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倉田雲平

1.『商売繁盛・老舗(しにせ)のしきたり』(泉秀樹著 PHP新書刊)を読みました。

2.その中の「ムーンスター」創業者、倉田雲平(くらたうんぺい)の項を抜粋し、番号を付して紹介します。 

 『①そんな雲平に転機が訪れる。  明治10年に西南戦争が始まり、九州各地には政府軍の兵站(へいたん=軍需品補給)基地が設けられ、軍需景気に沸き立ったのである。  そんな折、雲平は知人から政府軍の河野参謀を紹介され、大量の発注を受けた。  (中略)  しかし、出された条件は厳しかった。  (中略)  だが、ここで断ってしまえば、二度とこんなチャンスはめぐってこないかもしれない。  一瞬の迷いをおくびにも出さず、雲平は快諾した。  (中略)  おかげで雲兵は、河野参謀の信頼を得ると同時に大金を手にした。  この儲けの大きさが冷静な判断力を狂わせた。  (中略)

②続いて雲平は、河野参謀から軍需物資の大量発注を受ける。  被服(ひふく)だけでなく草履(ぞうり)から食料まで、兵隊が必要とするあらゆるものが含まれていた。  (中略)  これまでコツコツと働いて貯めた金をすべて注ぎ込んで物資を買い集め、熊本の指令本部へ送り出した。  しかし、しばらくして田原坂(たばるざか)で、すざまじい戦闘が繰り広げられたとの知らせを、雲平は久留米で受けることになる。  (中略)

③わずかに残っていた金を旅費に、熊本へと赴(おもむ)いた。  到着してみると、そこは焦土(しょうど)と化していた。  その戦争の跡地に、自分が送った荷物がポツンと残されていた。  (中略)  河野参謀は田原坂で戦死したとのことで、ついに面会は叶わなかった。  (中略)  町には調達物資があふれ、買い取り手が見つからない。  結局、二束三文で売り飛ばし、帰りの船賃を手に入れるのがやっとだった。  こうして、雲兵は瞬(またた)く間に無一文になってしまったのである。  (中略)

④再起を誓った雲平と妻のモトは、不況の嵐にもめげず、客の後ろ姿に手を合わせるようにして「堅実なる」商売を続けた。』

3.「ムーンスター」は2006年に「㈱ムーンスター」と改称しましたが、それ以前は「月星化成㈱」という社名でした。  星と三日月を組み合わせたスニーカーなどで、おなじみだと思います。  明治6(1873)年から135年も続く老舗企業です。

4.「走る者はつまずきやすく、つま立つ者は倒れやすい。  堅実なる一歩ずつを進めよ。  進めたる足は堅く踏みしめよ。」

 雲兵が残した家訓です。

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