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輪島功一さん

1.ボクシング元世界チャンピオン・輪島功一さんのインタビュー記事が11月28日から全10回で朝日新聞夕刊に連載されました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。


『①――練習では根性が大事。

俺のジュニアミドル級(現スーパーウエルター級、体重69・85キロ以下)では、俺よりリーチ(両腕を横に広げた時の左右の指先の間の長さ)が長いボクサーばかりだった。  だから相手のパンチが当たらないよう、動いて動いて動きまくる。  よけてパンチを出させて、パンチを出させてよけて、間を詰めて、ガーンと打つわけよ。  その動きを身につけるために人の3倍、4倍も練習した。


②――輪島さんは序盤から全力でいくタイプでしたね。

3回で6回分のスタミナを使った。  心配ですよ。  ものすごく勇気がいるんだよ。  でも、自分のペースになる。  相手ペースでやったら、100の力のうち80を出しても50しか通用しない。  でも、自分のペースでやれば、相手のいいところを殺せるから、50で80、90の効果が出る。  そういうところが、輪島っちゅうのは頭が良かった。


③――71年10月、世界同級王者のカルメロ・ボッシ(イタリア)に挑み、中盤、しゃがんでからジャンプしてパンチを出します。

天下のカエル跳びが出たんだよ。  当たったんだよ。  カーンとではないけど。  ボッシが「俺様の前で無様な格好しやがって」という顔で打ってきた。  倒されるかもしれない。  でも、自分のパンチも当たる可能性がある。  グングンいってさ。  2―1の判定で勝ったんだよ。

――カエル跳びは練習していたのですか。

してないよ。  その場で、相手の出方を変えようとやった。  やろうと思えば、みんなできる。

――そもそも上半身をよく動かす変則スタイルでしたね。

リーチをくれっていうんだよ。  俺は168センチで短い。  同じ腕の長さをくれれば同じスタイルになってやるよ。  パンチをもらわないための工夫、駆け引きだよね。  それで変わったことをするんだよ。


④――世界ジュニアミドル(現スーパーウエルター級)王者としての初防衛戦は1972年5月。  相手はドメニコ・チベリア(イタリア)でした。

相手は一度もダウンしたことがなかったらしい。  打たれ強い。  KOじゃないよ、ダウンだよ。  これは考えた。  よし、変わったことをやろうと。  一度下がって、勢いをつけてパンチを打った。  パンチの力が強くなるでしょ?   まさか、というパンチで相手はダウンした。  ここで倒さなかったら逆にやられると思って、一気に行ったら1回KO勝ち。  可能性があったら、何でもかけてみないとね。


⑤――2度目の防衛戦が同年10月。  マット・ドノバン(トリニダード・トバゴ)戦でした。

相手はリーチが35センチも長かったんだよ。  こいつに勝つにはどうしたらいいか考えて、調印式に巻き尺を持っていった。  もう試合前から始まってんだからね!   「ミスタードノバン、グッド、リーチ」とか言って測ってさ、「いやあ、これは無理だ」という顔を見せるわけだ。  相手はニヤニヤ笑ってたよ。  心の駆け引きね。

――相手より速く動くことがポイントだったのですね。

あっちへ行って、こっちへ行って、やつのパンチは当たんないわけ。  「おかしいな。  俺のプレッシャーがかかっているはずなんだけどな」という顔しているのが、ありありとわかるわけよ。  打たせて寄っていって、左フックで3回にKO勝ちだ。


⑥――6度目の防衛戦は74年2月、73年1月に引き分けたミゲール・デ・オリベイラ(ブラジル)との再戦。  相手有利の前評判でした。

そうだね。  そこで、あっちむいてほい作戦だ。  タクシーに乗っていて、「輪島さん、この前の試合良かったね」とか、運転手といろいろ話をしていたら、運転手が相づちを打ちながら、窓の外の方を向いたんだよ。  俺もそっちを見た。  別に何もない。  でも、運転手がみたら、そっちを見るだろ?   これ、やってみようと思ってね。

――何回に実行したのですか。

4回か5回かな。  調子に乗せまいと思って。  構えて、パッとあっちをみたらさ、あいつもそっちを見たんだよ。  そこでバーンと打ったら当たった。  怒ってさ。  もう俺のペースだ。  ガンガンいって。  「100%勝てない」と言われた相手にしっかり判定で勝ったんだよ。

――駆け引きの勝利でしたね。

今、駆け引きという言葉は、悪いイメージに思われがちだ。  いい方に考えないとね。


⑦――76年2月、前年6月にKO負けした柳済斗(韓国)と再戦をします。

(75年1月に再戦で勝利した)オスカー・アルバラード(米国)もそうだったけど、一度勝った方は余裕を持ってくるわけだ。  そこで、今度は調印式でマスクした。  ゴホッ、ゴホッと。  目は合わせないよ。  小便に行った時、相手のトレーナーが「ワジマ、どうした?」と。  「大丈夫、ゴホッ、ゴホッ」と。  見ていたら笑って出ていった。  やった、と思ったよ。

――風邪をひいていると思わせた。

コーチをだませたら、選手もだませるよ。  「いいところ、3回までだろ」という感じよ。  いや、ホントに風邪をひいていると、3回までしか持たない。  1回からガンガン行ってさ、2回もガンガン行って。  そうしたらね、笑ってたね。

――そろそろ落ちる、と。

 そうそう。  「早く勝負をつけようとしているんだろう」と。  4回になるとね、「あれっ」という顔をし始めた。  で、ガンガン行ってさ。下がったらパンチをもらうから。  前行って、前行って、前行って。  15回KO勝ち。』

③のカルメロ・ボッシの「しゃがんだり、左右に動いたりで見ているだけで疲れた」というコメントが朝日新聞に載っていたそうです(笑)


2.日曜日は松井館長・高橋佑汰選手・上田幹雄選手と全空連の全日本大会に行きました。  昨年も招待されたのですが、パッと見たところ観客が倍以上入っていました。  オリンピック効果は凄まじいです。  また、今年から天皇杯・皇后杯が授与されるということで、天皇陛下が決勝戦を観戦されました。  

極真会館も含めた空手界全体にとって、2016年は『空手維新』ともいうべき大変革の年だったのかもしれませんね。  さしずめ、全空連と極真会館との友好団体化は薩長同盟?(笑)


3.昨日は鎌田翔平の優勝祝賀会でした。  城西支部の関係者だけでなく、富山から山口師範代と翔平のご両親にも参加していただきました。  私を含めチーム城西にとっては最高の夜となりました。  出席していただいた皆さん、本当にありがとうございます。


4.明日は恒例の城西門下忘年会です。  お忙しい中、松井館長にも毎年出席して頂いています。  

近年はOBの大賀雅裕(J-NETWORK代表)も参加してくれています。  城西初期のメンバーと何十年も前の思い出話で笑えるなんて、こんな幸せなことはありません。








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