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父のこと

1.私の父は、大正13年10月22日に、長野県岡谷市で生まれました。

 祖父は開業医でしたが、父が5歳のときに亡くなり、祖母の手によって、弟2人とともに育てられました。

2.長野県諏訪中学校 ( 現在の諏訪清陵高校 ) から、陸軍士官学校に進み、卒業の年に終戦を迎えました。

 戦後は、アルバイトをしながら、中央大学に通い、卒業後は、日興証券 ( 現在の日興コーディアル証券 ) に就職し、定年まで勤め上げました。

 20年ほど前に、道場の事務局を手伝っていたことがあるので、そのころいた人は知っていると思います。

3.手元に 『 私の太平洋戦争 』 という、父の自筆の原稿があります。  私が中学か高校のとき、先生から出された課題で、父に書いてもらったものだと思います。

 400字詰め原稿用紙で12枚ですが、 「 あとがき 」 として、父の雑感が6項目書いてあります。  その最後の項目を紹介します。

 『 私が、軍国主義のお先棒(さきぼう)をかついで ( 当時、何も分からなかった ) 、陸軍士官学校に入ったことは、後年、種々批判もあろう。  

 しかし、当時、夢中で青春を賭けたことは、決して無意味ではなかった。  

 というのは、青春時代は何でもよいから、精魂こめて、打ち込むべき時であると思うから。  と同時に、早くに、自主独立の気概(きがい)を養い、持つべきであると思うから。 』

4.3月21日(金)、21時57分に、腎不全で、父が亡くなりました。  18日(火)の昼まで元気だったことを思うと、ちょっと不思議な気持ちです。  

 でも、私の理想とする 「 ピンピンコロリ 」 だったわけで、いい死に方だったと思います。  83歳でした。

5. 『 高峰院法道日順居士 』 。  練馬の本照時のご住職に、すばらしい戒名を付けていただきました。
 
 月曜日・火曜日は通夜・告別式です。  水曜日に、ブログでお目にかかります。

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