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(7)昭和54年 第10回大会

1.公認会計士試験は、第1次から第3次まで、3回の試験があります。  

 第1次試験は、大学の一般教養課程を終えれば、免除になるので、私は第2次試験から受験しました。

 第2次試験に合格すると、1年間の実務補修と、2年間の業務補助を経て、3年後に第3次試験を受験します。  ですから、私の場合、早ければ昭和56年秋の第3次試験を受けることになります。

 昭和54年前半は、1年間の実務補修期間中でした。  週3回、月・水・金曜日の夜、本郷にあった公認会計士協会に通いました。  

 30年も前のことなので、現在とは、システムが違うかもしれません。

2.昭和54年5月、その年の11月に開催される、第2回世界大会の選抜を兼ねた、第11回全日本大会が行われました。

 以前にも書いたとおり、前年の第10回大会の前は、あまり稽古できませんでした。  今回はその後、半年間稽古できたので、ある程度自信を持って、試合に臨むことができました。

3.試合は1日で行われ、64名の選手が出場しました。  

 トーナメント表を見ると、2回戦で浜井識安君、それに勝つと、3回戦は、やはり同期の東孝さんと当たります。

 浜井君の顔面殴打の反則もあり、2回戦は判定勝ちしましたが、3回戦は、逆に判定負けしました。  

 ベスト16で、世界大会代表枠のベスト8には入れませんでした。

4.この年の10月10日に結婚しました。  公認会計士の福田富雄先生に仲人をお願いし、主賓として大山総裁ご夫妻にも来ていただきました。  

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