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無学祖元『莫妄想』

1.昨日のブログで取り上げた鎌倉時代の禅僧・無学祖元(むがくそげん)と執権(しっけん・・・鎌倉幕府で政務を統括した最高の職のこと)・北条時宗(ほうじょう・ときむね)との交流が今日のテーマです。

2.無学祖元についてネットで検索してみました。

『無学祖元(1226~1286)は、南宗出身で、臨済宗の禅僧。  弘安二年(1279)、八代執権・北条時宗の招きで来日。  初め建長寺に入り、弘安五年(1282)、円覚寺の開山(かいさん・・・寺を開いた人のこと)となる。  禅宗に大きな影響を与えた。』

3.北条時宗についてもネットで検索してみました。  抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①北条時宗(1251~1284)は、五代執権・北条時頼の嫡男(ちゃくなん)として建長三年に生まれた。  十三歳で執権を補佐する連署(れんしょ)となり、十八歳の若さで第八代執権に就任。  

②しかし時宗を待っていたのは、かってない国難であった。  文永十一年(1274)の「文永の役(ぶんえいのえき・・・時宗23歳)」と弘安四年(1281)の「弘安の役(こうあんのえき・・・時宗30歳)」の2度に渡る元軍の侵略攻撃であった。

③元の国使を処刑したり、派兵を計画したり、防塁(ぼうるい・・・防御用の土塁や石のこと)を構築したりして、又、神風(かみかぜ・・・危機を救おうとして神が吹かせるという激しい風のこと)の台風の恩恵もあってこの難局を乗り切った。  

④時宗は禅宗に深く帰依(きえ・・・神仏によりすがること)し、文永・弘安の役で亡くなった敵味方の霊を慰める為、円覚寺を創建(そうけん・・・初めて建てること)した。   時宗は33歳の若さで亡くなったがその生涯は元寇(げんこう・・・元軍の来襲のこと)と言う国難との戦いの生涯であった。』

4.①元軍の来襲前、北条時宗は強大な敵とどう戦えばよいかと悩みに悩み、無学祖元の元に参禅しました。  祖元は「莫妄想(まくもうそう・・・妄想すること莫(なか)れ!)」と書いて時宗に示したそうです。

②それは、「うまくやろうとか、どうしたら勝てるとか、負けたらどうしようかとか、そのような雑念を起こすときではない。  今やるべきことに専心せよ」という意味です。

③「莫妄想」は中国唐時代の禅僧・無業禅師(むごうぜんじ 760~821)の言葉です。

5.2001年のNHK大河ドラマは『北条時宗』でした。  毎週欠かさず見ていました。  北条時宗役が和泉元彌さん、無学祖元役が作家の筒井康隆さんという今から思えばちょっと不思議なキャスティングでした(笑)。

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