PREV | PAGE-SELECT | NEXT

『靴下バカ一代』

先日、渋谷のマークシティー2階にある『靴下屋』で靴下を買いました。  『靴下屋』を全国展開するタビオ株式会社(東証2部上場)の会長・越智直正さんが書かれた『靴下バカ一代』(日経BP社)を読みました。  「一生懸命に頑張っていれば、仕事があなたを守ってくれる」の項より抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「一生一事一貫」という言葉があります。  一生を通じて、一つのことを貫き通すという意味で、僕は靴下でこれを実践してきました。  経営者は自分の商品にほれすぎたらいかんのですが、僕は取りつかれてしまいました。  ええ靴下を作りたいという一心でね。  銭儲けではなく、趣味に行き着いてしまったんです。  

②なぜ靴下だったのか。  ほかに能があったら、靴下なんかやっていないよ。  たぶん高等学校を出ていたら僕は靴下屋になっていない。  僕が男前だったら映画スターになっとるし、声が良かったら歌手になっとる。  靴下に出会い、結果として靴下と40年、50年と付き合っている。  それ以外に才能がないだけのことよ。

③自分で職業を選ぶのではない。  僕の場合、靴下が僕を指名したと思う。  僕は靴下業界に入るなんて全然思ってもいなかったし、靴下問屋に丁稚奉公に行くと知ったのは大阪に出てくる1週間前です。  学もないし靴下のことしか知らん。  僕には選択肢はなかったわけです。

④職業というのはみんなそうだと思う。  僕がそれに気づいたのは40歳くらいのとき。  ベートーベンやモーツァルトだって、ほかに能力がないからその分野に打ち込んだんちゃうやろか。  歴史上の人物はたいがい一つのことをやっているのと違うかな。  

⑤一流の製品で世界一になる。  それが丁稚の頃からのたった一つの夢です。  あとは何にもありません。  僕は植木みたいな人生です。  そこに植えられたからにはそこで育たないとしょうがない。

⑥これだけ長い間やっていても、まだまだ課題があるもんやから、頭が靴下でいっぱいになりまんねん。  70歳を超えても好きなことをしよるというのは幸せなことです。

⑦靴下の導きのままに、僕の人生を生きてきました。  才能がなくても一生懸命に頑張っていれば、仕事があなたを守ってくれる。  安心して仕事に自分のすべてを任せればええんです。』

7月2日のブログで紹介した『叙々苑』の創業者の新井泰道さんも、中学卒業後、東京に出て最初に働いたのが焼肉屋でした。  職業の選択というのは、そういうものかも知れませんね。

でも、『靴下バカ一代』って『空手バカ一代』のパクリ?(笑)      

TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT