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斉藤孝さん『学問のすすめ』

『現代語訳・学問のすすめ』(福沢諭吉著 斉藤孝訳 ちくま新書)を読みました。  齊藤さんの書かれた巻末の「解説」から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①今の時代というのは、いろいろなものが良くも悪くも増幅してしまう社会なのです。  ですから、心の状態を整えるのも、非常に難しくなっている。

②しかも、今の日本の場合は、日常生活において柱となる道徳がはっきりとありません。  キリスト教道徳やイスラム教道徳のようなものもないですし、論語のような儒教の考え方も今の日本人の柱にはなっていません。  仏教(特に禅)の影響力も小さくなり、神道も太平洋戦争の敗戦で否定されて以降そんなに広まっていません。  かといってスピリチュアルなものが心を支えるよりどころとなっているかというと、すべて否定はしませんが、客観的な社会認識を狂わせる側面も持っているはずです。

③生き方の型を失った現代では、心を安定させて生きていくということが一層大切になっています。  そのためには、社会と自分との関係をしっかりつかまえて、客観的に物事を判断できる能力は身につけたほうがいい。  そうすれば前近代的で魔術的な世界に閉じこもることなく、自分自身を社会にしっかりとさらし、世界をすっきりと見晴らすことができる。  そのざっくりとした態度というのも、やはり福澤諭吉の遺産と言うべきものです。  (中略)

④論理的であることが、今の世の中では求められています。  福澤は極めて論理的でありながら、それ以上の力を持っていました。  それを「筋力(すじりょく)」と呼んでいるのですが、本筋を見つけてきちんと通していく力が彼にはありました。  筋をまちがったならば、その後にどんな緻密(ちみつ)な論理を積み重ねたとしても、大した意味をなさないのです。

⑤例えば、サブプライムに発する世界同時不況も、破たんするのが目に見えているような金融商品を擁護する論理が、専門家によって山ほど作られていた。  破たんしてから気がつけば、全然筋の通らない金融商品だったわけです。  それによって世界が大混乱して日本にまで影響があるというのは、筋違いのことなのですが、筋というものを見失ったところにある論理というものは用を成しません。』

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