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火坂雅志さん『六分、七分の勝ち』

『謙信びいき』(火坂雅志(ひさか・まさし)著 PHP研究所刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①戦国武将の武田信玄は、こんなことを言っている。  「いくさというものは、六分(ぶ)、七分の勝利でじゅうぶんである。  八分の勝利は危うし。  九分、十分の勝利は、味方の大負けの下作りなり」

②すなわち、戦いは、6、70パーセントくらいの勝利が最上で、80パーセントは危険であり、90、100パーセントの完全勝利となると、これはもう大敗北のタネにしかならないと述べているのである。

③完全勝利がつぎの戦いの大負けのもとになるとは、ふつうに考えれば奇妙なことだ。  大勝ちは歓迎すべきことで、中途半端な勝ちでは心に悔いが残ってしまうのではないか。

④ところが、現実はそうではない。  人は勝利におぼれやすいものである。  勝ちにおごり、慢心して、おのれを過信するようになる。  「どうだ、おれはこんなに凄(すご)い」と、ふんぞり返り、刻々と変化する状況から目をそむけるようになっていく。  ひとつの成功にとらわれるあまり、思考の硬直化がはじまるのだ。

⑤年をとってからなら、まだいい。  年を重ねた人間は、ひとつの勝利を手にしたからといって、次の戦いも勝てるほど人生は甘くないという警戒心が、経験によって頭にたたき込まれている。

⑥問題は苦労がないまま、若くして幸運な勝利を手に入れた者であろう。  慢心がどこまでも膨(ふく)らんでいき、その結果、みじめなまでの急速な没落(ぼつらく)が待っている。  失敗は成功のもとだが、成功は失敗のもとでもある。

⑦六、七分の勝ちの妙味(みょうみ・・・すぐれたうまみ)は、心におごりが生じないことだ。  三、四分の及ばなかった部分の中から、問題点をあきらかにし、自己を変革しようとする。  そこに成長がある。  つぎの勝利を呼び込むタネがある。

⑧武田信玄は若いころによく負けた。  しかし、壮年にいたってからは、同じあやまちを繰り返さず、不敗の将として天下に名をひびかせた。』

よい週末を。

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