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細野晴臣さん『分福茶釜』

1.音楽家の細野晴臣さんが鈴木惣一郎さんの質問に答える形での対談集、『細野晴臣 分福茶釜』(平凡社刊)を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の前後のぼくは、精神世界みたいなところに何かを求めて右往左往してたの。  仏教とか神道とかスピリチュアリズムとかに首を突っ込んで迷ってた。  (中略)  50歳の頃にネイティブ・アメリカン(アメリカ大陸の先住民)の思想に初めて触れて、それまでの自分の求めていたものが氷解しちゃったの。  「もういいや」と。  「こんな単純な世界があったんだ」「自分が求めてたのは、こういうことだったんだ」ってことがわかって、そこから楽になった。

②大きな声じゃなくてもいいんだ。  ちいさな声でもいいから声に出さないと伝わらない。  それはネイティブ・アメリカンに教わったことのひとつで、祈りってのは思っているだけじゃだめだということ。  たとえば薬草を摘むときに、「これから摘みますよ」と声に出して言わないと、草花が開いてくれないんだって。

③仏教では欲を持つなら、大欲に目覚めろってよく言うんだよ。  ちっちゃな欲望は、人を傷つけたりするけど、大きく欲望すれば人を助けたり、世の中を助けたりするって欲望に変わっていくから。

ーーー大欲ってなんですか?  総理大臣になるぞとか。

そんなの小さい小さい(笑)。  人類を助ける。  これが大欲。  欲望の極限はそれだ、と。  どうせ欲望を捨てられないなら、そっちを目指せっていうのが大乗仏教の教えなの。  小乗仏教は欲望を捨てろって言ってた。  でも大乗はそれを育てて、洗練させて、大きくしなさいと言うんだ。』

2.この本を読んで初めて知ったのですが、細野さんのおじいさんはタイタニック号の生き残りだそうです。  本の中の注を紹介します。

『細野の父方の祖父、正文(まさふみ/1870-1939)は、1912年に鉄道院の在外研究員として、サンクトペテルブルグに留学。  その帰途タイタニック号に日本人としてただ1人乗船し、沈没という惨事に遭遇したが九死に一生を得て帰国した。』

びっくりしました。

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