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只管打坐

1.『只管打坐(しかんたざ)』を『大辞林』(三省堂刊)で引くと、『悟りを求めたり想念をはたらかすことなく、ひたすら座禅すること。  曹洞宗の座禅の特色。』と出ています。

2.8月16日付けの携帯サイト、『相田みつをの今日のことば』を紹介します。

『    ただ
   ひたすらに
  
  ただひたすらに
   
   ひたすらに
   ただ坐るだけ
  ただおがむだけ
  
  ただになれない
   人間のわたし  』

3.相田みつをさんの解説です。  番号を付けて、紹介します。

『①私は、仏教の専門家でも坊さんでもありませんが、鎌倉時代を代表する祖師方(各宗派の開祖達)の教えで共通しているものは、『ただ』の行(ぎょう)ではないかと思います。

②行とは修行の行で、具体的な実践のことです。  

③道元(どうげん=曹洞宗の開祖)の只管打坐(ただひたすら坐る)、法然(ほうねん=浄土宗の開祖)や親鸞(しんらん=浄土真宗の開祖)の念仏(南無阿弥陀仏 なむあみだぶつ)、日蓮(にちれん=日蓮宗の開祖)の唱題(南無妙法連華経 なむみょうほうれんげきょう)。

④それぞれに、仏法に対する説き方(説相)や生き方は違いますが、その行はすべて純粋で一筋、その根底は『ただ』なんですね。  

⑤得だからやる、損だからやらない、そういう人間の計算を一切離れた行、それが『ただ』です。』

4.空手修行もそうありたいですね。

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