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(3)昭和53年 支部道場スタート

1.昭和53年1月26日、大山総裁から、極真会館東京城西支部長の認可状をいただきました。

2.当初、大山総裁からは、東京の 「 蒲田(かまた) 」 で、道場をオープンするように言われました。  

 当時、私の住まいは、東京都田無市 ( 現在の西東京市 ) でした。  そこで、通いやすい世田谷区や杉並区あたりに、道場を持ちたい旨、大山総裁にお願いした経緯があります。

 もし、蒲田でオープンしていたら、私は東京城南支部長になっていたはずです。

3.これで、すぐにでも 「 道場スタ-ト 」 となるべきなのでしょうが、私の場合は違っていました。  というのは、公認会計士2次試験の受験が控えていたからです。

 とりあえず、7月の本試験に向けての勉強、そのあと道場の準備ということにしました。

4.公認会計士2次試験は、3日間で、7科目の試験が行われるのですが、7月後半に、無事試験を終えることができました。  前年は、直前に体調を崩したりしたのですが、この年はそういったこともなく、順調に受験できました。

5.8月からは、道場のオープンに向けての、準備開始です。  まず、場所の確保です。  親のすねかじりで、貯金などあるわけもありません。  公共施設のように、時間貸しをしてもらえるところを、探さなければなりません。

 いろいろ歩いてみたのですが、公共施設も、すでに他の団体でいっぱいだったりして、なかなか見つかりませんでした。

 結局、小田急線の参宮橋にある 「 オリンピック記念青少年総合センター 」 の地下の体育スペースを、土・日・月曜日の夜、貸していただけるようになりました。 「 オリンピック記念青少年総合センター 」 は1964年の東京オリンピックの選手村のあとです。

6.地下のスペースの半分を借りるのですが、残りの半分では、レスリングやアクションクラブや体操の団体が練習していました。  また、床がピータイルで、汗で滑りやすく、体操のマットを並べて、その上で稽古しました。

7.最初は、ポスターの印刷が間に合わず、入会者もいません。  受験勉強仲間がおもしろがって、稽古に参加してくれていました。  

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