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(8)昭和54年 ウェイトトレーニング

1.第11回全日本大会で、東孝さんに判定負けして、パワーアップの必要性を、痛感しました。

 昭和46年の入会時に、64kgだった体重も、78kgになっていました。  しかし、全日本のトップクラスと戦うには、パワー不足です。  

2.道場スペースを借りていた 「 オリンピック記念青少年総合センター 」 のトレーニング施設で、自己流のベンチプレスは、やっていました。  でも、本格的に指導を受けて、ウェイトトレーニングに取り組んだことは、ありませんでした。

3.筋力トレーニングの目的には、最大筋力のアップ ( どれだけ重いものを、持ち上げられるか ) と、筋持久力のアップ  ( 一定の重さのものを、いかに数多く、持ち上げられるか ) があります。

 柔道や相撲などでは、相手の道着や回しを長時間握ったまま、戦う必要があるので、両方必要です。
  
 しかし、極真空手の試合では、最大筋力のアップに、主眼を置くべきだと思います。

4.西国分寺に 「 アスレチック・セキ 」 という、パワーリフティングのジムがありました。  

 現在、府中道場をお借りしている 「 パワーハウス 」 の吉田会長をはじめ、パワーリフティングのチャンピオンが、多数在籍されていました。  そこに、お世話になることにしました。

5.その当時、選手が出場できる大会は、全日本大会・全世界大会しかありません。  

 5月の第11回全日本大会で、入賞できなかったので、11月の第2回世界大会には、出場できません。  次に、私が出場できるのは、翌昭和55年秋の、第12回全日本大会です。

6.結果として、約1年半かけて、本格的に、ウェイトトレーニングに取り組めたのは、良かったと思います。  1年半で、記録と体重が次のように、伸びていきました。

①ベンチプレス  100→137.5kg

②スクワット  130→200kg

③体重  78→83kg


  

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