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(16)昭和55年 澤井健一先生

1.第12回大会が終わってから、太気拳(たいきけん)の澤井健一先生が、道場や私の自宅に来られるようになります。

 澤井先生は第二次世界大戦時に、中国の北京で意拳(いけん)の創始者・王向斎(おうこうさい)老師の指導を受けられ、戦後、帰国されてから太気拳(正式には太気至誠拳法)を創始されました。

2.盧山初男師範が以前から澤井先生について太気拳を学ばれていました。  私も、昭和50年から盧山師範に太気拳を指導していただいていました。  

 昭和55年ころから、埼玉県の西川口にあった稽古場所に、月に1回程度、澤井先生が指導に来られるようになります。  稽古が終わった後、近くのファミリーレストランで食事をしながら、澤井先生のお話をうかがうのも楽しみでした。  

3.その稽古に、ある時期から大西も一緒に連れて行くようになりました。  そんなある日、澤井先生から連絡があって、代田橋の道場で指導していただけることになります。

 立禅・這(は)い・揺り・練りといった太気拳の基本練習よりも、つかまれた手を瞬間的に外したり、腕関節をきめる『逆手(ぎゃくて)』を多く教わりました。

 道場での稽古の後、自宅で食事をしていただきました。  当時、澤井先生は糖尿病だとおっしゃられていましたが、私や大西と一緒にビールを飲んで、楽しくお話しをされていました。

4.ある時、澤井先生がアライグマの大きなぬいぐるみを抱えて道場に見えられたことがあります。  私の娘へのプレゼントだということなので、当時1~2歳だった娘を連れてくるよう、自宅に連絡しました。  以前にも会っていたはずなのですが、娘は澤井先生を見るなり、泣き出してしまいました。

 澤井先生は木刀を杖(つえ)代わりに持ち歩き、眼光鋭く、ひげをはやしていたので、怖く見えたのだと思います。  本当は大変やさしい先生でしたので、小さな子供のこととはいえ、失礼なことをしました。
 
5.澤井先生は昭和63年、84歳で亡くなられます。  お見舞いにうかがったことや、大西と一緒にお通夜に行ったことを思い出します。

 先生が亡くなられてからは、王向斎老師の孫弟子に当たる孫立先生に、月に1度来ていただき、生徒とともに意拳の指導を受けていた時期が2年ほどあります。

 今でも月曜・金曜日の自分の稽古では立禅・這い・揺り・練りを行いますし、毎朝20分間の立禅は日課になっています。  先日行ったセドナでの朝の立禅は最高でした。

 よい週末を。

 

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