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(1)昭和53年 支部長に

1.私のブログを読んで、読点(とうてん)、つまり ( 、 ) が多いと思われる方が、いらっしゃるかもしれません。  ブログを書くに当たって、次のような点を心がけています。

①ブログを、携帯で読まれている方が、多いようなので、なるべく1つの文章を短くする。

②同様に、読点を多くして、文を細切れにする。

③読みやすくするために、文章の頭に ( 1.2.3. ) の番号を振る。 

④少年会員が読むことも考えて、難しい漢字には、読みがなを振る。

2.閑話休題(かんわきゅうだい。 「 むだな話はさておいて 」 の意 )。

 今年の8月で、東京城西支部道場を開設してから、30年になります。

 何回かに分けて、支部の歴史を書いてみたいと思います。  ただ、なにぶん30年前のことです。  細かい点に関しては、記憶が必ずしも確かではありません。  あしからず。

3.昭和51年の3月に、中央大学商学部を卒業しました。  大学時代は、空手漬けで、勉強も就職活動も、まったくしませんでした。

 卒業後、私は、前年から始めた公認会計士2次試験の、受験勉強を続けていました。

 大学3年のときに、第6回全日本大会に出場し、その翌年は第1回の世界大会でした。  昭和51年の第8回大会は、受験勉強のため欠場しました。

4.昭和52年は合格して、選手に復帰するつもりでいましたが、肝心の本試験は不合格でした。  当時、公認会計士2次試験は、毎年7月に試験が行われ、9月に発表がありました。  練習不足は分かっていましたが、11月の第9回全日本大会には出場しました。  結果は、第6回大会同様、4回戦で延長戦負けしました。

5.昭和53年に、大山総裁から極真会館東京城西支部長の認可をいただいたのですが、その話は次回に、ということで ( 笑 ) 。   

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