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坂本龍馬の政治力

『幕末志士の「政治力」』(瀧澤中著 祥伝社新書)の第2章「坂本龍馬の政治力」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①「わらしべ長者」の話をご存知だろうか。  わら一本持って旅に出た男が、物々交換を重ねやがて大金持ちになる、というおとぎ話だが、政治家にはこの「わらしべ長者的幸運」が絶対に必要になる。  徒手空拳の人物が政治の頂点を目指す時に必要なのは能力や金銭であると同時に、それらを活かすため、自分を引き上げてくれる人物の存在である。

②政治家・坂本龍馬にとって最も大切な人物は誰であったかと問われれば、私は躊躇(ちゅうちょ)することなく勝海舟を挙げる。  (中略)  海援隊をつくるための基礎も、薩摩や長州との繋(つな)がりも、勝を抜きにしては語れない。

③その勝海舟を龍馬に紹介してくれたのは、越前福井藩の前藩主・松平春嶽(まつだいら・しゅんがく)である。  (中略)  身分制度の厳しい江戸時代に、このような人物に直接会って話をする機会を得るというのは、簡単なことではない。  (中略)

④龍馬と共に松平春嶽に会いに行った人物が当時の土佐藩の実力者であった、という説と、千葉道場の千葉重太郎の紹介があったという説があるが、いずれにしても「龍馬を春嶽に会わせたい」という気持ちがなければ実現しなかったであろう。  

⑤龍馬に会った松平春嶽は、やはり龍馬を面白い人物と見て、開国して強い日本をつくるのだという持論を唱えていた横井小楠(よこい・しょうなん)と、咸臨丸で太平洋を横断し外国を見聞してきた幕府高官の勝海舟を紹介した。  

⑥勝と会って勝にほれ込んだ龍馬は勝に弟子入りし、その後、勝が海軍創設をするために「神戸操練所」をつくるが、龍馬はこの塾頭となって指導を行なった。  もし、龍馬に神戸操練所時代がなければ、あるいは海援隊はできなかったかもしれない。  なぜなら、海援隊の主要人物はこの神戸操練所時代に集まった人々であるからだ。

⑦龍馬はさらに幕閣や、薩摩の西郷隆盛、長州の桂小五郎(後の木戸孝允)らと次々に面識を得ていくが、いずれも勝海舟の紹介やあるいは勝海舟によって得られた人脈を自らの人脈として活かし、実現している。  (中略)

⑧生きていく上で一時的にお金を都合するのは、そう難しいことではない。  しかしお金を得ることよりも大切なのは、そのお金を持ち続けることである。  持ち続けるには人から信用されて仕事を継続的に任されたり、政治家で言えば必要な時に用立ててくれる人を見つけることである。  (中略)
  
⑨幕臣の大久保一翁(おおくぼ・いちおう)からは「大政奉還(たいせいほうかん)論」を聞かされ、横井小楠や勝海舟からは開国論を聞いている。  学問的には未熟であった龍馬は、こうして様々な当代一の知識人、政治家のエキスを吸収して、自分を磨き上げていったのである。』

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