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大横綱・双葉山

1.『横綱の品格』(双葉山著 ベースボールマガジン社刊)を読みました。

 双葉山の「69連勝」は、70年間破られない、不滅の大記録となっています。  年2場所制の、1936年1月場所から、1939年1月場所にかけて達成され、この間、5場所連続全勝優勝を飾っています(当時、1場所11日・13日制でした)。

2.本の中の「受けて立つ」という項を紹介します。  番号は、私が振りました。

『①もともと、「受けて立つ」という取り口には、2通りあるように思われます。  

②文字通りに「受けて立っ」て、相手を倒すというのは、その1つですが、これは自分と相手との間に、よほどの力の隔(へだ)たりがなければ、不可能なことなのです。  私などの場合では、相手との間に、それほどの力の開きがあったわけではないのですから、それはいわば「できない相談」なのです。

③私の場合、「向こうの声で立つ」・・・「向こうが立てば立つ」、しかし立った瞬間には、あくまでも機先を制している・・・換言(かんげん)すれば、いわゆる「後手の先(さき)」で、立った瞬間には、自分として十分な体勢になっている、そういう立ち合いだったといえましょう。

④以上2つの「受けて立つ」は、外形上、結果的には同じようにみえても、内実的には、確たる差異がひそんでいるのです。  私の「受けて立つ」は、相手との力の違いがさほどなくても、心がけしだいで、できることだと思います。』

3.同様に、「目に頼らぬ」という項を、抜粋して紹介します。

『①相撲の技は、今さら申すまでもないのですが、頭で考えるだけでは駄目なのはもちろんのこと、頭で考えて、それから技が出るというのでも、駄目なのです。 (中略)  こうと思った瞬間には、もう技が出ているのでなければなりません。  (中略)  

②「心身一如(しんしんいちにょ)」とでもいいましょうか、自分の意識と体とが、一枚になりきるのでなければ、勝ちを制するのはむずかしいのです。

③相手の「隙(すき)」をつかむことは、勝負の上に肝要(かんよう・・・非常に大切なこと)このうえもないことですが、さてその「隙」は、眼で知るのではなく、こちらの体で感得(かんとく)すべきです。  自分の修練が積んでくると、相手の身体的ないし心理的な動きは、ただちに自分の身に感応されるものです。』

4.ちなみに、双葉山は6歳ごろより、右目がほとんど見えなかったそうです。

 明日の金曜日から、来週の月曜日まで、ブログをお休みさせていただきます。  次は、22日の火曜日に、お目にかかります。

 よい週末を。
 

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