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小宮一慶さん『東郷平八郎元帥』

104年前の昨日と今日《1905(明治38)年5月27日と28日》、日本海対馬沖で司令長官・東郷平八郎元帥の率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を壊滅させました。  その海戦中の東郷元帥の様子は4月27日のブログで取り上げましたが、『あたりまえのことをバカになってちゃんとやる』(小宮一慶著 サンマーク出版刊)にも書かれていたので、抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①鬱々(うつうつ・・・心がふさいで晴れ晴れしないさま)としているときは、チャンスなのです。  言い古された言葉ですが、死ぬ気になれば何でもできるのです。

②鬱々とした状態から成功した人の例で思い出すのは、日露戦争で無敵のバルチック艦隊を破った東郷平八郎元帥です。  彼は日本海海戦で連合艦隊の司令長官を務めますが、それ以前は舞鶴鎮守府(ちんじゅふ・・・軍港の警備、部隊の監督などを行なった機関)の長官をしていました。  いわば裏方の役目、左遷(させん・・・前より低い地位にうつされること)されていたようなものです。

③それをいきなり連合艦隊の司令長官に抜擢(ばってき・・・特にひきぬいて用いること)した人もすごいと思いますが、日本の命運を賭けた仕事を受けて立った、東郷平八郎元帥にも相当の覚悟があったに違いありません。  (中略)

④東郷元帥は旗艦三笠のブリッジに4、5時間も立ちつづけて、指揮をとったといいます。  当時の戦艦ですから、ブリッジには防護壁もなく鉄柵(てつさく)だけだったといいます。  当然のことながら、バルチック艦隊は旗艦めがけて集中砲火を浴びせたはずです。  一発でも被弾すれば即死です。

⑤それでも元帥はブリッジを動かなかった。  そして万一自分が被弾して、指揮がとれなくなったときのために、副官たちを安全な場所に移し、自分はブリッジに残りつづけました。

⑥自分はこの日本の命運を賭けた海戦に命を懸けている。  その気持ちがブリッジから彼を動かさなかったのだと思います。  

⑦その勇気とエネルギーは、たぶん、彼が鬱々とした生活を送っていたこととも関係していたのではないでしょうか。  場を与えられた喜びもあったことでしょう。』

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