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五木寛之『遊行の門』

1.先週の金曜日、極真祭のため、京都に向かう新幹線の中で、『遊行(ゆぎょう)の門』(五木寛之著 徳間書店刊)を読みました。  表紙カバーの文章に感銘を受けたので、番号を付けて紹介します。

『①自分には何もない、と感じるときが、人には必ずあるものだ。  自分は誰にも必要とされていない、生きるねうちがない、と、私もかって考えたことがあった。

②しかし、いま私はそういうふうには思わない。  人間は生きている、ただそのことだけでも価値がある。  成功しようと不遇のまますごそうと、とりあえず今日まで生きてきた、そこに意味があるのだ。

③十年生きただけでもえらい。  まして二十年、三十年、四十年と生き続けたことは、大変なことである。  五十年、六十年、それ以上に生きたことは、それだけでも凄いことなのだ。

④いまを生き、なんとか明日も生きようとしている人びとに、心からの敬意を表したいと思う。        著者』

2.土曜日の夜、先斗(ぽんと)町・鴨川沿いの豆腐料理店で、城西の初代師範代だった浜井良明君(現・中部本部長)と、古い弟子で、今は浜井君の会社にいる大坂君と飲みました。  浜井君の会社のベトナム人通訳、アンさん・チャンさんご夫妻も一緒です。

楽しかったこともあり、アンさん・チャンさんに受けたこともあり、大坂君を酒の肴(さかな)にしてしまいました。

オーサカ、いじりすぎちゃってゴメン(笑)。  でも、楽しかったね。

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