2008.05.12 Mon
(15)昭和55年 第12回全日本大会
1.昭和55年11月、第12回全日本大会が開催されました。 私と一緒に、大西靖人が城西支部の生徒として初めて、全日本大会にエントリーします。
2.私にとっては、第6回、第9回、第10回、第11回大会に続き、5度目の全日本大会です。
1年半かけてウェイト・トレーニングに取り組み、ベンチプレスで137.5キロ、スクワットで200キロを上げるようになっていました。 1年半前の第11回大会出場時、78キロだった体重も85キロになっています。
3.Dブロック前半のゼッケン99番で、勝ち上がれば、三瓶啓二選手と4回戦で当たります。
1回戦は判定勝ちでしたが、2回戦は下段回し蹴りで一本勝ち、3回戦は下段回し蹴りと前蹴りの合わせ一本勝ちでした。 一本勝ちが続いたのは、ウェイト・トレーニングの効果だと思います。
4回戦の三瓶戦は、再延長戦まで戦って決着がつかず、試し割り判定で三瓶選手の勝ちとなります。 三瓶選手はこの後も順調に勝ちあがり、初優勝を遂げます。
4.初出場の大西は、Aブロック前半のゼッケン25番で、一回戦で、前年の第2回世界大会で第8位に入賞した川畑幸一選手(現、近畿本部長)と当たります。
大西はよく「自分は一発勝負は強いですから」と言っていましたが、その言葉通り、延長戦で判定勝ちしました。 2回戦も延長判定勝ちします。
3回戦の相手は竹和也選手(現、九州本部長)です。 竹選手に下段回し蹴りを効かされ、判定負けしました。
5.この大会に17歳で初出場し、第4位に入賞したのが、松井章圭館長です。
松井館長の試合は、それ以前にも東北大会や千葉大会で見ています。 体の柔らかさを生かした、華麗な蹴り技が印象に残っていました。
大舞台・全日本大会での、高校生選手の活躍は衝撃的でした。
2.私にとっては、第6回、第9回、第10回、第11回大会に続き、5度目の全日本大会です。
1年半かけてウェイト・トレーニングに取り組み、ベンチプレスで137.5キロ、スクワットで200キロを上げるようになっていました。 1年半前の第11回大会出場時、78キロだった体重も85キロになっています。
3.Dブロック前半のゼッケン99番で、勝ち上がれば、三瓶啓二選手と4回戦で当たります。
1回戦は判定勝ちでしたが、2回戦は下段回し蹴りで一本勝ち、3回戦は下段回し蹴りと前蹴りの合わせ一本勝ちでした。 一本勝ちが続いたのは、ウェイト・トレーニングの効果だと思います。
4回戦の三瓶戦は、再延長戦まで戦って決着がつかず、試し割り判定で三瓶選手の勝ちとなります。 三瓶選手はこの後も順調に勝ちあがり、初優勝を遂げます。
4.初出場の大西は、Aブロック前半のゼッケン25番で、一回戦で、前年の第2回世界大会で第8位に入賞した川畑幸一選手(現、近畿本部長)と当たります。
大西はよく「自分は一発勝負は強いですから」と言っていましたが、その言葉通り、延長戦で判定勝ちしました。 2回戦も延長判定勝ちします。
3回戦の相手は竹和也選手(現、九州本部長)です。 竹選手に下段回し蹴りを効かされ、判定負けしました。
5.この大会に17歳で初出場し、第4位に入賞したのが、松井章圭館長です。
松井館長の試合は、それ以前にも東北大会や千葉大会で見ています。 体の柔らかさを生かした、華麗な蹴り技が印象に残っていました。
大舞台・全日本大会での、高校生選手の活躍は衝撃的でした。