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(5)昭和53年 第10回大会

1.常設の道場でなく、練習環境としては、必ずしも良くなかったと思います。

 しかし、劇画 『 空手バカ一代 』 の影響もあり、入会者は順調に増えていきました。

2.昭和53年の9月に入って、会員募集のポスターも刷り上りました。  会計士試験の受験仲間や、新しい道場生と一緒に、何台かの車で近隣に貼って回りました。

 小田急線の代々木上原駅の、高架下に貼ったポスターを、駅からの連絡で、はがしに行ったりもしました。

3.9月末に、公認会計士第2次試験の、合格発表がありました。  幸運にも、合格者名簿の中に、自分の名前を見つけることができました。

 結果的に、道場で教えながら、受験勉強をする必要がなくなりました。

4.7月の本試験の後、道場スタートの準備と平行して、11月の第10回全日本大会に出場するための、トレーニングを開始しました。

 前年の第9回大会後、受験勉強に入り、正味3ヵ月間しかありません。  稽古不足であることは否(いな)めず、2回戦で負けてしまいました。

5.道場生を持ち、指導する立場に立って、初めての試合だったので、ショックでした。 

 でも、「 指導者の立場 」 と 「 選手の立場 」 は別物と割り切ることにしました。  そうでないと、結果が怖くて試合に出れなくなります。

6.3月21日のブログで書いた、芦原師範に 「 山田、組手をむずかしく考えすぎなんじゃないか。 」 とアドバイスしていただいたのは、このとき負けた試合会場でのことです。

 受験勉強で、稽古時間が取れないため、頭の中で理屈をこねていただけだったのかも知れません。

 空手修行において、頭で考えることは、もちろん大切です。  

 しかし、それを身体に落とし込むために、反復することは、さらに重要です。  そのことを、芦原師範に指摘されたのだと思います。 

 

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