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守屋淳さん『歴史は繰り返す』

中国古典研究家・戦略論研究家の守屋淳(もりや・あつし)さんが書かれた『「勝ち」より「不敗」をめざしなさい』(講談社刊)から抜粋し、番号を付けて紹介します。

『①筆者には藤高裕久(ふじたか・ひろひさ)先生という中国史の師がいるのですが、中国の歴史における繰り返しのパターンについて、次のように教えてもらったことがあります。  (中略)

②始皇帝(しこうてい)で有名な秦(しん)という王朝は、法律と賞罰を基本とする政治を行なっていました。  (中略)  このやり方は、中国を統一するまではうまく行ったのですが、統一後にうまく機能しなくなります。  なぜか。  秦には人に与える恩賞がなくなった、つまり「パイ(土地)がなくなった」からなのです。  (中略)

③たった15年で秦が倒れると、嫌な話ですが、戦乱の時代となり、殺し合いによって人口が減ってきます。  そうすると、また土地は余ることになり、「パイができる」のです。  やがて中国を統一した勢力は、その余ったパイを恩賞として、うまく政治を機能させますが、パイがなくなるとまた反乱がおきて・・・。  (中略)

④劉邦(りゅうほう)が樹立した漢(かん)も、紀元前90年頃には〈パイの不足〉に見舞われ、財政が逼迫(ひっぱく・・・行き詰って、ゆとりのない状態になること)し始めるのです。

⑤そこで登場したのが霍光(かくこう)という人物。  (中略)  彼の果たした役割を簡単に言うと、『「利益」だけで人々を満足させるのが難しくなったので、「価値観」で人々を満足させよう』と考え、舵(かじ)を切ったことです。  (中略)

⑥その役目を担(にな)わされたのが、いわば「人は美しく生きてこそ価値がある」と唱(とな)える儒教(じゅきょう)の教えでした。  (中略)  この試みは、霍光以後も代を重ねながら続けられ、漢王朝の前後400年にわたる長い統治(とうち・・・主権者が国土・人民を支配し、治めること)の礎(いしずえ・・・物事の基礎となる大事なもの)となっていきます。

⑦そして、この手法をそっくり踏襲(とうしゅう・・・先人のやり方や説をそのまま受け継ぐこと)したのが、日本の徳川家康でした。  (中略)  覇権(はけん・・・他の者に勝って得た権力)を握った徳川家康が導入したのが、やはり儒教の教えと、それをベースにした武士道でした。  (中略)

⑧ここでも「利益」から「価値」という転換が図られ、徳川300年の基礎が築かれたのです。』

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