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高橋是清

1.10月8日のブログで取り上げた『人生の手引き書』(渡部昇一著 扶桑社新書)の中に高橋是清に関する記述がありました。  『「自分はツイている」という自己暗示が、幸運を呼び込む』の項から紹介します。

『①運を呼び込むためには、「自分はツイている」という思い込みも重要である。

②明治から昭和にかけて活躍した政治家、高橋是清は、この「自分はツイている」という思い込みで幸運を呼び込んだ人の例の一つだろう。この人の伝記を読むと、子どものころから自分は絶対に運がいいはずだと信じ込んでいたことがよくわかるのだ。

③高橋是清は、幕府の御用絵師の子として江戸時代に生まれ、その後、仙台藩の足軽の養子となった。  晩年、「ダルマさん」と呼ばれた是清だが、幼いころからコロコロとした可愛らしい子どもだったという。

④ある日、神社で遊んでいると、たまたま伊達家の奥方が神社にお参りに来た。  小さな是清は、身分が高い人であるにもかかわらず、ものおじせずにニコニコとして近寄って行った。  その姿がなんとも愛くるしかったため、奥方に可愛がられ、翌日にはお屋敷にも呼ばれて殿様にも可愛がられるようになったそうだ。  それが機縁でアメリカに行くことになった。

⑤こういうことがあったため、是清は自分には運がついていると思うようになった。  そして、それが、彼の活躍につながるのである。

⑥たとえば、日露戦争の資金調達のためにイギリスを訪れたときのことだ。  千万ポンド必要なところ、イギリスからは五百万ポンドしか引き出せなかった。  普通ならば、落胆しきって顔色も悪かったことだろう。  何しろ、日本の命運が自分の両肩にどっしりとのしかかり、資金調達の失敗は、日露戦争に敗けることを意味したからだ。  体中に悲壮感が漂っていても、おかしくない。

⑦ところが、是清はこのような大ピンチのときにも、「オレは運のいい男なのだから、きっとなんとかなる」と思っていた。  そして、それが本当に、なんとかなってしまったのである。

⑧ある夜、是清はある銀行家のパーティーに招待された。  そこでたまたま隣に座った男と話が弾むのだが、これがユダヤ人で反ロシアだったのだ。  話すうちにすっかり是清を気に入ったその男は、残り五百万ポンドの資金援助を約束してくれたのである。

⑨このユダヤ人との遭遇は、まさしく偶然であり、運としか言いようがない。  そして、是清がそのユダヤ人の前でしょんぼりとうなだれているだけだったら、意気投合することはなかったかもしれない。  是清が運を信じて体中から運気ともいうべきものを発散させていたからこそ、この遭遇と、それに続く幸運があったのだろう。

⑩是清の例に限らず、「自分は絶対に大丈夫だ」と、根拠のない自信を抱いている人は、結構いる。  これは、ある種の自己暗示であり、この自己暗示が、本当に幸運を導いてくれることも、たまさかではないのだ。』

2.高橋是清がアメリカ留学に際してだまされ、奴隷のような生活を強いられたことは有名です。  以下はネットからの引用です。

『横浜に滞在していた貿易商に学費や渡航費を着服されたうえ、ホームステイ先では年季奉公の契約書にサインしてしまったのです。  当時の年季奉公は最低限の食料品と日用品が与えられる程度で、労働に従事しなくてはいけません。  彼はここで奴隷のような生活を送らなくてはいけなくなってしまったのです。  しかし、彼はここで英語力を身に着けたのです。  彼にとって英語力はまさに生きるために必須の能力だったことでしょう。』

「だるま宰相」と呼ばれた高橋是清ですが、風貌が似ていただけでなく、その人生もまさに「七転び八起き」でした。  そんな中でも、「オレは運のいい男なのだから、きっとなんとかなる」ってスゴイですね。

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