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松田優作さん

1. 『 逆境者 松田優作 』 ( 新潮社刊 ) を読みました。  著者の松田美智子さんは、松田優作さんの最初の奥さんです。

2.優作さんは、極真会館本部道場の先輩です。  といっても、お目にかかったことはありません。

 ウィキペディアでは、極真会館2段と書かれていますが、実際は3級ないしは4級の緑帯で、その後は道場をやめられたようです。

3.以前、大石代悟先輩から話を聞いたことがあります。  

 それによると、昭和44年の春に入門され、1回目の審査会で白帯から緑帯になりました。

 同じ審査会を一緒に受審した白帯の中に、後に第1回世界大会チャンピオンになった佐藤勝昭先輩や大石先輩、岸信行先輩など、私が昭和46年に入門したときの指導員の方々もいました。

 結果は、佐藤先輩と優作さんが緑帯に、大石先輩と岸先輩は黄帯になりました。  身長が183センチあって、大柄だった優作さんには、大山総裁も目をかけていたんじゃないかと思います。

4.平成元年にガンでなくなられました。  まだ、40歳の若さでした。  

 この本には、すざまじいまでのエネルギーで生き抜いた様子が、くわしく書かれています。

5.無名時代からの親友である、女優の桃井かおりさんの話が興味深かったので紹介します。

 『 人がツキをつかむためには、なにかを削るような思いで、エネルギーをとんがって発射しているんだよね。  だから1段登れたような幸運がやってくるんだけど、でも、優作はなにかを使い果たしたんだと思うのよ。  ( 中略 )

 人それぞれの人生のツキとか、ラッキーコインは何個とか重さは何グラムとか、幸せの目方は決まってると私は思うから。  そのときに、優作はどこで使ったのかというと、私生活でコインを使ったね、という感じがするわけよ。 』

6.今朝、新聞のテレビ番組欄を見たら、偶然ですが、午後9時からテレビ東京で、優作さんの遺作となった 『 ブラック・レイン 』 をやるようです。  

 撮影の時には、すでにガンの宣告を受けていて、血尿が出るのを隠しながら、演じていたんだそうです。

 今日は、お酒を早めに切り上げて、久しぶりに、優作さんを見たいと思います ( 合掌 ) 。

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