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三浦雄一郎さん

1.プロ・スキーヤー、冒険家、三浦雄一郎さんの次男の三浦豪太さんが、日経新聞夕刊に『探検学校』というエッセイを連載されています。  最近の話題は、5月26日に75歳で頂上に立った雄一郎さんとのエベレスト遠征についてです。

2.「冒険のリーダーの条件は、とにかく明るいことさ。  死にそうなピンチでも冗談言ってるくらいにね。  機嫌が悪いやつのそばにいると、不愉快でしょう。  山ではカラ元気も必要なんだよ」という雄一郎さんの言葉は前にも紹介しましたが、私の好きな言葉の一つです。  7月5日の日経夕刊に、いくつかのエピソードが載っていましたので、抜粋して番号を付けて紹介します。

 『①あまりの酷暑に、父がアンダーウエアを脱ごうと、ザックを降ろしたときのこと。  荷物を開けると、キラリと長方形に光るものがのぞき、「寿司海苔」と書いてある。  高所登山では、無駄なものは極力持たないのがセオリーだが、その海のりは300枚入り。  軽いとはいえ、そもそも今回の登山で、海のりに何の用があるのか。

②父に聞くと「世界最高所で、手巻き寿司をやるのだ」と、遠足を心待ちにした子供のように意気揚々と言う。  父・雄一郎との遠征は終始こんな感じだ。  どんな状況下でもユーモアを忘れない。

③過去の遠征でも、標高7000メートルの吹雪の中で用を足してテントに帰ってくると、「お尻が凍るかと思った。  これがレイケツ動物だ」と言った。  僕は笑い転げ、多少酸欠にはなったが、気分は明るくなった。

④1914年、エンデュアランス号を率いて南極大陸横断を目指した、アーネスト・シャクルトンがあげた、冒険者の5つの資質の1番目が「楽観主義」だ。  (中略)  10ヶ月にわたって隊員を勇気づけ、極寒の地から全員を無事に救出したのだ。

⑤今回の僕らの遠征も、成功率の高いものとはいえなかった。  父の心臓の不整脈、不安定な政治情勢、温暖化による氷河の崩壊など、登頂に不利な要素は山ほどあった。  だが、父はそれらの状況すら楽しみ、すべてを前向きにとらえていた。  先行きが見えない自然を相手にするとき、思い悩むタイプの人は、それだけで機能停止に陥ってしまう。

⑥僕が脳浮腫(のうふしゅ)で下山を余儀なくされた後、父は標高8300メートルの最終キャンプで、缶詰をネタに手巻き寿司を楽しんだ。  「どうだった?」と聞いてみると「最高の手巻き寿司だった」と満足げに笑うのだった。』



  

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