2017年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年09月

北方謙三先生

菊澤院長を通じて、北方謙三先生から『荒野に立てば十字路が見える』(新潮社)を頂きました。  ありがたいことに私宛のサイン入りです。  「いつか自分を掘り出して輝きを手にする」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①(前略)若いころの自分を思い出すと、こうなってしまう。  あのころ、自分を掘り下げているつもりで、見当はずれの方向を掘りながら、しかし書き続ける情熱だけは失わなかった。  費やしたエネルギーに較べると、活字として結実したのは悲しいほどのささやかな量である。

②人間の情熱というのは、無目的なのだと、いまにして思う。  しかし、それでも走り続ける。  これを若さとか、青春とかいうのだよ。  ふり返っても、エネルギーと時間を無駄にしたのだとは、決して思わない。  逆に、人生にそういう時期があったことが、貴重だったのではないか、とさえ思うのだ。

③人生を棒に振るのか、と涙を流しながら、私に言った友人がいた。  棒に振った先にも、人生はあるのだな、とそいつはいましみじみと言う。  涙とともに忠告してくれる友人を持った、というのも、今では豊かさだと思える。  

④おい、人生は、中途半端に生きてはならないのだ。  特に、青春はな。  無目的だが一途。  矛盾したこれが、きちんと意味を持つのが、人が生きるということなのだ。  君には、つまらない話だったかな。』

大学生のころ、勉強をまったくせずに空手の稽古だけやっていた時期があります。  父親が真剣に心配して、「空手なんかやっていて、将来どうするんだ。」と言いました。  ③を読んで、そのことを思い出しました。  

その時父親の言うとおりに空手をやめていたら、今ごろ何をしているんだろ~(笑)

TOP↑

2017年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年09月