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ひろ さちや先生

1.今朝の朝日新聞に、宗教評論家のひろ さちや先生のインタビュー記事が載っていました。  3月6日のブログでも紹介しましたが、ひろ先生は、難しい仏教思想を、わかりやすく解説した本を、たくさん書かれています。  先日、自宅の本棚を見たら、3~4冊、ひろ先生の本が並んでいました。

2.ちなみに、「ひろ さちや」というペンネームは、ギリシャ語の「愛する=フィロ」と、サンスクリット語の「真理=サティヤ」に由来するそうです。

3.インタビュー記事を抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①世間には、ひとつ共通の「物差し」が用意されていて、私たちは、これに心を奪われ、まともな判断力をなくしてしまうのです。

例えば、長生きすれば幸福だとなると、早死にした人は、それだけで不幸といわれる。  成功して金持ちになるのが立派であるなら、名もなく貧しく美しいだけの生き方は、蔑(さげす)まれてしまいます。

②そうであるならば、狂った物差しに縛(しば)られる生き方はもうやめて、そんな世間からは、さっさと出てしまおう。  (中略)  実は、それこそが仏教の基本をなす、「出世間(しゅっせけん)の教え」であって、世間を批判すること、世間をばかにすることが、仏教の一番大事な仕事といえるのです。

③私の体験談をしますと、あるときバス停に行ったら、先客の老夫婦の、おじいさんの方がカンカンに怒っていました。  「もう定刻を15分も過ぎている。  いつでも遅れるバスの時刻表なんか、ないほうがましだ!」と。 

そうしたら、連れのおばあさんが、名言を吐いたんですね。  「でもね、それがないと、何分遅れているかわかりませんよ」と。  私たちは、バスは遅れるものだと知っていても、目安をつけるのに、やはり時刻表(=物差し)が必要なんです。  (中略)

④今の時代に、どういうものの見方、考え方をするべきか、きっちりとした物差しを、一人ひとりが持つ必要があるんです。  それを私は、「仏の物差し」と呼んでいます。  (中略)

仏教書の中で、仏の物差しとして説かれているのは、たとえ実現不可能でも、本当に正しいこととは何であって、その成就が人間としての夢なのだと、そう受け止めてもらえれば結構だと思います。』

4.明日・明後日と三峯神社で合宿です。  よい週末を。

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