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(55)1998年 城西20周年

1.総本部事務局資料によると1998年(平成10年)3月1日に横山誠が北海道函館支部長、4月1日に澤田乃基が北海道胆振支部長、7月1日に成田武治が横浜川崎支部長(当初は本部直轄横浜桜木町道場責任者)にそれぞれ就任しています。

2.①4月18日、フランスのパリ・ベルシー総合体育館でワールドカップ・パリ大会が開催されました。  松井館長を始めとしてほとんどの国内支部長が参加しました。

②軽量・中量・軽重量・重量・無差別の5階級の団体戦です。  城西関連では福田達也が日本Aチームの中量級、市村直樹が日本Bチームの軽重量級、田村悦宏が同じく日本Bチームの無差別級にそれぞれ出場しました。

③2回戦で日本Bチームが優勝候補の南米チームと対戦します。  中量級の木立裕之選手がアンデルソン・ダ・シルバ選手(ブラジル)に延長1回判定勝ちしますが、重量級で守友完矢選手がグラウベ・フェイトーザ選手に上段膝蹴りで一本負けします。  勝ち数は1対1なのですが、一本勝ちは5ポイントなので、ポイント差で南米チームが勝ち上がりました。

④決勝戦は日本Aチームと南米チームの対戦となります。  中量級で福田達也がアンデルソン・ダ・シルバ選手に延長1回判定勝ちします。  またその延長戦でシルバ選手が掴みの反則で減点1を取られたため、ブラジルのポイントは-3になりました。

⑤重量級で高尾正紀選手がグラウベ・フェイトーザ選手に上段膝蹴りで合わせ一本負けし5ポイント奪われたため、勝ち数では並んでいるものの、南米チームがポイントで2ポイント上回っています。

⑥引き分けでも南米チームが優勝という状況の中で、無差別級の数見肇選手がセルジオ・コスタ選手に本戦判定勝ちし、日本Aチームが勝ち数2対1で優勝しました。

3.①6月22日、東中野道場を開設しました。  大山総裁体制での東京都下・城西支部の分支部長が松井館長体制になってからは独立して支部長になりました。  私は自分の道場を持たずに西関東地区本部長として極真会館の組織の役員のみを務めている時期が数年ありました。

②3月に城西中野支部長の黒澤浩樹が極真会館を退館しました。  組織的には黒澤の退館で中野付近に道場を出す必要に迫られました。

③私は数年間マンション販売事業を行なっていましたが、その事業から撤退したため時間が取れるようになっていました。  自分自身の中でもう一度現場指導に戻り、選手育成を図りたい気持ちが湧いてきます。  東中野にスペースが見つかったため、東京城西支部として再スタートすることにしました。

4.第30回全日本大会翌日の11月16日、新宿の京王プラザホテルで城西支部創立20周年記念パーティーが開かれました。  松井館長を始めとして多数の方々に出席していただきました。

日曜日は大山総裁の命日です。  よい週末を!  

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