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孫子

『戦略の教室』(鈴木博毅著 ダイヤモンド社)を読みました。  

10月4日の私のブログで『孫子』の第五編「兵勢」を取り上げています。  タイトルは『勇怯・強弱は状況の所産に過ぎぬ』でした。

『孫子』は今から2500年前の古代中国・「呉」の将軍・孫武が書いた戦略書です。  本書でも『孫子』に関する記述がありましたので、抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①紀元前506年に呉は隣国の楚と戦争を行い、孫武の見事な陽動作戦で数倍の敵に勝利。  さらに進撃して5戦5勝、たった10日で楚の首都を陥落させてしまいます。

②『孫子』の第一編「始計」では、次のように書かれています。  『戦術の要諦は、敵をあざむくことである。  たとえば、できるのにできないふりをし、必要なものを不要とみせかける。  遠ざかるとみせかけて近づき、近づくとみせて遠ざかる。  有利とみせて誘い出し、混乱させて撃破する。  (中略)  敵の弱みにつけこみ、敵の意表を衝(つ)く。  これが戦術の要諦である』

③孫武は、強国の楚の戦力を削ぐため、国境に何度もニセの奇襲を行います。  驚いた楚軍が駆けつけると退却する作戦を数年も繰り返したのです。  楚の軍隊はこの陽動作戦ですっかり病弊しました。

④その上、決戦の際には楚軍が防備を固めた陣地に突撃すると見せて、孫武は素通りし、楚の首都に向かうという情報を流します。  予想外のことに慌てて追いかけた楚軍は、決戦の場所に到着したときは疲労困憊で、軍勢の少ない呉軍にさんざんに負けました。

⑤楚軍20万人に対して、呉軍は3万人で勝つ、劇的な勝利を収めたのです。』

②の『戦術の要諦』はそのまま『組手の要諦』でもありますね。   

早いもので明日から12月です。  もっとも、極真会館に40年以上もたずさわっていると、「全日本大会が終わればすぐ年末・年始」という感じがしみついていますが(笑) 

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勝負脳の磨き方

(1)大相撲の九州場所も今日が千秋楽です。  結びの一番で一敗の白鵬と二敗の鶴竜が直接対決し、白鵬が勝てば大横綱・大鵬に並ぶ32回目の優勝となります。

そもそも私の格闘技好きは3歳頃にテレビで見た初代の横綱・若乃花から始まります。  それから半世紀を超えてずっと相撲ファンですし、結果として極真空手の指導者になる原点もそこにあります。

かって「平成の牛若丸」「技のデパート」と呼ばれた元小結・舞の海秀平さんが書かれた『勝負脳の磨き方』(育鵬社)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『1.①当時、幕内力士は平均身長が185センチ、平均体重は150キロでしたが、それに比べて、私の身長は169センチ、体重は97~98キロでした。

②相撲の基本は「当たって押せ」と言われます。  確かに大柄な力士ならそれも良いでしょう。  しかし、小兵の私がそのような相撲を取っても勝てるはずがありません。  その分、技術と戦略でカバ-するしかありませんでした。

2.①目の前の一番で勝利をつかむために常に考えていたのは、「引き出し」をたくさん作るということでした。

②さまざまな状況に追い込まれてから、どうしようか考えていては、勝つことはできません。  準備していないことは出せないものです。

3.①見逃されがちなのが、問題の一つ前、二つ前の工程の検証です。  負けた瞬間の動作から敗因を探そうとばかりする人がいます。  しかし、大事なのは負ける一つ前、二つ前の動きの検証なのです。  

②投げられた瞬間ではなく、投げられるような不用意な体勢をつくったところ、または立ち合いの当たり方に問題があるケースも多いのです。  そこを検証し、解決策を考えないと、いつまでも同じ負け方を繰り返してしまうでしょう。

③正確に問題を把握し、解決策を考えられなければ、自分の引き出しは作れません。  自分がこう動けば、相手はきっとこうなると、常に、起こりうる状況を想定し、シュミレーションしておくことが大切だと思います。

4.①私の場合、当たり勝つことがほとんどないだけに、直径4メートル55センチの狭い土俵の中で、いかにして逃げ回って、相手の圧力をかわすかを考える必要がありました。

②そしてかわすにしても、飛ぶようにかわすのか反転してかわすのか、それとも相手の腕をとって流れを変えるのか、イメージを無数に頭に思い描くようにしていました。

③プロに入ってしばらくしたころ、休日に大学時代の同級生から、「お前の相撲は面白くない。  やってることがワンパターン。  立ち合いで変化するにしても中途半端だ。  ジャンプして相手の後ろに付くぐらいの立ち合いの変化をしてみろ」と言われたことがありました。

④休みが終わり稽古を再開したときに、友人からのアドバイスがヒントとなって、ふと思いついたのです。  相手の攻めをこらえるために、狭い土俵を平面として使うだけでなく、立体的に捉えてみてはどうだろう、と。

⑤「八艘跳び」は、その考えから生まれました。  土俵の〝上〟を使うことを考えたのです。  立ち合いで飛んで横に着地し、一気に相手の後ろに回り込む。

⑥師匠がいないときにこっそり稽古場で試してみると、面白いように決まります。  一見、奇想天外にも思えますが、何も知らず無我夢中で突進してくる相手には特に有効でした。』


(2)患者:「先生私、とても怖いんです。  手術なんて初めてのことなんです」
 
執刀医:「お気持ちはよく分かりますよ。  私もとても怖いです、手術なんて初めてですから」

(11月6日に配信された本郷孔洋先生のメルマガより)


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第46回全日本大会

11月2・3日、第45回全日本大会が開催されました。  来年行われる第11回世界大会の選抜大会でもあり、フルメンバーに近い海外の強豪選手も出場しています。  そして、優勝はロシアのダルメン・サドヴォカソフ選手でした。  

城西支部から7人の選手が出場しましたが、結果と感想は以下の通りです。

①竹岡拓哉(Aブロック・ゼッケン9番)・・・3回戦でイヴァン・メゼンツェフ選手の上段ひざ蹴りで一本負け。  1・2回戦とも技ありを取るなど調子が良かっただけに、混戦の中でのちょっとした油断が悔やまれます。  1・2回戦を見る限り、技の振り分け、威力、フットワークなどに向上が見られました。  来年のウェイト制大会の必勝を期して、より一層の技術研究・筋力アップが望まれます。

②亘和孝(Aブロック・ゼッケン21番)・・・1回戦で、かってウェイト制大会軽量級で三度チャンピオンに輝いている福井祐樹選手と当たり本戦判定勝ちしました。  2回戦のイゴール・ティトゥコフ選手との試合も前半はうまく戦っていましたが、最後はティトゥコフ選手の技・パワー・気持ちに押されたように見受けられました。  今後、技術面では技の多彩さとフットワーク、体力面ではウェイトトレーニングによる体重増加とスタミナトレーニングによる心肺機能の強化をはかっていく必要があります。  

③森善十朗(Bブロック・ゼッケン33番)・・・準決勝で荒田昇毅選手に下段廻し蹴りで一本負けし、第3位でした。  1・2回戦で一本勝ちし、4回戦のアレハンドロ・ナヴァロ戦・準々決勝のイリヤ・カルペンコ戦と強豪選手に判定勝ちし、ある意味昨年の屈辱を晴らすような戦いぶりでした。  試合後に本人と話したら、来年の世界大会へ向けての手ごたえもつかんだようなので、是非前回の世界大会の雪辱も果たしてもらいたいと思います。

④鎌田翔平(Cブロック・ゼッケン65番)・・・同じく準決勝で、ダルメン・サドヴォカソフ選手の下段廻し蹴りに一本負けし、3位決定戦でも判定負けで第4位です。 善十朗と違い、一歩一歩実力を付けていくタイプなので3大会連続のベスト8からベスト4へと確実な歩みが見れました。  ウェイトトレーニングの成果が徐々に出てきましたが、世界大会に向けてより力を入れることで第二の八巻建志選手を目指してもらいたいです。   私が見る限り、城西の選手のなかでは一番コンスタントに練習量を積み重ねているので、いつか大きく花開く時を待ちたいと思います。

⑤加賀健弘(Cブロック・ゼッケン89番)・・・2回戦で樋口陽太選手に延長戦判定負け。  準優勝した6月のウェイト制でも課題でしたが、相手選手の正面に接近して立つことが多く、何度も注意の笛を吹かれていました。  ルール的にも問題がありますが、それ以上にウェイト制と違い体重無差別の大会で大型選手の正面に接近して立つと、相手選手の格好の攻撃の的になってしまい致命的です。  今回の敗戦を機に是非修正しなければなりません。  加賀の本来持っているフットワークやスピードをより生かした組手を工夫することが望まれます。  もちろんウェイトトレーニングによる体重増加は、世界大会を目指すのであれば必須です。

⑥石崎恋之介(Dブロック・ゼッケン104番)・・・3回戦で優勝したダルメン・サドヴォカソフ選手に本戦判定負け。  ウェイト制大会で課題となった下段のカットはまずまずでしたが、ダルメン選手の威力のある突き・下段、左右へのフットワークに実力負けしました。  とはいえ、手も足も出ないほどの負けではなく、今年の全日本チャンピオンと3分間戦ったことを大きな財産にして、次は雪辱してもらいたいと思います。  試合前の稽古で本人に話しましたが、毎日必ず「心臓を焼く」ことが必要です。  ダルメン選手に最後にラッシュをかけられたときスタミナ負けして応戦できなかったようにも見受けられましたから。

⑦ルモアンヌ・ファビアン(Dブロック・ゼッケン121番)・・・1回戦で大江壮大選手に本戦判定負け。  ファブのいつもの負けパターンでした。  腰を落ち着けた下段のカットができないので、相手の下段廻し蹴りで崩されているように見られてしまいます。  空手の移動稽古・型稽古や意拳の摩擦歩などをやり込むことによって、武道的なしっかり安定した腰、分かりやすくいえば相手の下段で崩されない腰を作る必要があります。  その弱点克服に関する本人の明確な意識改革が必要です。  

準決勝に2人残ったときはどうなっちゃうんだろうと思いましたが、そんなに甘くはありませんね(笑)  いずれにしても、いい夢を見させてもらいました。  

調べてみたら、過去の全日本および世界大会で城西の選手がベスト4に2人入ったことが7回あります。  でも、決勝戦の同門対決は第15回大会の大西・小笠原戦だけです。  また、第24回大会の田村・岡本は準決勝で対戦しました。

①第15回大会(1983年)・・・大西靖人・優勝、小笠原和彦・準優勝

②第17回大会(1985年)・・・黒澤浩樹・準優勝、増田章・第3位

③第21回大会(1989年)・・・田村悦宏・準優勝、増田章・第4位

④第5回世界大会(1991年)・・・増田章・準優勝、黒澤浩樹・第3位

⑤第24回大会(1992年)・・・田村悦宏・優勝、岡本徹・第3位

⑥第25回大会(1993年)・・・田村悦宏・準優勝、岡本徹・第3位

⑦第26回大会(1994年)・・・市村直樹・第3位、岡本徹・第4位

選手・セコンド・応援の皆さん、お疲れさまでした。  私ですか?  もちろん、ネバーギブアップです(笑)















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