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加藤誠三朗さん

経営者の方が書かれた本を三冊読みました。

1.『熱意力闘』(潮田健次郎著 日本経済新聞社)

潮田さんは住生活グループの創業者です。  長男で現在の代表執行役会長・潮田洋一郎さんが書かれている第Ⅲ部「父、潮田健次郎を語る」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①最晩年の介護にあたってくれた妹の話では、ある時父が「私は怖いんだよ。  すべてがなくなりそうで。  だから時々、激しい言葉がでてしまう」と謝りながら語ったそうだ。  

②事業における脇の堅さは、人一倍の恐怖心の強さが為せるわざだったようにも思う。  恐怖心が強いことは創業者にとって多分美質だろう。  

③そのために、徹底的に考える。  朝令暮改などは日常茶飯事で、会社の幹部一同よくそれに振り回された。』


2.『運をつかむ技術』(澤田秀雄著 小学館)

澤田さんはHISの会長です。  第4章中の『「運の悪い人」実験』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①私は運の悪い人、悪い気を持つ人に近づくなと言っているが、自分に余裕があるときには、そうした人たちを助けたい、チャンスをあげたいと思うこともある。

②と同時に、陰陽の考えに基づいて、ちょっと調子が良すぎるときにスピードを調整するため、あえて倒産を経験した元経営者など、あまり元気のない人たちを自分の周りに配した。  言葉は悪いが、ある意味、運についての実験の意味も持っていた。

③結果としては、やはり私の運はかなり落ちた。  実はその最後に招いたのが、ライブドア事件の大混乱だった。』


3.『経営者が欲しい、本当の人材』(加藤友康著  ワニブックス新書)

加藤さんは「つるとんたん」で有名なカトープレジャーグループ代表取締役兼CEOです。  第四章中の『「できません」をいわない社風』の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①私は大学を卒業するとすぐに代表者になり、弟は主任という立場で事業を再スタートさせました。  その様は、他人からは異常に思われたかも知れません。  弟を完全に部下として扱い、怒鳴りつける。  弟はそれに耐え、必ず「やります」と答える。

②普通の兄弟であれば、「兄貴。ふざけるなよ」といった文句が出てもおかしくないのに、彼はそういうことを一切いいませんでした。  今も私を「兄貴」と呼ぶことはありません。  そういう特殊な生き方をお互いに約束をして、やってきたわけです。

③のちに人づてに聞いたのですが、「自分は兄弟という立場を捨て、兄を立てて生きることを決断した。  だから彼の前では『できません』とは絶対にいわないようにする」と語っていたそうです。』

毎年大阪で行われる全日本ウェイト制大会の前日、加藤社長に「つるとんたん」でご馳走していただくようになって10年以上が経ちます。  数年前のその席で弟の誠三朗さんとなぜか冷酒の一気飲みをしてしまい、千鳥足で帰ったことを思い出しました(恥)。

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逆風に立つ

今週の月曜日、成田から大連に向かう機中で『逆風に立つ・・・松井秀樹の美しい生き方』(伊集院静著 角川書店)を読みました。  最終章の「感謝を込めて」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①もう少しすれば春だぞ。  春になればメジャー野球がはじまる。  そうすれば松井選手のホームランが、あの少年のような笑顔が見えるぞ・・・。  と犬にむかって語りながら、この十年を過ごした。

②松井秀樹の一本のホームランが、ひとつのプレーが、あの笑顔が、仕事に疲れたり、何かくじけそうな気持ちになった時、どれだけ活力と勇気を与えてくれたことか。  (中略)

③二人(長嶋茂雄監督と松井選手)は運命の、宿命の師弟だったのだ。  深夜でも叩き起こされ、松井選手は畳が何枚もすり切れるほどスイングし、長嶋監督はそれを見守り、叱咤した。

④その長嶋氏が松井選手の引退会見を見て、ひとつの区切りを迎えたことを知り、かく語った。  「現役の時には一度も口にしませんでしたが、今なら言うことができます。  松井選手は私が知る最高のスラッガー(強打者)です」

⑤この言葉は私の胸に痛みとなって響いた。  「・・・そうか、もう二度とあの美しい放物線を描くホームランを見ることができないのか。  一年の中で一番待ち遠しく、期待に胸をふくらませた春はなくなってしまったか・・・」  さまざまな惜別を経験してきたが、これほど胸の痛むことはそうなかった。  

⑥こう思っているのは決して私一人ではあるまい。  松井選手を待つ春は終わったのだ。  切なくなればなるほど、この十年、彼が私と家族に与えてくれた夢の大きさに気付く。  同じ時代に生きて、彼が私たちに与えてくれたものの大きさ、深さに感銘する。

⑦あれほどの逆風に立っていても、彼は一度も弱音をはかなかったし、敢えて逆風に立つことで自分を鍛えようとした。  そういう仕事の、人生の手本を私は松井秀樹に教わった。

⑧私は彼と出逢い、応援できたことを生涯の誇りに思う。  (中略)  少し切ない春だが、人生とはそういうものなのだろう。』

私も1993年読売ジャイアンツ入団以来の松井選手ファンです。  ニューヨーク・ヤンキースに入団してからはNHKのBS放送で松井選手を見るのが楽しみとなりました。  

2003年6月(松井選手がヤンキースに入団した年で、センターを守り、初めて4番を打った日)・2005年7月・同年9月と3度ヤンキースタジアムまで見に行きました。

本書を読むとヤンキース入団以来のその時どきのシーンや感動がよみがえってきます。  思わず涙ぐんでしまい、涙とともに何度か鼻をかみました。  すると、隣席の中国の中年女性が「東京的空気不好(東京は空気が悪い)」と言って自分も鼻をかみ始めました。  同じアレルギー症状か何かと勘違いされたのかも知れません(笑)。

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スリル

1.ノンフィクションライターの黒井克行さんが書かれた『駆け引き・・・高橋尚子とりディア・シモン』と『テンカウント・・・奇跡のトレーナー松本清司』を読みました。  新潮社から2001年9月と2003年10月にそれぞれ発行された本ですが、今はネット通販で中古品が簡単に探せるので便利です。


2.『駆け引き』から高橋尚子さんを指導した小出義雄監督の発言を抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①マラソンは筋書きのないドラマだといわれる。  ランナーがどこで疲れてしまうのか、どこでガクンと来てペースが落ちるのか、どこまで持つのかという期待と不安で、ハラハラドキドキする。

②そのスリルと興奮に持ち味がある。

③抜いたり抜かれたりというドラマもある。  会社の中で偉くなるのか、ヒラのままだろうとか、後ろが気になったり、プレッシャーをかけたり、ポーズを作ったり、駆け引きしたり、まさに、人生そのものだ』


3.『テンカウント』から松本清司トレーナーが所属していたヨネクラジムの米倉健司会長に関する記述を抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①米倉はボクシングジムの経営者という肩書のかたわら、ミットをはめ選手のパンチも受ける。  試合の日は松本同様、セコンドとして選手にもつく。  正真正銘のトレーナーである。  

②試合中に襲った眼筋麻痺のために志半ばにして引退を余儀なくされたが、すぐさま「今度は選手を育てボクシング界を改革してやる」と切り替えていた。

③「世界タイトルを獲った時は言葉では表現できないほど嬉しいけど、四回戦でも面白いし甲乙つけがたいですよ。  これだけスリルを味わえてボクは幸せだと思うよ」』


4.城西支部を開設してから35年近く経ちました。  選手を育て、試合のたびにスリルを味わえるのですから、こんなに幸せなことはありません。  機会を与えて下さった大山総裁と松井館長には感謝しています。  もちろん痛い思いをして戦っている選手達にも。

※余談ですが、試合の最中にセコンドが選手に対して「大丈夫!」とか「痛そうな顔するな!」と大声で激励している場面を観ることがあります。  そんな時、私は心の中で「叩かれたのはあなた(セコンド)じゃなくて選手ですから」とツッコミを入れて楽しんでいます(笑)。

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恐れ

1.大リーグのイチロー選手について3月6日付け朝日新聞夕刊のコラム『大リーグが大好き!』で向井万起男さんが書かれていたので、抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①私の予想。  今年のイチローは打率3割以上、安打数200本以上を3年ぶりに達成する。

②イチローは大リーグに初挑戦する時〝恐れ〟を抱いているように私には見えた。  自分は大リーグで通用するのだろうか、どれだけの成績を残すことができるのだろうかという〝恐れ〟だ。

③こうした〝恐れ〟をイチローは今も抱いているとしか私には見えない。・・・・・・イチローを強気一辺倒の男と思っている人がいるようだが、私の考えは違うのだ。

④野球に限らず何かに挑戦する時、こうした〝恐れ〟を抱くことが成功の鍵だと思う。  最初から〝恐れ〟を抱いて挑戦すれば、失敗しても軌道修正しようと前向きになれる。  〝恐れ〟を抱かずに失敗すると、焦って落ち込んでいくだけだと思う。

⑤今年のイチローは最初からヤンキースの一員としてプレーする。  いつも〝恐れ〟を抱いて挑戦しているイチローは今年、見事な軌道修正・復活を果たすというのが私の予想だ。』

〝恐れ〟は〝繊細さ〟と表裏一体だと私は思っています。  繊細さがないと本当に強い選手にはなれません。


2.ベトナムから昨日の朝帰ってきました。  ハノイで1泊、ホーチミンで2泊、昼間の便がないので23時55分発の機中で1泊です。  初めて行ったのですが、気付いたことを書いてみます。  

①中国同様、若者が多いので異常に活気がありました。  そして、とにかく沢山のバイクが走っています。  以前テレビで見たイナゴの大軍のようでした。

②食事はほとんどベトナム料理でしたが、すべてが美味しかったです。

③海外に行って現地のビールを飲むのが私の楽しみの一つです。  ベトナムでは『333(バーバーバー)』を飲みました。  みんなで乾杯する時の掛け声「ヨー!」を何度言ったことか(笑)。

④泊ったホテルの部屋は窓なしでした。  建物の間口が制限されており、小さく細長く建っているホテルが多いからかも知れません。

⑤便座の脇に手動式のウォシュレットが付いていました。  思ったより水圧が強いので、最初は水浸しにしてしまいました(笑)。


3.①18年前からベトナムでのビジネスも手がけている浜井良顕師範には現地で大変お世話になりました。  ちなみに師範は城西支部の初代師範代で、城西初の全日本チャンピオン・大西靖人は師範の大学の一年後輩です。
支部開設直後、浜井師範に連れられてやってきたのが当時法政大学三年の大西でした。  

②極真のつながりは有り難いもので出会って35年経っても「よしあき」「山田先輩」の仲です。  でも、35年間後輩であり続けている浜井師範は大変かも(笑)。  ヨシアキ、アリガト~!

③日曜日は審査会、月曜から韓国・ソウル、翌週は中国・大連と海外行きが続きます。

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