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なぜ戦争に反対できないのか

1945年8月15日の終戦から72年が経ちました。  毎年、終戦記念日の前はテレビで太平洋戦争関連の特番が放送されます。  昨日はNHKBS1スペシャル「なぜ日本は焼き尽くされたのか~米空軍幹部が語った“真相”~」の再放送でした。  

『十五歳の戦争 陸軍幼年学校「最後の生徒」』(西村京太郎著 集英社新書)を読みました。  作家の西村さんは1945年4月にエリート将校養成機関「東京陸軍幼年学校」に入学し、終戦までの4カ月半在籍したそうです。  「なぜ戦争に反対できないのか」の項から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『(1)最後に、どうしても、書いておかなければならないのは、日本人の抵抗力である。  (中略)  太平洋戦争を推進した軍人は、ほとんど全員が、「勝てるとは思えなかった」といい」、「無謀な戦争だった」という。

(2)それなのに、反対の声が小さく、なぜ、敗ける戦争を開始してしまったのか?  戦争を始めてからでも、なぜ国民の間から、戦争反対の声が起きなかったのか、反戦のストライキが生まれなかったのか?

(3)この疑問は、恐らく、延々と続くだろう。いや、延々と続けて欲しい。  ここまで書いてきたことをまとめると、日本人が戦争(現代戦)に向いていない理由は以下のようになる。

①国内戦と国際戦の違いがわからない。
②現代戦では、死ぬことより、生きることが重要なのに、日本人は、死に酔ってしまう。
③戦争は、始めたら一刻も早く止めるべきなのに、日本人は、だらだらと続けていく。
④日本人は、権力に弱く、戦争を叫ぶ権力者の声に従ってしまう。
⑤頭の中では反対でも、沈黙を守り、賛成しなかったからいいと、自分を納得させてしまう。
⑥日本人の場合、社会の前に世間があって、その世間に屈して、社会的行動を取れない。
⑦日本人が、一番恐れるのは、「臆病者」とか「卑怯者」といわれることである。  だから「臆病者」「卑怯者」といわれるのを恐れて、戦争に賛成した。

(4)勝算なしに戦争を始めた。  敗戦が続いたら、和平を考えるべきなのに僥倖をたのんで特攻や玉砕で、いたずらに若者を死なせてしまう。  終戦を迎えたあとは、敗戦の責任を、地方(現場)に押しつけた。

(5)戦後は、現在まで戦争はなかったが、原発事故があった。  その時も、虚偽の報告を重ね、責任を取ろうとせず、ひたすら組織を守ることに、汲々としていた。

(6)これではとても、現代戦を戦うのは、無理だろう。  良くいえば、日本人は、平和に向いているのである。』

私の父親は1945年6月に陸軍士官学校を卒業しています(第58期生)。  もう一年早く卒業していれば前線に行き、戦死していた可能性もありました。  実際、1944年4月卒業の第57期生一覧をネットで見ると戦死して2階級特進し、大尉となった方の名前が出ています。 

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