2012年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年05月

占い人生論

1.『占い人生論』(高木彬光著 東洋書院)を読みました。  巻末の著者紹介には『1920~1995年。  旧制一校・京都大学工学部卒。  太平洋戦争後、二人の占い師に勧められ、処女作『刺青殺人事件』を書きあげ、江戸川乱歩氏に認められて推理作家の第一線を歩むことになった。』とあります。  本書から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「占い」を数えあげていくと・・・手相、人相、骨相、家相、方位、トランプ占い、周易、断易、そろばん易・・・60種類ぐらい数えられる。

②こういう占法のすべてに通じるということは、専門家にさえ出来ない相談なのである。  たいていは、自分の特技を一つ持ち、そのほかに、二つ三つの占法をきわめて、ときにそれを併用するというところだろう。

③「占い」を大きく分けると、「易」と「相」である。  「相」というのは、また「人相」とか「手相」とか「家相」とか、おのおのの種類にわけられるが、これを要約していうならば、形にあらわれ、五感で認識できるものから、運命を読みとろうという方法なのだ。

④「易」というのは、要するに、未発無形の運気を読みとる方法なのだ。  これほど、占い師の実力がはっきりあらわれる方法はない。  いくつかの簡便法はあるが、原則として、易占には二つの道具が使われる。  50本の筮竹(ぜいちく)と六個の算木(さんぎ)とがそれである。

⑤私は占者の技量が、易占におけるほどはっきりあらわれるものはないというのである。  平凡な易者は、こういう卦が出ればこうだと、易の解説書に書いてあることしか読みとれない。  しかし、名人達人になると、この一つの象徴の中から、ありとあらゆる変化を読みとるのだ。

⑥ほかに、透視術とか、霊感占いとかいう方法があるが、これについては、私は多くを語ることが出来ない。

⑦もちろん、占い師というものは、多少の差こそあれ、霊感というものは、持ちあわせているのが当然なのだ。  そのうち、とくにそれを強調しているのが、霊感者という人々なのだが、これも一般の占い師とおなじように、玉石混淆なのだろう。

⑧私が霊感者という人々何人かに会った印象では、これこそあたりはずれが甚だしいのだ。  たよるべき何の法則もなく、ただ自分自身の感覚だけをたよりに、判断を下すのだから、自然そういうことになるのだろうが、私としては、相手が神様のような存在でないかぎり、その託宣にたよってことを決しようという気はない。  この種の感覚だけによる判断は占いの大道とはいいきれないように思う。

⑨「易」と「相」・・・これは占いの道における大道である。  そのほかに、四柱推命学という恐ろしい秘法もあるが、この秘法も完全に駆使するためには、易の基本的な知識がなければ出来ないのだ。

⑩易学という学問は、刀のようなものなのだ。  その使い手によって、正宗のような切れ味も発揮し、菜切り包丁程度の切れ味しか発揮しないおそれもある。  その腕に自信のないお方には、私はむしろ四柱推命学をおすすめしたい。

⑪これも、ある意味では、難解きわまる学問である。  ただこれがすぐれている点は、誰にでもある程度までは、ほとんど機械的に、方程式を解くように、解決できることなのだ。』


2.本書でも取り上げられている易聖・高島嘉右衛門の波乱万丈の生涯を描いた『「横浜」をつくった男』(高木彬光著 光文社文庫)も併せて読みました。


3.昨日、上海から帰ってきました。  4月26日でしたから大山総裁の命日です。  もう18年ですね。


4.羽田空港に着いて携帯のiチャネルで初めて小沢一郎先生の無罪を知りました。  トモちゃんおめでと~!  久しぶりの内輪ネタです(笑)


5.①片方のヘビが、もう一匹のヘビにこう聞いた。
 
「なぁ、俺たち毒ヘビだよな?」
 
「それがどうかしたか?」

「いやぁ舌かんじゃって・・・」

 
②「あの、表につないである犬の飼い主はあなたですか?」
 
「そうだが?」
 
「すみません、私の犬が、あなたの犬を殺してしまいました」
 
「えっ!  あのライオンのように強く牛のように大きなボクサー犬を?  あんたの犬はいったいどんな犬なんだ?」

「チワワです」

「えっ!  チワワ?  いったいどうやって殺したんだ!?」

「あなたの犬が、私の犬を喉に詰まらせたんです」


①②とも本郷孔洋先生のメルマガからのパクリです(笑)



TOP↑

自然治癒力

『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(中村仁一著 幻冬舎新書)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①原因療法があるため受診したほうがいい病気は、そんなに多くはありません。  病気を治す力の中心をなすものは、本人の自然治癒力です。

②かって、四半世紀以上も前にアメリカ合衆国の権威ある学術専門誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」の編集長、インゲルハイム氏が「病気の80%は医者にかかる必要がない、かかった方がいいのが10%強、かかったために悪い結果になったのが10%弱」といいました。  これは現在も変わらないものと思われます。

※私(山田)の周りにも「もし病院に行かなければもっと長生きされたのに」と思い当たる方がいます。  「病院に行かない、薬・サプリメントを飲まない」が私の信条です。


2.私の好きな学説に、「治療の根本は、自然治癒力を助長し、強化することにある」という「治療の四原則」があります。

①自然治癒の過程を妨げぬこと・・・細菌やウィルスの感染時の発熱は、敵の力を弱めて早く治そうとする人体の反応と考えるべきものです。  ですから、解熱剤を使って無闇に熱を下げるのは利敵行為になり、かえって治りが遅れると考えなくてはいけません。

②自然治癒を妨げているものを除くこと・・・これは、銃弾や棘のような異物が内部に深く入り込んだり、大きな膿の塊があって、なかなか破れない場合などです。  こんな場合、自然治癒力を充分に発揮させるためには、異物の除去や、切開して排膿するという作業が必要ということです。

③自然治癒力が衰えている時は、それを復活すること・・・栄養不良状態で結核を発病した場合など、いくら高価な抗結核薬を使ってもよくなりません。  自然治癒力が発動するためには、まず栄養状態の改善が必要ということです。

④自然治癒力が過剰である時には、それを適度に弱めること・・・アレルギー反応など、生体の治癒力が過剰に働く場合には、その力を少し抑えた方がいいという意味です。

※「自然治癒力を高める」は私のテーマで、立禅の効果・目的の一つでもあります。


3.「事前指示書」とは、昏睡や意識レベルが低下した時、ぼけて正常な判断ができなくなった時に、どこまでの医療を受けたいのか、意識清明で意思表示可能な時に、前もって希望を認めておく書面のことです。』


本書終章に中村先生が2006年9月17日付けで書かれた「事前指示書」が例示されているので紹介します。

『「医療死」より「自然死」が好みのため、意識不明や正常な判断力が失われた場合、左記を希望する。

①できる限り救急車は呼ばないこと

※救急車に乗れば、できる限りの医療措置を施してくれという無言の意思表示になるので、できる限り呼ばないように希望しました。  ただし、家族が「保護責任者遺棄致死の罪」で取り調べを受けないように、趣旨をよく理解してくれる家庭医を確保しておかなくてはなりません。・・・本書203ページより抜粋

②脳の実質に損傷ありと予想される場合は、開頭手術は辞退すること

③原因のいかんを問わず一度心臓が停止すれば蘇生術は施さないこと

④人工透析はしないこと

⑤経口摂取が不能になれば寿命が尽きたと考え、経管栄養、中心静脈栄養、末梢静脈輸液は行わないこと

⑥不幸にも人工呼吸器が装着された場合、改善の見込みがなければその時点で取り外して差し仕えないこと』

4年前、父が歩行中の転倒事故による頭部打撲が原因で亡くなりました。  享年83歳です。  ①救急車で運ばれる、②開頭手術が実施される、③一度心肺停止したが蘇生術により蘇生する、④人工透析の実施、⑤点滴の実施、⑥人工呼吸器の装着が行われました。  結局、3日後に腎不全で死亡します。  本書を読み、父の最後の3日間を思い出し、ちょっと考えさせられました。  




TOP↑

3月23日分の再保存・・・幸運と不運の法則

3月23日に書いたブログを間違って削除してしまったようです。  パソコンにコピーしてあった分から再保存しておきます。


『幸運と不運の法則』(小野十傳著 PHP新書)を読みました。  本書の見出しから抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.適職について・・・①ちょっとした仕事で早い時期に頭角を現す。  ②その分野での仕事に疲労を覚えない。  ③一つの仕事が終わってもパワーが残っている気がする。・・・以上の条件に合致する仕事こそ、適職です。

2.つきあっている女性が自分にとっていいかどうかを知る方法・・・部屋に植物を飾ってみて、その植物がイキイキとしていれば、今交際している女性は自分に運を授けてくれる可能性があります。  (中略)  いわば植物は、事前に危険を知らせてくれる予報器なのです。

3.長所は見せびらかさない・・・長所を必要以上にひけらかすのは、幸運を逃してしまうことにつながります。  「能ある鷹は爪を隠す」といわれますが、運命学の立場から見れば、それは決して能ある鷹の「謙遜」ではないのです。  多くの失敗例を観察すると、自分の得意分野で自滅しています。

4.資金ゼロを目標とする・・・何かをやろうとする場合、きまって浮上するのが「会社をつくろう」という考えです。  (中略)  最初から大きな資金を投入することは非常に危険です。  資金はゼロ。 そして何よりも、自分一人で始めることです。  これが成功の鉄則です。  (中略)  こういうと「資金ゼロで商売ができるわけがないだろう」と反論を唱えたくなるでしょう。  そこは頭を使うのです。  柔軟な発想でいくらでも資金ゼロでできる商売はあるはずです。

5.自分で何かをつくりだす・・・何か一つでよいのです。  自分でモノをつくる喜びを知ることが大切です。  自分の力で何かを完成させると、そこに新しいヒラメキが発生するものです。  改良したくなるのです。  それは信じられないほどの興奮と喜びを与えてくれるでしょう。

6.とにかく待つ努力・・・多くの場合、努力は「行動する」ことと認識されています。  (中略)  しかし、運命学で許される努力は、何もせずに待つことなのです。  不運なときこそ、その待つ努力が必要です。  (中略)  不運時には待つという訓練をすべきです。  待つことのできる訓練をした人が、幸運時に火柱のような活躍をすることが可能となるのです。

7.不運から決別するタイミングを見逃すな・・・多くの場合、幸運が来てから行動をスタートさせがちですが、運命学の見地では、それでは遅すぎるのです。  (中略)  計画していることがあってもなくても、スタートするのは不運の後半をおいてほかにありません。

8.スタートの時期をいつにしたらいいのかを見極めるには・・・植物を置き、その生育状態を見ながら決めることをおすすめします。  葉が枯れる状態ならばまだです。  新芽がたくさん出はじめるまで待ちましょう。

9.不運に陥る原因を見極める・・・贅沢を公表することも危険の極致です。  住宅、車、オシャレ、食べ物、異性関係のうち、どれか二つ以上は人よりも劣っていることが必要です。  人間というものは成り上がったとたん、住宅や車を買い込む習性がありますから要注意です。

10.失敗がどこにあるのかを見極める・・・一般的に正しいとされていますが、実際には不幸のドツボにハマる元凶に「あきらめないことが、すばらしいことだ」という言葉があります。  あきらめないという言葉は、じつに勇気の湧く響きがあります。  しかし運命学からいえば、これは言葉の麻薬なのです。  (中略)  現実の世界では、見切りをつけることが大切なのです。』

ネットで本書を知って、早速アマゾンで取り寄せました。 ところが何と、2008年11月19日の私のブログで一回紹介しています。  読み終わっても気付きませんでした。  やっぱり年かな~(笑)

TOP↑

書き直し

1.伊勢ー白山 道さんのブログ(3月30日)より

『①修行と言いますと、滝に打たれるとか、お経を読む、瞑想するというイメージを持つことでしょう。  しかし霊的には、これらは生活が出来る・飯が食えるという大前提の上での娯楽に過ぎないのが実態です。

②社会や家庭という日常生活の中にこそ、霊的な真の厳しい修行が在ります。  これは途中で止めることも出来ない真の命懸けの修行です。

③厳しい会社の中でも働く、希望が持てない家庭でも頑張る、恋人への執着を解く、不治の病でもなんとか生きようとする、・・・・先が見えない不安な中で、それでも努力し・なんとか希望を持ち・そして結果に執着をしないという崇高な修行なのです。

④どんな人でも、今の自分の状況が修行だと思いますと、もっと頑張れる気がするでしょう。  期間限定で神様から与えられた真の修行なのです。  どんな嫌なことでも、貴重な期間限定のことです。


2.佐久間良子さんの『私の履歴書』(2月25日 日経新聞)より

『①この顔は/かなしみに堪えた顔である/くるしみに堪えた顔である/人の世の様々な批判に/じっと堪えた顔である/そして/ひとことも弁解しない顔である/  (中略)  息子よ/こんな顔で生きて欲しい/娘よ/こんな顔の若者と/めぐり逢って欲しい・・・

②これは詩人、相田みつをさんの作品「こんな顔で」の一節である。  息子の岳大が小学生の時、教科書に載っていたのを読んで感動し、書き取ったものだ。』


3.村木厚子さんの『仕事力』(3月11日 朝日新聞)より

『①初めて大きな災いに見舞われた時、人間は、この状況がいつかは終わるのだろうか、自分は頑張れるだろうか、と全く先が見えないような不安に取りつかれます。

②私も、取り調べに堪えられるのだろうか、いつまで勾留が続くのだろうか、と思いを巡らし、ひどく落ち込みもしました。

③しかし天台宗大阿闍梨・酒井雄哉さんの『一日一生』という本で救われます。  2度の千日回峰行を7年かけて成し遂げた大阿闍梨は、その偉業を「一日づつの積み重ねでしょう」とあっさり書いていらした。  「身の丈に合ったことを毎日くるくる繰り返す」とも。

④ああ、そうだなとスッと頭が切り替わった。  「いつまで続くのか」と思うのが苦しいのであって、今ここにいる自分が今日一日で出来ることをやって、その結果は結果で受け止めようと考えたらラクになりました。』


4.羽生善治さんの『3.11と私』(3月11日 日経新聞)より

『①今は予測が極めて難しい時代。  (中略)  将棋の場合、わけのわからない局面ではとんでもなく悪い手を指す可能性が高い。  だから、いい手を指すより、悪い手を指さないことが重要だ。

②また、先が見えない場面では将来にできるだけ多くの選択肢を残すことが大事。  将棋でいう「含みの多い手」が望ましい。』


5.高任和夫さんの『さらりーまん生態学』(3月28日 日経新聞夕刊)より

『どうやら人間には二種類あって、人と群れて遊ぶほうが好きなタイプと、独りで過ごすことを好むタイプとがあるようだ。  そして年齢をかさねるほど、後者の方が多くなるのではないか。』


6.三浦知良さんの『サッカー人として』(3月?日 日経新聞?)・・・日付・掲載新聞ともにメモするのを忘れました(汗)

『①成功した、結果を出せたというのは人が判断することで、自分が決めることじゃないでしょう?  試合も自分一人では勝てない。  相手があり、その日の調子、運もある。

②でも成功と成長は別だから。  成長したいという気持ちは誰にも邪魔できない。  それに自分だけでも成長はできる。

③今日負けたからダメ。  今日勝ったからOK、じゃない。  人間として成長したいから、やる。

④「成功は約束されていないが、成長は(本人次第で)約束される」。  日本代表のザッケローニ監督はいいこと言うね。』


7.樋口武男さんの『私の履歴書』(①3月1日・②3月14日 日経新聞)より

『①(大和ハウスの石橋信夫)オーナーは「樋口君、運のいい人と付き合ってくれよ。  悪い人と付き合えばこちらの運気まで落ちる」と言っていた。

②1977年、私が39歳の時だ。  (資産家の小田弥之亮)先生から「(30億円ほどの)全資産を預けるから会社を興してはどうですか」と勧められた。  (中略)  小田先生に「そこまで言っていただいて光栄です。  しかしお世話になった会社に後ろ足で砂をかけるようなまねをすれば、これまでの幸運が逃げていく気がします」と話して、申し出を辞退した。』


8.内田樹さんの『仕事力』(4月1日 朝日新聞)より

『①仕事というのは自分で選ぶものではなく、仕事の方から呼ばれるものだと僕は考えています。

②僕たちは、自分にどんな適性や潜在能力があるかを知らない。  でも「この仕事をやってください」と頼まれることがある。  あなたが頼まれた仕事があなたを呼んでいる仕事なのだ、そういうふうに考えるように学生には教えてきました。

③仕事の能力については自己評価よりも外部評価の方がだいたい正確です。  頼まれたということは外部から「できる」と判断されたということであり、その判断の方が自己評価よりも当てになる。

④「キャリアのドアにはノブがついていない」というのが僕の持論です。  キャリアのドアは自分で開けるものではありません。  向こうから開くのを待つものです。  そして、ドアが開いたら、ためらわずそこに踏み込む。』

と、ここまで書いたのですが、何と私の保存ミスで全文を削除してしまいました。  本文はまた最初から書き直したものです。  有森裕子さんではありませんが「自分で自分をほめたい」心境です(笑)。






















TOP↑

2012年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年05月