PREV | PAGE-SELECT | NEXT

西郷隆盛・勝海舟・吉田松陰と『孟子』

①安政5年(1858年)12月、西郷隆盛は薩摩藩によって奄美大島に島流しにされます。  奄美大島の竜郷(たつのごう)に西郷が住んだ家屋が残っており、そこに明治29年(1896年)になって建てられた石碑の内容は勝海舟が書いたそうです。  その中に次のような文章があります。  

『天のその人に大任をくださんとするや 必ずまずその心志(しんし)を苦しめ その身を窮乏すと 

まこと成る哉(かな)この言(げん) 唯(ただ) 友人西郷氏に於いてこれを見る』

②この文章の前半部分は『孟子(もうし)』の本文にあります。  

③『吉田松陰一日一言』(致知出版社刊)の12月14・15日の項で吉田松陰が安政6年(1859年)4月に野村和作(後の子爵・野村靖)に送った手紙を紹介しています。   その中にも同じ文章が引用されています。  引用した文章全文の現代語訳が載っているので紹介します。

『天が重要な任務をある人に与えようとする時には、必ずまずその人の心や志を苦しめ、その体を疲れさせ、その肉体を飢え苦しませ、その衣食を乏しくして困らせ、また、こうしようという意図とは違うようにするものである。  これは、天がその人の心を発奮させ、性格を辛抱強くして、これまでできなかったこともできるようにしようとするための試練である。』

TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT