PREV | PAGE-SELECT | NEXT

ボブ・マーリーとチェ・ゲバラ

1.先日、テレビでボブ・マーリーのドキュメンタリー番組を見ました。  ボブ・マーリーは1945年ジャマイカで白人の父と黒人の母の間に生まれます。  世界的なレゲエ・ミュージシャンです。

2.ウィキペディアで検索した年譜の一部です。

 『1976年12月3日、 政治闘争に巻き込まれ、狙撃され重傷を負い、亡命を余儀なくされる。  1970年代後半のジャマイカは、マイケル・マンリーが率いるPNPと、エドワード・シアガが率いるJLPとの2大政党の対立が激化し、しばしば抗争が勃発していた。

 1979年 ジャマイカに舞い戻り、「One Love Peace Concert」を開催する。  このとき、コンサートを見に来ていたマイケル・マンリーとエドワード・シアガの2人の党首をステージ上に招き、和解の握手をさせている。  (中略)

1981年5月11日 脳腫瘍を患い、アメリカ合衆国フロリダ州の病院で死去。  36歳没。  同月21日、首都キングストンにて国葬。』

3.番組では、ボブ・マーリーの歌った「One Love」という曲が、ジャマイカにおける「One Love Peace Concert」開催や、南アフリカの人種差別政策「アパルトヘイト」解消に、大きな影響を与えたことを取り上げていました。

4.また、昨年の10月10日のブログで書いたチェ・ゲバラが、最近よくマスコミに登場します。  今月、朝日新聞出版から、奥さんのアレイダ・マルチさんの書いた『わが夫、チェ・ゲバラ』の日本語訳が出版されました。

5.長女のアレイダ・ゲバラさんも、今月の14日、民間団体などの招きで初来日しました。  昨日は、みのもんたさんが朝の番組でインタビューしていました。  

 キューバ革命直後の1959年、ゲバラは使節団団長として来日します。  大阪滞在中、こっそりホテルを抜け出し、夜行列車で広島を訪れ、原爆慰霊碑、原爆資料館、原爆病院などを見てまわったそうです。  今回、アレイダさんも広島を訪れました。  インタビューで、「どんな理由であれ、原爆投下は人道的に許されるべきではない。」と強く語っていたのが印象的でした。

6.ゲバラは1967年、ゲリラ活動を行っていたボリビアで政府軍につかまり、処刑されました。  享年39歳です。

 ボブ・マーリーの番組で、ボブ・マーリーとチェ・ゲバラの二人は、世界平和にもっとも影響を与えた、20世紀の南米人だと、コメンテーターが語っていました。  

TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT