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夢枕獏先生『東天の獅子』

『東天の獅子』(夢枕獏著 双葉社刊)「天の巻」全四巻を読みました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①武術というものは、古来より、それは天才のものであった。  ある種の才能がなければ、その技術の習得は難しかった。  (中略)  これを、天才の世界から、常人の世界へ引きもどしたのが、剣の世界では北辰一刀流の千葉周作であり、素手の武術では柔道の嘉納治五郎であった。  (中略)

②名人、達人と呼ばれる人々は、武術の世界には何人もいるが、たとえば、何故人が倒れるのか、何故、人が人を投げることができるのか、この術理を言葉でもって説明できる人間は、そうは多くいなかった。  (中略)  これができたのが、嘉納治五郎であった。

③人が立っている。  これをいきなりただ倒そうと思っても、なかなか倒れるものではない。  人が倒れる時、あるいは投げられる時は、その立っている状態からいきなり投げられる状態に移行するのではない。  投げられる直前、人は、その重心を崩している。  そのことに、治五郎は気づく。

④人を投げるのも技だが、その前に、立っている人間の重心を崩すための技があるのではないか。  名人、達人と呼ばれる人々が凄いのは、投げる技よりも、まず、相手の重心を崩すための技が上手なのではないか。

⑤この立っている人間の重心を乱れさせることを、治五郎は〝崩し〟と呼んだ。  投げ技の前に、まず、この〝崩し〟がある。  立っている人間に仕掛け、崩し、投げる・・・人が人を投げるというのは、必ずこの、仕掛け、崩し、投げという三段階があることを治五郎は発見したのである。

⑥この概念は、治五郎以前にも知られていたものである。  しかし、これを、理論化し、誰にでもわかり易く体系化していったのが治五郎であった。』

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