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(23)昭和57年 第14回全日本大会

1.私は、昭和55年の第12回大会出場後、現役を引退するつもりでした。  昭和56年は道場指導以外、公認会計士第3次試験の受験勉強に専念していました。

2.ただし、昭和54年から始めたウェイトトレーニングだけは、道場で指導時間の前に続けていました。  選手時代に比べて、練習量は格段に少なくなっていました。  それがかえって、十分な休養をとりながらの筋力アップにつながったのか、第12回大会当時に比べると記録と体重が次のように、伸びていきます。

①ベンチプレス  137.5kg→150kg

②スクワット  200kg→237.5kg

③体重  83kg→87kg

3.あまり自信がなかった第3次試験でしたが、昭和57年2月の合格発表に自分の名前がありました。  ウェイトトレーニングの記録が伸びていることもあり、この頃から、もう一度大会に出てみようか、という気持ちが湧き上がってきます。  でも、まだ迷いがありました。

4.大会出場を、自分の中で正式に決めたのは、ある生徒とのスパーリングがきっかけです。  体重100キロ近い色帯の生徒とのスパーリング中に、私の下段回し蹴りを受けた相手のスネが骨折する、いうことがありました。  今思うと、その生徒には申し訳ないことですが、パワーアップの成果を、今度は試合で試してみたくなったのです。

5.11月13、14日に行われた第14回大会での、私の試合結果は次のとおりです。

1回戦・・・本戦判定勝ち  2回戦・・・本戦一本勝ち(下段回し蹴り)  3回戦・・・本戦判定勝ち(下段回し蹴り技あり、含む)  4回戦・・・本戦および3度の延長戦で引き分け、試し割り判定負け

 下段回し蹴りの威力はアップしていましたが、またベスト16です。

6.私と一緒に、生徒も2人出場しました。  三和純は3回戦で4位に入賞した三好一男選手に、森憲義も同じく3回戦で準優勝した水口敏夫選手に、それぞれ判定負けします。

 3連休ですね。  よい週末を。

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