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背面跳び

1.26日の土曜日の夜、NHKのBS1で 『 信念が世界を世界を変えた・背面(はいめん)跳び 』 の再放送を見ました。  陸上競技の走り高跳びで、今は一般的になっている 『 背面跳び 』 が生み出された経緯がテーマでした。

2.私が背面跳びを初めて目にしたのは、1968年のメキシコオリンピックのテレビ放送です。
  
 ほとんどの選手が、当時一般的だった 『 ベリーロール 』 で跳ぶ中で、アメリカ代表のディック・フォスベリー選手が、背面跳びで金メダルを獲得したのです。

3.テレビ番組の内容を紹介します。

① フォスベリー選手はスポーツ好きの少年だったが、野球・フットボール・短距離など、何をやってもパッとしなかった。

② 背が高かったこともあり、ある時期から走り高跳びを始めたが、ベリーロールではうまく飛べず、古い跳び方である 『 はさみ跳び 』 で跳んでいた。

③ 大学に入学してからも、はさみ跳びを続けていたが、成績が伸びないので、コーチから三段跳びへの転向をすすめられた。

④ どうしても走り高跳びを続けたかったフォスベリー選手は、ある競技会で偶然、今の背面跳びに近い奇妙な形でバーを跳んだ。  それを見て、回りの人達は皆笑った。

⑤ 回りからの失笑にもめげずに、助走方法など、いろいろ工夫しながら続けるうちに、全米の学生選手権で優勝するまでになった。

⑥ メキシコオリンピックの代表選考会で3位に入った ( 代表枠は3名 ) 。

⑦ メキシコオリンピックでは、ベリーロールの本家・ソ連の選手と全米1位の選手との三つどもえになった。  まずソ連の選手が脱落し、次に全米1位の選手にも勝って、フォスベリー選手がゴールドメダリストに輝いた。

4.昨年テレビで、体操の塚原光男選手がトランポリンの技からヒントを得て、鉄棒での下り技として 『 月面宙返り 』 を編み出したドキュメンタリーを見ました。  

 先駆者(せんくしゃ)は大変ですが、新しい技を開発・完成させて、結果を出す喜びは、何ものにも換えがたいものだと思います。

5.中学3年の時に、リアルタイムでメキシコオリンピックを見た私にとって、60歳を超えたフォスベリー選手の映像には、感慨深いものがありました。

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