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お人好し

先週に続き、渡部昇一先生の本を取り上げます。  『人生の手引き書』(扶桑社新書)の「お人好しはマイナス要素だと思われがちだが、真逆である」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①仕事をする上で、頭がキレるということも重要だが、その一方で、人柄の良さも絶対に欠かすことのできない要素である。  人柄のいい人はパッとした華々しさこそないけれど、長い間にだんだん周囲の人の信頼を得て、最終的にはかつがれてトップに立ってしまうということも少なくない。

②反対に、あいつはいつ裏切るかわからない、ちょっと汚いことをする、野心家で他人を蹴落とすことをなんとも思わない、というような人は、だんだんに周囲の信用を失って自然淘汰されてしまうものなのである。

③人柄の良さで成功した一番の好例は、豊臣秀吉だろう。  秀吉は、戦国時代には、珍しいほどのお人好しだったのだ。

④たとえば、織田信長が比叡山の焼き討ちを行ったときのことだ。  同じく信長の腹心で切れ者といわれた明智光秀らの武将が、僧侶をも皆殺しにせよという信長の命令に忠実に従ったのに対し、秀吉が担当していた香芳谷だけはやや寛大で、ここから多くの男女が逃れ出て、多少の宝物も持ち出されたのである。

⑤秀吉も恐ろしいほどの切れ者だったから、皆殺しにしようと思えばできたはずである。  しかし、一般の僧侶や男女を殺しても仕方がない。  それにもまして、秀吉は、元来は単純に人を殺すのが好きではない気質だった。  それが、秀吉の人柄だったのである。

⑥中国攻めのときもそうだ。  敵は皆殺しにせよという信長の命令にもかかわらず、秀吉は無害のものは殺したくないという姿勢を貫いた。

⑦このように無用な人殺しはしたくないということを、秀吉は何度も見せている。  すると、秀吉というのは、めったなことでは人を殺さない男だという評判が立つ。  九州があっという間に秀吉についたのは、こうした秀吉の人柄によるところが大きいと言っていい。

⑧戦国時代という時代背景を考えれば異常なほどだった人の良さが、秀吉を天下人にしたのである。』

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