢献した実業家です。  『立派な人間が、真価を試される機会』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①時代の推移につれて、常に人生には小波乱のあることはやむを得ない。  だから、その渦中に投じられて、逆境に立たされる人も常にいるのであろうから、「世の中に逆境は絶対にない」といい切ることはできないのである。

②ただ、逆境に立たされる人は、ぜひともその生じる原因を探り、それが「人の作った逆境」であるのか、それとも「人にはどうしようもない逆境」であるのかを区別すべきである。

③このうち「人にはどうしようもない逆境」とは、立派な人間が真価を試される機会に外ならない。  では、「人にはどうしようもない逆境」に立たされた場合、その境遇にどう対処すべきなのかというと、わたしは神様ではないので、それに対する特別の秘訣を持っているわけではない。

④しかし、わたし自身が逆境に立たされたとき、自分でいろいろと試し、また何が正しい道筋なのかという観点から考えてみたことがある。  その内容をここで明かしてしまうと、それは逆境に立たされた場合、どんな人でもまず、「自己の本分(自分に与えられた社会のなかでの役割分担)」だと覚悟を決めるのが唯一の策ではないか、ということなのだ。

⑤現状に満足することを知って、自分の守備範囲を守り、「どんなに頭を悩ませても結局、天命(神から与えられた運命)であるから仕方ない」とあきらめがつくならば、どんなに対処しがたい逆境にいても、心は平静さを保つことができるに違いない。

⑥ところがもし、「このような状況はすべて人のつくり上げたものだ」と解釈し、人間の力でどうにかなるものであると考えるならば、無駄に苦労の種を増やすばかりでなく、いくら苦労しても何も達成できない結果となる。

⑦だからこそ、「人にはどうしようもない逆境」に対処する場合には、天命に身をゆだね、腰をすえて来るべき運命を待ちながら、コツコツと挫けず勉強するのがよいのだ。

⑧これとは逆に、「人の作った逆境」に陥ったらどうすればよいのだろう。  これはほとんど自分がやったことの結果なので、とにかく自分を反省して悪い点を改めるしかない。  世の中のことは、自分次第な面も多く、自分から「こうしたい、ああしたい」と本気で頑張れば、だいだいはその思いの通りになるものである。』

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大野裕先生『有酸素運動の効用』

19日の日経新聞夕刊で慶応義塾大学保健管理センター教授の大野裕先生が『有酸素運動の効用』という文章を書かれていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①私の患者さんの一人に、仕事を辞めたことをきっかけにうつ状態になった人がいる。  (中略)  幸いその人は、比較的スムーズにうつ状態から脱することができたが、そのひとつの理由として、運動を始めたことを挙げていた。  

②毎日欠かさず筋肉トレーニングを続けているという。  そうした運動をしてひと汗流すと、くよくよ考えていたことがあまり気にならなくなって、気持ちが楽になるというのだ。

③年齢にかかわらず、有酸素運動にうつ状態をやわらげる効果があるというのは、いろいろな研究で実証されてきている。  有酸素運動はジョギングやウオーキング、スイミングなど持続的に行う運動だが、持続的に筋肉を使い続けるという点では、その男性がやっている筋肉トレーニングも同じ効果があるのだろう。

④私たちが手伝っている介護予防事業でも、そのことを裏づけるデータが出ている。  軽いうつ状態の高齢者は、筋肉を使って運動機能を向上させるサービスを受けることで気分が改善しやすいという結果が出たのだ。』

空手の稽古にも有酸素運動と筋肉トレーニングの要素が含まれています。  大野先生が言われるような気分改善効果があるはずです。  稽古が終るとなぜかスッキリしますから。

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山元一力先生『富岡八幡宮』

朝日新聞夕刊のインタビュー連載『人生の贈りもの』の今週分は直木賞作家の山元一力先生です。  昨日分から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『――時代小説に本格的に取り組まれたのは1994年、東京の下町、江戸の風情の残る深川・富岡に引っ越してからですね。  町の中心にある富岡八幡宮への参拝が日課と聞いています。

①オール讀物新人賞には届いたけども、直木賞になんかノミネートもされないときに、町の長老に「何とか早く行くようにお願いしてるんですよ」って言ったら、その人が二つ、教えてくれたんだよ。

②ひとつは「あの参道の真ん中を歩いちゃあいけないよ、神様の道だから。  端を歩け」と。

③もうひとつは「行って、お願いするんじゃなしに御礼を言え」と。  「きょうも一日、無事に過ごすことができました」と、御礼を伝えるために行くんであって、「お願いごとをするんなら、別に作法がある。  ちゃんと中に入って、祝詞(のりと)をあげてもらって、そのためのお金を払って、やってもらうんならいい」と。

④お賽銭(さいせん)は、自分が無事に過ごしてられることへの御礼のお金だと、そう教えられた。

――お恥ずかしい。  賽銭でお願いごとをたくさんしていました。

俺だって、やってたんだから。  たかだか10円玉1個ぐらいで。  とんだ了見違いだったんだ。』

明日は都合によりブログを休みます。  週末は三連休ですから、次回は火曜日にお目にかかります。

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北尾吉孝さん『松下幸之助さんの言葉』

SBIホールディングスCEOの北尾吉孝さんが書かれた『逆境を生き抜く 名経営者、先哲の箴言』(朝日新書)を読みました。  パナソニックの創業者・松下幸之助さんの『好況よし、不況さらによし。』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①私(北尾さん)流に解釈すれば、この言葉には二つの意味があると思う。

②一つは、長い間には「悪いときを乗り越えなければならない時期」が必ずあるということだ。  よい時期、悪い時期と多様な経験をするなかで、人は成長する。  会社もやはり同じで、悪いときもあれば、当然ながらよいときもある。  そんな当たり前の事実を、まずは認識しておくべきだというのが一つ。

③もう一つは、不況は会社にとって本物に生まれ変われるチャンスだということだ。  不況のときは普通のことをやっていてもだめ。  となれば、そういう状況の中でこそ、思い切った発想、新しい発想が生まれてくる。

④松下さんはこうも言っている。  「かってない困難からは、かってない革新が生まれ、かってない革新からは、かってない飛躍が生まれる。」  私(北尾さん)もそう思う。  困難があると、必死になって考える。  しかし、その困難の程度が非常に大きいと、普通のやり方では乗り越えられない。  つまり、従来の発想から大きな転換をしないと乗り越えられないとわかる。

⑤松下さんの次の言葉がそのヒントを示している。  「5%より30%のコストダウンの方が容易。」  言うまでもなく、30%のコストダウンというのは並大抵(なみたいてい)のことではない。  けれど、30%のコストダウンをやろうとなれば、ゼロから見直さなければならない。  そういう抜本的な発想につながるのだ。    

⑥つまり、雑巾(ぞうきん)を絞っても一滴も出ないというのであれば、新たな発想を考えようとなるのは自然な話。  そういう機会を与えてくれるのが不況だと思う。  まったく別の発想でものを考えるようになるし、それは大胆な変革になってくる。』

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坪野吉孝先生『見かけ年齢』

昨日の朝日新聞夕刊に東北大学教授の坪野吉孝先生が書かれた『見かけ年齢 死亡率と関係』というリポ-トが載っていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①自分の実際の年齢より若く見えるか老けて見えるかを気にする人も多いだろう。  

②英国医学雑誌は昨年12月、実際の年齢が同じでも、見かけ上の年齢が高いと、死亡率も高くなるという論文を発表した。  研究はデンマークで進行中の、双子の高齢者(70歳以上)の追跡調査のデータを使って行われた。

③対象者1826人の顔写真を自宅で撮影し、何歳に見えるかを、老年科の看護師10人が推測した。  10人の推測の平均値をその対象者の見かけ上の年齢とした。  約7年の追跡調査で、675人の死亡を確認した。

④その結果、実年齢が同じでも、見かけ上の年齢が1歳高くなるごとに死亡率は8%ずつ高くなった。  また、実年齢が1歳高くなるごとに死亡率はやはり8%ずつ高くなった。

⑤つまり、寿命に及ぼす影響は、見かけ上の年齢も、実際の年齢と同程度だった。  さらに、見かけ上の年齢が高いと、階段を上るなどの身体機能が低く、記憶力などの認知能力も低かった。

⑥今回の研究は70歳以上の高齢者が対象なので、より若い集団にも結果があてはまるとは限らない点は留保が必要だ。  しかし、高齢者の長寿については「人は見かけによる」可能性を示した点で、複雑な気持ちにさせるデータだ。』

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貝原益軒と里見香奈さん

3月13日の朝日新聞夕刊に興味深い記事が出ていたので、抜粋し番号を付けて紹介します。

1.貝原益軒(『はみ出し歴史ファイル』)

『①「養生訓」の著者として有名な貝原益軒(かいばら・えきけん 1630~1714年)。  彼の著書は博物学、教育学、歴史学、地理学、儒学など広範に及び、その博識は驚異に値する。  興味深いのは、代表的著書の多くが80歳以降に完成している事実だ。

②その理由は、藩務の多忙さにあったと思われる。  実は彼はれっきとした福岡藩士なのだ。  彼がようやく現役を引退したのは、何と71歳の時だった。

③藩庁から許可を得た益軒は、還暦(60歳)から十数年間を費やし、ついに74歳のとき「筑前国続風土記」全30巻を完成させた。  そして「養生訓」は84歳のときのことだった。』

2.里見香奈女流名人(将棋)のお母さん・治美さん(『天才の育て方』)

『①香奈は小学3年の時、羽生善治さんや谷川浩司さんに会っているんです。  島根県出雲市で「将棋の日」というイベントが開かれ、多くの棋士が来られました。

②前夜祭では、いつも会えないようなプロの棋士の方に直接話しかけることができたんです。  すると、香奈はひとりで会場をちょこちょこと回り、先生方の全員に「どうしたら、将棋が強くなれますか」と聞きました。

③そのなかのひとり、女流棋士の高橋和さんが、こんなことを香奈に言ってくださったようです。  「毎日、少しずつでもいいから、詰将棋を解くようにするといいですよ。  でも毎日ですよ」  そして、香奈は高橋さんと指切りげんまんをしたんです。

④それからですね、香奈が毎日毎日、詰将棋を解くようになったのは。 1日10題、終わるまでは寝ないと決めていました。

⑤小学校の修学旅行でも、解いていたそうです。  さすがに人前でやるのは恥ずかしかったようで、小さな詰将棋の本を持って行って、隠れてやったそうです。』

老人になっても子供でも、本人が勉強・研究しようと思えば、できるんですね。

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福岡伸一先生『コラーゲン』

『動的平衡』(福岡伸一著 木楽舎)を読みました。  青山学院大学教授の福岡先生の専攻は分子生物学です。  『コラーゲン添加食品の空虚』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①コラーゲンは、細胞と細胞の間隙を満たすクッションの役割を果たす重要なタンパク質である。  肌の張りはコラーゲンが支えているといってもよい。

②ならば、コラーゲンを食べ物として外部からたくさん摂取すれば、衰えがちな肌の張りを取り戻すことができるだろうか。  答えは端的に否である。

③食品として摂取されたコラ-ゲンは消化管内で消化酵素の働きにより、ばらばらのアミノ酸に消化され吸収される。  しかし、コラーゲン由来のアミノ酸は、必ずしも体内のコラーゲンの原料とはならない。  むしろほとんどコラーゲンにはならないと言ってよい。

④食べ物として摂取したタンパク質が、身体のどこかに届けられ、そこで不足するタンパク質を補う、という考え方はあまりに素人的な生命観である。

⑤ついでに言うと、巷間(こうかん)には「コラーゲン配合」の化粧品まで氾濫しているが、コラーゲンが皮膚から吸収されることはありえない。  もし、コラーゲン配合の化粧品で肌がツルツルになるなら、それはコラーゲンの働きによるものではなく、単に肌の皺(しわ)をヒアルロン酸や尿素、グリセリンなどの保湿剤(ヌルヌル成分)で埋めたということである。』

中華料理のふかひれスープを飲むと、コラーゲンのおかげで肌つやが良くなると思っていました。  紹興酒で酔っぱらって、顔が赤くなっていただけなのですね(笑)。  良い週末を。

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クリント・イーストウッド

『クリント・イーストウッド――ハリウッド最後の伝説』(マーク・エリオット著 早川書房)を読みました。  巻末の『解説』をフランス文学者の中条省平さんが書かれています。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①本書は、アメリカで2009年秋に出版されたクリント・イーストウッドの伝記の最新版です。  (中略)

②なかでもいちばん大きなできごとは、「許されざる者」と「ミリオンダラー・ベイビー」で二度のアカデミー賞(作品賞、監督賞ほか)を獲得したことでしょう。  これによりクリント・イーストウッドは名実ともにアメリカ最高最大の映画監督となり、世界でも屈指の巨匠となりました。

③二十一世紀に入ってからの彼の映画製作は恐ろしいほどの速さで進み、09年末には「インビタス/負けざる者たち」が全米公開されました。  今年(2010年)、イーストウッドが満八十歳を迎えることを思うと、これほどパワフルな創作活動は、まさに「二十一世紀の奇跡」と呼ぶべきでしょう。

④私はイーストウッドのような偉大な芸術家の最盛期(!)にリアルタイムで立ち会っていることを心から幸福に感じています。』

私の周りにも70歳を超えてなおバリバリ活動されている方が何人かいます。  そんな方々を目標に私も生きていければと思っています。  

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田中利典さん『修験道と現代』その2

3月5日のブログで紹介した金峯山修験本宗宗務総長・田中利典さんのインタビュー記事(3月4日・日経新聞夕刊)からの後編です。

『①修験道(しゅげんどう)の修行とは、山で自然と向き合い、己の体を使って超自然的な力、霊的な力を感得する、ということです。  得られる力を験力(げんりき)といいます。  そのための方法論が修験なのです。  だから『教』ではなく『道』であり、山伏にはお坊さんも神官も、もちろんアマチュアの方もいる。

②昔の山伏は山に入りっ放しだったのでしょう。  今では修行は非日常であり、非日常で得た力を日常に生かす、それが修験です。  山を歩けばその人なりに何かがつかめる。  道中を行ずる、その過程に最も大きな意味があって、ただ目的地に着くために歩いているわけではありません。

③(修行で得られるものとは)我を解き放つ、ということです。  自分の都合通りにならないと理不尽だと思う。  かといって、世界は自分の思うようにはならないものだと頭で考えていても心に刻まれません。

④自然の中で体を酷使して聖なるものに触れる。  その体験によって、我を捨てるという意味を心に刻むことができます。  我にとらわれなければ、理不尽だという思いもなくなる。  昨日をくよくよし明日を心配する。  そんな自分を超えたものと対峙(たいじ)することで、心は本当に楽になります。

⑤(人口3500万人だった明治初年の日本に、修験者が17万人いた。)  修験では『山の行(ぎょう)より里の行』とよく言います。  二つの意味があって、一つは山の修行を日常で生かすということ。  もう一つは、本当に困難なのは日常の生活なんだ、ということです。  その日常が我執にがんじがらめになっている。

⑥日本人が古くから持っていたものがいかに大切か、気づかなければならない。  私たちは自分の外にあるさまざまなものを畏れ、宗教的な価値を見いだしてきた。  今は習慣に残っていることの意味を忘れていますが、まだ間に合う。  思い出せる。

⑦自分も山の修行に行っていなければいやな坊さんになっていたと思う。  山修行は大嫌いでしたが、山中を歩く中で自分に届いてくることはおのずから違います。  仏教も近代合理主義に染まって、頭の中でのみ考える傾向がありましたから。』

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加賀乙彦先生『不幸な国の幸福論』

小説家で精神科医でもある加賀乙彦(かが・おとひこ)先生が書かれた『不幸な国の幸福論』(集英社新書)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.子供の秘密を暴いてはいけない

①子供が秘密をもったら、親はその子が自立心を養いはじめた証(あかし)として喜ぶべきなのです。  親を信頼していれば、子供はタイミングを見て自分から秘密を打ち明けるものなのです。  安易に子供の秘密を探り暴くことは、そういうチャンスを潰(つぶ)し、親に対して抱いていた信頼感を損ねることにつながります。  

②また、子供が親に秘密を打ち明ける楽しみ、言い換えるなら、愛情を表現する機会を奪うことでもある。  そして何よりも、その子が自我を確立していく妨げとなり、自立心や独立心の芽生えを摘み取りかねないのです。

2.幸福を定義してはいけない

八十年の人生のなかで読書を重ね、自分なりに考えた果てに気づかされたことがあります。  それは、幸福を定義しようとしてはいけない、幸福について誰かがした定義をそのまま鵜呑(うの)みにしてはいけないということ。  幸福とはこういうものだと考えた途端、その定義と自分の状態とを引き比べ何かしらのマイナスを見つけてしまう傾向が私たちにはあるのですから。

3.自分を客観視する眼差し

「○○より幸せ」という考え方は、いとも簡単に「○○と比べたら不幸」へと寝返ってしまうものです。  もし(本書中の例の)Nさんが、他者との比較で自分を評価するという考え方にとらわれ続けていたなら、日本に帰って一ヶ月もすれば、また我が身の不幸を嘆く生活に戻っていたでしょう。  Nさんを変えたもの、その一つは彼女の内側に生まれた「自分を客観視する眼差し」だったと思います。

4.人生の一部として「今、ここ」を眺める

①残念ながら、いじめというのは人間性の本質に根ざした問題であり、決してなくならないものなのです。  いつの時代にも、どこの国に行ってもいじめはある。  大人の世界にもいじめはあります。  むしろ、いじめはあって当然と考え、いじめに負けない心の免疫力を上げていくことが大事なのではないでしょうか。  

②長い目で物事を見、考える癖をつけると、心の免疫力は確実にアップします。  人生という長い時間の一部として、自分を主人公にした長編小説でも書いているようなつもりで「今、ここ」を眺めてみる。  そうすれば、それまでどっぷりとつかっていた苦しみを、ちょっと引いて見られるようになります。』

明日は都合によりブログをお休みさせていただきます。

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田中利典さん『修験道と現代』その1

1.昨日の日経新聞夕刊に金峯山修験本宗宗務総長・田中利典さんのインタビュー記事が載っていました。  タイトルは『修験道と現代』です。  奈良県吉野山の金峯山寺(きんぷせんじ)は修験道(しゅげんどう・・・山林に修行し、密教的な儀礼を行い、霊験を感得しようとする宗教)の本山です。  長文になるので二回に分けて、抜粋し番号を付けて紹介します。

『①「宗教」とはそもそも、明治になって英語のレリジョン(religion)を翻訳した言葉ですよね。  ですから、この語は欧米が宗教をどうとらえているかを反映している。  それは唯一絶対の神を持つ一神教にこそ価値があるという考え方です。  もちろん日本も古来、信仰、信心がありました。  しかし唯一絶対の神はいなかった。

②お宮参り、初詣で、墓参り、結婚式、葬式。  生まれてから死ぬまで宗教に触れていながら、尋ねれば「私は無宗教」と答える人が多い。  無宗教とは宗教的なものにかかわらないということです。  日本人は無宗教ではないのに、一神教の立場からは、いいかげんに見えてしまう。

③私は風俗になっているものこそ宗教だと思う。  あれもよい、これもよい、ごった煮で大ざっぱなものを欧米では宗教とは呼ばない。  でも日本では宗教です。  卑下する理由はありません。

④自然を神、仏そのものだと感じて畏(おそ)れる。  こうした心のありようは明治以降、次第に壊され、忘れられてきました。  神仏をともに大切にし「ご先祖さまに顔向けできない」とか、「お天道さまが見てござる」と言って、自分を超えたものに価値を見いだす。  そういう倫理観が昔はあった。

⑤ごった煮で大ざっぱな宗教心は、猥雑(わいざつ・・・雑然として下品なさま)に通じる。  その猥雑性が修験道にはある。  修験道は日本古来の山岳信仰に神道、仏教、道教などの思想が融合してできあがった。  山の宗教、山伏の宗教であり。  山修行という実践を旨とする宗教であり、大自然のそこかしこに聖なるものを見いだす多神教の宗教である。』

2.『新入社員:「部長、出世のコツは?」
 
部長:「君の腕時計を売って、目覚まし時計を買うことだよ」』

(本郷孔洋先生のメルマガ『ビジネスの眼』本日配信分より)

よい週末を。

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青木功プロ『ゴルフの神様』

2月の日経新聞の連載『私の履歴書』はプロゴルファーの青木功さんが書かれていました。  2月26日のタイトルは『ゴルフの神様』です。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①試合の初日、ティーを刺す。  コースに向かってゴルフの神様に「また一日ゴルフができます。  ありがとうございます。」と心の中で言う。

②ゴルフの話をしている時ほど楽しい顔はないとよくいわれる。  ゴルフバカというけれど、バカを通り越している。

③ヒザを悪くした。  天気が最悪だ。  人はやりたくないと思うだろう。  しかし、私はゴルフをやれることの楽しさ、足が多少痛かろうが、雨が降ろうが自分の人生をかけたこれほどの楽しみ、なんでやめなきゃいけないのと思う。

④ゴルフを一生涯、自分の仕事にしてくれる神様に「これを作ってくれてありがとうございます」という気持ちだ。  ゴルフの誕生は数百年も前だろうが、今は「俺のために作ってくれたのだ」と勝手に思っている。

⑤日本オープンは70年に橘田光弘さんに敗れて2位になった後、12回挑戦して2位が3回、勝てなかった。  勝つまでやめられないと思った。  

⑥神様に見放されたと思ったこともある。  それでも勝てなかった間はずっと「一生懸命頑張れ、その方が勝つことより大切なんだ」と誰かが教えてくれていると思ってやってきた。

⑦そして83年の六甲国際でテリー・ゲールとプレーオフとなり、待望の日本オープンを勝つことができた。  大先輩の宮本留吉さんから「ようお前頑張ったな。  長かったな。」といわれた。  4年後に有馬ロイヤルの日本オープンでまた勝つことができた。』

『好きこそ物の上手なれ(=何事によらず、好きであれば自然それに熱中するので、上達する)』は真理ですね。

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A社長との会食

1.昨晩は私が大変尊敬している二人の経営者との会食でした。  そのうちの一人を仮にA社長としておきます。

2.A社長と初めて会ったのは10年以上前のことです。  販売会社の全国トップセールスマンだったA社長がある地方都市でB社を起業し、短期間で、しかも30歳そこそこという若さで店頭公開(現在のジャスダック市場への上場)を果たし、東京へ進出した直後のことでした。

3.東京進出後もその才能を大いに発揮し、B社は東証一部上場企業へと一気に駆け上がります。  ところがリーマン・ショック後の景気後退の波に巻き込まれ、一年ほど前に会社更生法の申請を出さざるを得なくなりました。

4.その後、気にはなっていたのですが久しくお目にかかることがありませんでした。  たまたま、私の夢にA社長が出てきたことをきっかけに連絡を取らせていただき、付き合いが再開します。

5.再会後、初めての会食となった昨日、久しぶりにゆっくりお話を伺い、たいへん感銘を受けました。  最もびっくりしたのは、債権者や株主に迷惑をかけたことの責任を取る中で、高校・大学に通う3人のお子さんを退学させ、就職させたという話でした。

6.向学心に燃えるお子さんを短期的とはいえ巻き添えにしたことに関しては様々な意見があるかもしれませんが、そこまで徹底して償おうとするその姿勢には、感動を覚えました。

7.最終的にはグループで1000人を超える規模でしたが、社員100人前後のときには社員全員の実家のお墓参りをしていたという話にも感銘を受けました。

8.もう一度上場企業を作るという強い決意も伺いました。  まだ40代半ばの若い社長ですから、必ず再起するはずです。

9.私がA社長の立場に立ったら、そこまで腹をくくれるだろうかと感心しながら、楽しいひと時を過ごしました。  勇気をもらいました。

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ダーウィンフィンチ

2月22日のブログで『種の起源』の著者、チャールズ・ダーウィンのことを書きました。  『AERA』3月8日号に「ダーウィンフィンチ」についての記事が載っています。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①2009年の京都賞受賞者で米プリンストン大学のグラント夫妻が昨年来日した。  ダーウィンがビーグル号で訪れ調べたガラパゴス諸島にある小さな島で、夫妻は「進化の目撃者」となった。

②同諸島20余の島々のうち、ダフネ島は面積約0.3平方キロと極小サイズだ。  グラント夫妻は1973年からこの島で、スズメに似たフィンチという小鳥を観察し続けている。  ダーウィンもこの小鳥に注目、ダーウィンフィンチの名で知られる。

③77年、フィンチにとっての大災害が起きた。  島に干ばつが到来し、雨量が通常の5分の1となった。  食べるものは大きいが乾いて硬い食べにくい種子のみ。  島に1300羽いたガラパゴスフィンチは飢え、1年で300羽以下に減った。

④ただ、フィンチの「死に神」はランダムに訪れたのではなかった。  生き残ったのは体が大きく、大きなくちばしをもつ個体で、夫妻らの計測によると、生と死の差はくちばしの太さでわずか0.54ミリ。  しかし、その子たちは親たちより4~5%も大きなくちばしを持っていた。

⑤自然は生物を不平等なふるいにかける・・・・・・これこそダーウィンの進化論のカギである「自然選択(自然淘汰)」の姿だった。

⑥しかし、進化は特定のものをえこひいきしない。  島に多量の雨が降り、軟らかい果実がなった83年、増えすぎたフィンチたちの中ではくちばしや体が大きいことは無意味になり、むしろ少ない食料で済む小さい鳥が生きながらえた。  鳥の平均サイズは2.5%減った・・・・・・。』

経済社会に見られる現象も似たようなことでしょうか?

昨今の景気低迷期に生き残ってるのは④同様に「体が大きく、大きなくちばしをもつ個体(=大企業)」で、将来的に景気が回復すれば⑥のような「少ない食料で済む小さい鳥(=中小企業)」が生きながらえる?

企業経営者のはしくれとして考えさせられる記事でした。

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長谷川穂積選手『名セコンド』

2月26日の日経新聞にWBC世界バンタム級チャンピオン・長谷川穂積選手のインタビュー記事が載っていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①(元プロボクサーの)父の存在はもちろんですが、私が世界王者になれたのは、真正ジム(神戸市)の山下正人会長のおかげです。

②山下会長は元刑事で、ボクサー経験はありませんが、選手を強くしようと必死に勉強し、努力する姿勢には胸を打たれます。  対戦相手の綿密な分析、大胆かつ地道な戦略――。  最も尊敬し、信頼できる名トレーナーです。 

③2008年1月にあった5度目の防衛戦で、第2ラウンドの途中で相手の頭が当たり、目の上が切れてしまいました。  不運なことにジャッジはパンチが当たったとの判定。  流血で視界が悪くなる中、セコンドの山下会長の「切れてないぞ!」という声が、私を落ち着かせてくれました。

④序盤の突然のアクシデントで焦る前に、とっさの一言で冷静にさせてくれる。  私のことをよく理解してくれているからこそのテクニックです。

⑤この逆境からの一戦で、私と山下会長は一回り成長することができました。  今後もお互いに高め合える、そんな関係でありたいと思っています。』

セコンドの適切なアドバイスや機転の利(き)いた一言が、選手の試合結果を左右することは極真空手の試合でも見られますね。

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2010年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年04月