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高杉晋作・ガウディ・長田庄一

先週は月曜から金曜まで中国・大連でした。  最近は中国語の習得が最重要課題なので、普段は読書の時間があまり取れません。  海外出張は本を読む最高の機会です。  今回読んだ本から抜粋し、番号を付けて紹介します。

1.『高杉晋作の手紙』(一坂太郎著 講談社学術文庫)

『①幕末の長州藩を縦横に走り回った高杉晋作は、時代を大きく旋回させて惜しげもなく舞台から去って行った。  享年29。  (中略)

②選んだのは晋作の生涯を語るさい避けて通れない手紙、人柄をよく伝える手紙、時代を象徴する手紙など。

③とくに桂小五郎(木戸孝允)あては晋作の甘えが丸出しで、最も本音を語っていると思われるから大半を収めた。  一方、ライバル視していた久坂玄瑞や山県有朋あては、時に虚勢を張っているのが分かり面白い。

④晋作という一人の青年武士は何に悩み、苦しみ、もがき、そして喜びながら暴力と陰謀にまみれた幕末という時代に、国や藩を背負い生き抜いたのか。』(「はじめに」より)


2.『ガウディ伝』(田澤耕著 中公新書)

『①アントニオ・ガウディはおそらく日本で一番よく知られている建築家である。  旅行社のスペイン観光旅行パンフレットを飾る写真がたいがいガウディのサグラダ・ファミリア教会のものであることにもそれは如実に表れている。(「まえがき」より)

②建築が絵画や彫刻などと違うところは、建築は建物が建って、人が住んだり使ったりしてはじめて完結する芸術であるという点である。  人知れず存在する名作などというものは建築にはありえない。  建築がそういうものである以上、資金を持った施主が必要である。  ガウディはアウゼビ・グエイと出会うことによって、芸術家としての活動を保証されるという幸運に恵まれた。(「第3章 ガウディのパトロン」より)』


3.『バブル獄中記』(長田庄一著  幻冬舎)

『①戦後、焼け野原となった東京で裸一貫から貸金業を立ち上げ、一代で東京相和銀行(現在の東京スター銀行)を築き上げた。

②しかし、バブル崩壊に伴って経営が破綻。  会長だった長田は2000年5月、見せかけ増資の疑いで逮捕され、東京拘置所に拘留された。  当時77歳。

③本書は、無罪を訴え続けた長田が、110日間にわたる拘置所生活と検察による取り調べ、自らの波乱の人生を〝獄中〟で綴った手記である。』(序文より)

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林野宏さん・今東光先生

1.クレディセゾン社長の林野宏さんが書かれた『誰も教えてくれなかった運とツキの法則』(致知出版社刊)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「オイチョカブ」という日本古来のゲームを知っていますか。  (中略)  このゲームで勝つ秘訣は、いまツイている人を次々と見極めて、順番にその人に乗っていくことです。  そうすると面白いように勝てます。  ところが、人間にはプライドがありますから、必ず自分の意思を通したくなる。  この誘惑に勝つのは、なかなか難しいのです。

②麻雀を例にしましょう。  このゲームはどんなに腕を磨いても、ツイている人には勝てないのです。  絶対といっていいほど勝てません。  麻雀歴50年以上の私がいうのだから間違いありません。  麻雀とは4人のツキの奪い合いなのです。  (中略)  いま誰のところに運とツキが回っているかを常に観察することです。  実はこれが、「勝つためのマーケティング」なのです。  これに気がつかないと、確実に負けます。

③徳川家康の生涯にわたる戦の勝ち負けは、73戦56敗だそうです。  驚くべき勝率の低さです。  しかし、負け続けても、最後には勝ち、その後、徳川300年の安定の基礎を築いたのです。  大事なことは、たとえば目先の勝負に負けても、決してあきらめないことだと思います。  負けを教訓として、「何が悪かったのか」と原因を突き止め、次の勝負に生かすこと。

④「ほかに真似られるようでなければ、真のイノベーション(革新)とはいえない」というのが、私の信念です。  したがって「スピード発行(即与信、即発行、即利用)」を筆頭に、我々が参入して以降、我が国のカード業界のイノベーション(「積極的勧誘」、「サインレス」、「永久不滅ポイント」など)は、ほとんど我々がやってきたと自負しています。

⑤小説家・僧侶・政治家として活躍された今東光(こん・とうこう)氏が、「人生ではずるさが必要」と主張する若い編集者に、こう応えたそうです。  「人生で一番大切なものは、正直であり、誠実であり、愛情である。  人間とは弱いものなんだ・・・。  いかにこの世の中はずるい壁が厚いかという体験をしながら、それに巻き込まれずに乗り越えていくのが成功者というんだ。」  (中略)  人間は弱いものですが、ビジネスにおいても、自分の弱さとつねに戦っていくのだという自覚が必要です。』


2.今東光先生の名前が出てきたので、気になって本棚を探してみたら、大山総裁が書かれた『空手バカ一代・闘魂』(サンケイドラマブックス刊)の中に今先生のことが出ていました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①実際に本部道場でも、空手の練習をされ、極真会空手マンの中では最年長だ。

②練習の後の毒舌がまた、空手以上の威力を持っていた。  「本物の男なら、いちばん強いものに挑戦せにゃいかん。  いちばん強いものに反抗したら苦労するにきまっとる。  その苦労をしたときに、人間いちばん力がつくんや」

③今先生は、戦前の文壇の大御所だった菊池寛に反抗した。  それは、文学者として永久に葬(ほうむ)り去られることを意味した。  先生は結局何十年もの間、文壇の外にいて苦しみに耐えたことは、もう周知(しゅうち)のことだろう。

④「だから大山。  お前も、もっと苦労せい。  苦労せにゃいかん」  今先生の目からみたら、私など苦労が足りなかった。  ただ、首をうなだれて、うなずくばかりである。』


3.表紙の裏に次のようなサインをいただいていました。

『孝心強拳  1972年5月好日  空手バカ一代  大山倍達』

もう39年も経つんですね。  なつかしいな~。

  

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庄司清和さん『信用は無形の財産』

1.先週の日経新聞夕刊の連載『人間発見』は時之栖(ときのすみか)社長の庄司清和さんが書かれていました。  以下は冒頭の紹介文です。

『総合リゾート事業大手、時之栖(ときのすみか)社長の庄司清和さん(72)は日本では珍しい経歴の経営者だ。  創業した食肉加工会社、米久を一部上場企業に育てた後、60歳で自ら退社。  畑違いのリゾート分野に転身した。』

米久退社について書かれた部分から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①退いた直接のきっかけは97年の小売り大手、ヤオハンの経営破たんでした。  私の判断でヤオハンを支援した結果、不良債権が生じ、損を埋めるため自分の米久の持ち株をキリンビールに売りました。

②ヤオハンには米久の焼き豚を全店で扱ってもらっていました。  私は共栄会という仕入れ先の会の会長も務めていたので、ヤオハンがだめになるとは分かっていても、逃げ出すわけにはいかないと思いました。  独断で支援をし、結局不良債権を9億円もつくってしまいました。

③ヤオハン支援については私の失敗といわれればその通りです。  しかし体を張って取引先を守ろうとしたことが経営者として後々プラスに働きました。  周囲から、あいつは絶対逃げない、信用できると評価されましたから。  信用はお金で替えられない無形の財産ですので全く後悔していません。』


2.時之栖の経営についても次のように書かれています。

『①うちの宿泊施設の中には週末も平日と同料金の所もあります。  日本では週末は割高なのが普通ですが、平日に来られないサラリーマンには不公平じゃないですか。

②結局、他社と同じことをやるのなら価値がないんです。  本で知った言葉ですが「人皆直行、我独横行」。  皆がまっすぐ進むときに自分は一人横に行く。  自分の生き方そのものだと感じています。』


3.先週配信されてきた公認会計士・本郷孔洋先生のメルマガの後段が面白かったので紹介します。  テーマは『ある日本語試験の解答例』です。

『 問1「あたかも」を使って短文を作りなさい
  
答「冷蔵庫に牛乳があたかもしれない」


問2「どんより」を使って短文を作りなさい
  
答「僕はうどんよりそばが好きだ」
  
  
問3「もし~なら」を使って短文を作りなさい。
  
答「もしもし、奈良県の人ですか?」
  
  
問4「まさか~ろう」を使って短文を作りなさい。
  
答「まさかりかついだきんたろう」(古い!)(笑)

  
問5「うってかわって」を使って短文を作りなさい。
  
答「彼は麻薬をうってかわってしまった」
                     (過去のメモから)』




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