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(15)昭和55年 第12回全日本大会

1.昭和55年11月、第12回全日本大会が開催されました。  私と一緒に、大西靖人が城西支部の生徒として初めて、全日本大会にエントリーします。

2.私にとっては、第6回、第9回、第10回、第11回大会に続き、5度目の全日本大会です。  

 1年半かけてウェイト・トレーニングに取り組み、ベンチプレスで137.5キロ、スクワットで200キロを上げるようになっていました。  1年半前の第11回大会出場時、78キロだった体重も85キロになっています。

3.Dブロック前半のゼッケン99番で、勝ち上がれば、三瓶啓二選手と4回戦で当たります。  

 1回戦は判定勝ちでしたが、2回戦は下段回し蹴りで一本勝ち、3回戦は下段回し蹴りと前蹴りの合わせ一本勝ちでした。  一本勝ちが続いたのは、ウェイト・トレーニングの効果だと思います。

 4回戦の三瓶戦は、再延長戦まで戦って決着がつかず、試し割り判定で三瓶選手の勝ちとなります。  三瓶選手はこの後も順調に勝ちあがり、初優勝を遂げます。

4.初出場の大西は、Aブロック前半のゼッケン25番で、一回戦で、前年の第2回世界大会で第8位に入賞した川畑幸一選手(現、近畿本部長)と当たります。  

 大西はよく「自分は一発勝負は強いですから」と言っていましたが、その言葉通り、延長戦で判定勝ちしました。  2回戦も延長判定勝ちします。

 3回戦の相手は竹和也選手(現、九州本部長)です。  竹選手に下段回し蹴りを効かされ、判定負けしました。

5.この大会に17歳で初出場し、第4位に入賞したのが、松井章圭館長です。  

 松井館長の試合は、それ以前にも東北大会や千葉大会で見ています。  体の柔らかさを生かした、華麗な蹴り技が印象に残っていました。

 大舞台・全日本大会での、高校生選手の活躍は衝撃的でした。  

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