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三宅義行・宏美、父と娘の挑戦

1.1964年、東京オリンピックの重量挙げで、三宅義信選手が金メダルを取りました。  私が、小学校5年生のときでした。  三宅選手は、4年後のメキシコオリンピックでも、2大会連続の金メダルを獲得しました。

 メキシコオリンピックでは、弟の義行選手も銅メダルで、兄弟同時に、表彰台に上がりました。

2.先週末、NHKのBS放送で 『 たった1日を笑うために  ~重量挙げ 三宅宏美~ 』 を見ました。  三宅義行選手の娘さんです。

3.NHK・BSオンラインの、番組概要を紹介します。

 『 2000年、1人の中学3年生の目が、テレビにくぎ付けになっていた。  (中略)  ピアノで、音大を目指そうとしていた、その心をとらえたのは、シドニー五輪の大舞台で、自分の体重の2倍以上ある、バーベルを挙げる女子選手の姿。

 「私も、この重量挙げで、オリンピックに出たい」。  突然の申し出に、最初は反対した父も、自分の高校時代の重量を挙げてしまう、15歳の素質を前に、考えを変えた。

 ------- 「 この子は、世界に通用する。 」

 以来、二人の生活は激変した。目標を北京五輪に定め、義行は、16年の競技人生で培った教訓を、宏実に余すことなく伝えた。  その指導は、10年は必要というオリンピック出場を、たった3年半という早さで、成し遂げる。  しかし2004年アテネ五輪の結果は9位。  (中略)

-------それから4年。

 父娘は、再び五輪への切符を、掌中にした。  

 「 僕たちは、たった1日笑うために、364日苦しみ続けるんですよ。 」

 あるときはコーチと選手、あるときは父と娘。  二人きりの練習場では 「 喜び 」 「 苦しみ 」 「 怒り 」 「 自制 」 「 思いやり 」 さまざまな感情が交錯する。 』

4.オリンピックを目指す、宏美選手のハードトレーニングに感動しました。  しかし、それ以上に、娘のことを、ずっと見守りながらアドバイスを送る、父・義行さんの姿に、同じく娘を持つ身として、胸を打たれました。

 

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